#010 要注意特定危険外来種『転生勇者』
おれたちに声をかけてきたのは、一見するとかなりくたびれた服装の男性だった。
ツギハギの入ったズボンによれたシャツと着古した感じの革のベスト。
腰には木の枝や山野を切り開くための大きなナタを掛けている。
深く刻まれた顔のシワからは相手が過ごしてきた歳月の長さをうかがえた。
おそらく、この山を管理する木こり小屋の主か炭焼き職人だろう。猟師にしては目立ちすぎる印象だった。
いずれにしたって地元の人間というわけだ。まあ、怪しまれているのだろうな……。
「見ない顔だが、どこから来たのかね? いや、この辺も最近はいろいろと物騒な連中が目立つようになってしまってね……。領主様からも馴染みのない人間には注意を払うように仰せつかっているんだよ」
さりげに実力者の存在を匂わせ、対峙した相手の無法な手段を
下手なちょっかいは身を滅ぼすという警告か。
いや、それよりも……。
「サクヤ。なんだか知らないが、このおっちゃんのしゃべる言葉が理解できるぞ。これもご都合主義のなせる技か?」
慌てて隣にいる少女に不思議な現象のわけを問いかけた。
「ライトさんは作品世界の登場人物なんですから、この世界の言語が理解できて当然ですよ。わたしは【
さも当然とばかりの説明。
まあいいや、話が通じるならそれに越したことはない。
何より、おじさんの部外者を見定めようとしている目が怖かった。
「えー……。われわれは東の方から来た交易商人でありまして、その、決して怪しいものではございませんよ? この山にやってまいりましたのも、あちらの大層、ご立派なお屋敷のことを街の皆さんからお教えいただきまして、見聞を広めるつもりで一度、おうかがいを立てておこうと思っただけでございます」
いかにも富に目ざとい行商人を装い、有りそうな無さそうな話を適当にでっち上げる。
まあ、山の中にあんな目立つ建物が存在しているのだ。物見遊山で近づいてくる人間も少なくはないだろう。
おじさんの声からも気苦労が忍ばれた。
「ふむ……。ずいぶんと変わった身なりをされておりますな。東の方の
浮世離れした風体がかえって話の真実味を深くしてくれたようだ。
男の表情からも露骨な警戒の様子が解かれていく。
何はともあれ、害を及ばす存在でなければ多少のことは大目に見てくれているらしい。
逆に言えば、いま現在は結構な度合いで被害を受けているようだな。
原因は言わずもがな、目の前にそびえ立つ邪教の館だろうと推測する。
「あのお屋敷に住んでおられるのはどういうお方ですか? このような場所にあれほど壮麗な建物を作られるとは、ひとかどの人物であると思われますが……」
探るように視線を城館の方へ移す。
感じ入った声でつぶやいたあと、横目で相手の顔色を確かめた。
おれに釣られて屋敷の威容を視界に収めた老人がいまいましげな表情を浮かべている。
かなり思うところがあるのだろう。勇者も地元の人間にとっては唐突に現れた平和を乱す乱暴者に過ぎない。
「確かに腕は立つようだな。実際、近隣の盗賊団や市街の狼藉者、噂レベルではあるがここへくる以前は魔物や魔獣に至るまで討伐を成功させたらしい。だからと言って貴重な山林を勝手に開き、あのような建物を築くのはどうだろうな……。みな、迷惑しとるよ」
勇者様、嫌われてるな。
「だがまあ、好きにできるのもこれまでだ。異国の方、残念だが今日は諦めた方がいい。まもなく国王の討伐隊がここに到着する。わたしは案内がてら周囲の人払いを進めるように仰せつかっていたのだよ。あんたも国元を離れた遠い場所で厄介事に巻き込まれるのは御免こうむりたいだろう。早めに山を降りたほうがいい」
おっと、これは聞き捨てならない。
来てそうそうにイベント発生とは偶然でもなかろう。
「すまんが、わたしは先に行かせてもらうよ。先発隊の方々へご報告申し上げないといけないからな。あんたのことは伝えておく。まあ見つかれば身元改めくらいはされるだろうが堪えてくれ。あっちも準備で忙しいだろうからな。少しばかりの形式的なやり取りが終われば、すぐに解放してもらえるさ。それでは達者でな」
必要なことだけを手短に伝えると老人は足早に山道を下りていく。
急いでいる様子を見るに討伐隊とやらはすでに山のふもとあたりまで来ているのだろうか?
最初に降り立った地点からではわからなかった。
参集個所は敵に気取られないようにどこか離れた場所か。
いろいろと気にはなるが、肝心なことはどうして主人公が国王から狙われる立場となったかだ。
「サクヤ。何がどうしたら伝説の勇者が反政府組織のテロリストにジョブチェンジするんだ? 本拠地を強襲するなんて向こうもかなり本気じゃないか。そんなに嫌われているのか、あの『
ストーリーラインをめくって、該当する案件をピックアップしているのだろう。
眉根を寄せ、難しい顔つきで画面を眺めていた。
「多分ですが、これが原因となって現在の状況が起きているのだと思います。主人公キリヒトがある日、街で暴漢に襲われているふたりの少女を助け出す。彼女たちの正体は王宮より抜け出してきた王女リズリットとその従者ラクティ。行き場のないふたりをキリヒトは自らが居住する『
かなりぶっとんでる展開に頭の整理が追いつかない。
そもそも王様だけじゃなく、貴族も敵に回しているじゃないか。
あと、主人公の名前を初めて聞いたような気がする。
「キリヒトくんは何を考えて、王女殿下拉致などという重犯罪に手を染めたんだ? 理由はともかく、一国の王族を許しもなく自分の居城へ連れ込めば、その時点で国家に対する反逆者だろうに……」
「フルネームは轟矢貴理人(ゴウヤキリヒト)。レベル九九の転生勇者で固有スキル雷迅拳(ライトニングフィストブロー)の使い手です。彼が放つ神速の拳は誰の目にも捕えることは不可能で、華麗なフットワークを駆使して敵を
まあ誘拐事件で少しでも早く被害者を取り戻したいのは家族の当然の願いだろう。
ただ、これが国家を代表する元首となれば問題は政治的に複雑化していく。
このような事態が表沙汰になれば王の威信は
それらが他国の工作員と結びつけば、国家転覆や武装蜂起に訴えるケースも懸念せざる得ない。
正直、王様もギリギリなんだろうなと、いらぬお世話で心配した。
「それにしたって、討伐隊を差し向けたところで本当に王女を取り戻せるのか? 詳細を聞く限り、キリヒトくんは相手が何人いようがお構いなしで戦えそうだし、何よりも庭先に侵入した時点で例の絶対防御さんが待ち構えているわけだろ。分の悪い賭けだよな」
おれが下した悲観的な予測にサクヤも表情を曇らせる。
そもそも、この展開はすでに物語で語られた
慌ててこの世界に飛び込んできたが、もうちょっとブリーフィングをしておくべきだったなと今更に後悔する。
「怪しいやつ。そこで何をしている?」
唐突にうしろから声が聞こえてきた。
今度は誰だ?
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