#011 男の名はハウゼル
おれは驚いて背中の方を振り返り、声の主を探す。
だが、見える限りの坂道に自分たち以外の姿はなかった。
「やっぱり、サクヤか。しばらく見ない間にかなり成長したな。ちょっと自信がなかったけど、安心したぞ」
木陰から男が姿を現す。足元をしっかりした革のブーツで固め、厚手の
「ハウゼルさん、おひさしぶりです!」
サクヤが相手の顔を確認すると
すぐそばにまで近づいて親しげに男を見上げる。
ハウゼルと呼ばれた正体不明の男性は間近に少女を寄せて、やさしく頭に片手を置いた。
「よしよし、大きくなったな。それに前よりもキレイになったか?」
軽い口調で女の子を持ち上げつつ、さりげないスキンシップ。
受けるサクヤに嫌がる素振りなど少しもない。
むしろ、自分から進んでそうなっていったようにも見える。
何、このイケメン……。
感情の
聞こえるようにわざとらしく咳払いをして、自身の存在を暗に知らしめる。
「あ……。ごめんなさい、ライトさん。こちらは調査員のハウゼルさんです。わたしたちに先行して物語に潜入している評議委員会のメンバーです」
サクヤがこちらに向き直り、すぐ隣の人物を紹介した。
ああ、この人がミネバの言っていた別チームの人か。
「きみがミネバのところの新人さんか。わたしはハウゼル。評議会の委託を受けて
ハウゼルはいろいろとこちらが知らない事情にまで明るいようだ。
なるほど、おれが転生してくる前からミネバたちは行動していたわけか。
この人だってサクヤのことをよく知っているようだし、以前から交流はあったのだろうな。
「おれの名前はライト。よろしくハウゼルさん。せいぜい、期待に答えられるよう頑張ろうと思っています」
取りあえず上司には、やる気だけを伝えて余計な
対応はこれに限る。本当に必要なことなら、あとで誰かが教えてくれるだろう。
「そうだな、期待させてもらうよ。ミネバもこの子も大切に守ってやってくれ。ということでさっさと仕事の話に入るとしようか。まずは悪い知らせだが、ロザリンド卿が討伐隊の動きに気づいた。彼女が警戒態勢に移行した以上、もはや衝突は避けられまい。このままでは相手の庭先で兵士たちは全滅だな」
おれの意図するところを察してくれたのか、ハウゼルはすぐに現状の問題へと話題を移してくれた。
心の中で感謝しつつも聞かされた内容にはやはり驚く。そこまで強いのか……。
名前もない王国騎士レベルではどうやら剣を当てることすら至難のようだ。
「もうひとつはいい知らせだ。いま、城館に主人公はいない。やつは現在、別の要件で国の外に出かけている」
「は? じゃあ、討伐隊は何をするために集められたんですか」
おれが面食らう様子を、さも面白そうに男は小さく微笑んだ。
「決まっている。王女を連れ戻すためだろう」
言われてようやく気がついた。
ああ、一番
事実なんて、あとでどうとでも喧伝できるからな。
「でも、ロザリンドはどうするつもりですか? いずれにしたって彼女がいる限り、王女の奪還は難しい……」
「もともとは王国の騎士だ。説得か王の
んん? 聞いていた話と違うな。
彼女は自分を倒した主人公にみずから好意を抱いたわけじゃないのか。
疑問を感じてサクヤを見る。
視線の意味をとらえたのかハウゼルがさらに説明を加えた。
「ああ、サクヤからまだ細かいことを聞いていなかったのか。ちょっと物語の設定から外れた劇作上の問題だからな。彼女はヒロインとして設定されている存在だ。そうなると、どうしたって主人公と行動をともにする必要がある。普通は関係性を補強するため、さまざな役割や立場が用意されるわけだが……。まあ、手っ取り早く向こうから押しかけてきた方が展開が早くていいと考えるのは誰だって同じだ」
つまり、ハーレム展開は読み手の趣向と書き手の都合を同時に満たす魔法の設定というわけだな。
理解できてしまうのが悲しいが、事実なので反論のしようがない。
「説得は無駄ですかね?」
単刀直入に訊いてみた。
「主人公を倒してしまえば強制改変が行われ、彼女の思考や反応も変化してくると思うが、いまの段階では無意味だな」
「つまりはおれが倒すしかないと……」
「結論はひとつしかない。きみがどうにかしてロザリンドを動けなくすれば、呼応して討伐隊を突入させる。すでに屋敷の間取りや王女の居場所は伝えてある。他の連中は彼らでも十分に制圧可能だ。わたしも助力するつもりでいる」
随分と手回しのいいことで……。
何より、おれが動くよりも先に舞台が整えられている辺り、すでに準備は万端か。
「健闘を期待しているよ。わたしはみなにまぎれて連絡を待つ。状況はこれで把握しているから連絡は無用だ。無事に戦闘が終われば、お前たちはどこかに姿を隠してくれ。捜索が進めば、おそらくは改変の効果で物語が収束するだろう」
ハウゼルが懐からサクヤと同じようなスマホをのぞかせる。
万能アイテムは基本装備なのか?
おれにも支給してほしいものだ……。帰ったら申請してみよう。
「サクヤ、無理はするなよ。もうわたしにはきみを助ける力はない」
男が何かを告げて、女が無言のまま小さくうなづく。
ふたりの間に何があったのかをおれは知らない。それでもわかることがある。
このふたりはお互いにとってそれぞれが特別なのだろう。
おれたちを残して、ハウゼルは木々の狭間に姿を消した。
彼が目指すふもとでは進軍の命令を待つ兵士たちが間もなく訪れる出番に備えているはずだ。
「お膳立てが完了しているのなら、もうあれこれと迷う必要はなさそうだ。正面から堂々と入って、いよいよ攻略開始といくか……」
小さく伸びをして体を整える。ほどよい緊張と興奮に心が踊っていた。
とはいえ、後方をついてくるサクヤに合わせ歩く速度は控えめである。
ようやくと館まであと少しとなったあたりで、道沿いになんだか危ない連中を見つけた。
身なりも体格もばらばらであるが、男どもはおれの姿を確認すると手にした凶器の数々を隠しもせずに堂々と近づいてくる。
おいおい、おっかねえな……。
「ライトさん……」
危険を察したサクヤが背中を預けるような姿勢で呼びかけてきた。
視線を流すと、いつの間にかおれたちが通り過ぎた場所にも数人の男たちが武器を手にして、こちらをうかがっている。
状況としては待ち伏せされたあげくに囲まれた格好だ。
ただの物取り……。
でもなさそうだな。一体、なんの目的だ?
「あの爺さんが言った通りだな。急いで先回りしたかいがあったぜ。お前を倒して軍の連中に引き渡せば、おれたちの覚えもめでたくなる。覚悟しろよ……」
やっぱり、現地の人間なんて安易に信用するんじゃなかったな。
しっかりと警戒されていた。
ついでに気の荒い
さて、どうしよう?
あっちはやる気、満々だ。
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