このすば二次創作用・考察ノートおよびネタ管理

hiromi2号

短編集

番外編01:検察官セナの日常

番外編01:検察官セナの事件簿01


ここは駆け出しの冒険者の街、アクセル。

今は夏の季節。梅雨も明けたし、今日もとても良い天気だ。

勤務先の一つである警察署に出勤しながら物思いにふける。

署内にに拘置所があると言っても昨晩からは誰一人としてお世話になっていない。

常日頃から治安の良いのがこの街の特徴の一つである。

その日暮らしの荒くれ者として知られる冒険者でも、駆け出ししか集まらない。

そんなことが治安の良い理由の一つなのだろう。


そんな街に検察官として派遣されたのだから。

これはある意味で一つの左遷と言ってもいいのではないのだろうか?

結局、魔王軍のスパイとして疑われた勇者候補生の容疑は晴れたし。

逆に、その被害に遭ったという元・領主の悪事は別途で明るみに出た。

因果応報というやつかもしれない。


ここ最近は元・領主の結婚から失踪までの騒ぎ以降は大した事件も聞いていないし。

拘置所にやって来るのは大体はダストとかいうゴミみたいな名前の常連の男だけだ。

いつか占い師の予言で、王都を騒がせた盗賊が潜伏しているという噂も立ったが…

あれからそれなりの時間も過ぎている。

その噂も耳にしているだろう、この世界でも珍しくも義賊をしている彼らが。

いつまでもこの街に留まっているわけでもない筈だ。

今から捜査を始めたとしても、痕跡が残っているのを期待するだけ無駄だろう。


こんな調子では自分が王都に帰り咲く日が来るのも当分は先かもしれない。

それなら、この地で将来の相手でも見つけたほうがいいのだろうか?

なんでも、夜逃げした元・領主の義理の息子はとても良い人柄らしく。

今は体調を崩した領主代行の元で業務の補佐をやっているらしい。

そして最近に行われた領主代行の娘さんとのお見合いは破断になったのだとか。

これはある意味でチャンスなのかもしれない。


事務所の窓の外から降り注ぐ朝陽を眺めながら。

ぼんやりとそんなことを考えていると。

突然に留置事務所の扉がドンと開き。


「フハハハハハ!フハハハハハハハ!行き遅れなのを心配している節穴検察官よ!悩める汝の元に元・魔王軍幹部たる我輩がやってきたぞ!喜び踊れ!」


「バニルさんバニルさん、落ち着いて下さい!あと、行き遅れなんて言ったら失礼ですよ。あとで怒られちゃいますよ?」


大きな笑い声とともに、以前に討伐されたはずの大悪魔がその雇い主と一緒に駆け込んできた。



突然に訪ねてきた二人を応接室に招き入れ。

落ち着いてソファーに腰掛けながら、接待する。

どうせ平和なこの街では午前中は暇なのだ。

これくらいは業務の範囲内だろう。


「一体どうしたんですか?こんな朝っぱらからハイテンションで。今は魔王軍の幹部を辞めたと言っているから懸賞金は掛けられていませんが。人に危害を加えないと言っても大悪魔。元・名うての冒険者である美人店主の監視のもとだからこそ、今の状況が黙認されているんです。あまりに騒いで他人に迷惑を掛けますと、エリス教会に頼んで祓ってもらいますよ?」


「ほら、だから言ったじゃないですかバニルさん!行き遅れなんて言ったらダメだって。セナさんがピリピリしてますよ?」


「フン!お主も相当な行き遅れであろうが年増店主よ。何が永遠の20歳か。お主の実際の年齢は…」


「わー!それ以上は言っちゃダメです!乙女の秘密なんですよ!なんなら本気を出して実力で黙らせますよ!」


なんと。かなりな美人でスタイルのいい、意外と男性に人気のあるこの美人店主も行き遅れなのか。

なんだかとても勇気を貰った気がする。もう少しだけ頑張ってみよう。


「まぁ黙って見ておれ、へっぽこ店主よ。我輩たちは容疑者に取り調べの際に役に立つであろう魔道具を売り込みに来たのだ。今回、ポンコツ店主にしてはへんちくりんなコンセプトで開発した魔道具も、売り込み先によっては求められるものなのだ。取り調べのために魔道具を躊躇なく使う検察官、これ以上ない取引先ではないか。」


「へんちくりんなコンセプトって何ですか!私は、純粋にいつも何考えてるかわからないモンスターや動物さんとコミュニュケーションが取りたくて、一生懸命に頑張って開発したっていうのに…」


なんだか乙女も恥じらう夢を持った思考の持ち主だ。意外と子供っぽい。

人気があるのも頷けるが、あまりにも幼稚な思考だと行き遅れるということだろうか?

気をつけなければ。


「その魔道具の試用のために肉牛農家へ訪ね歩くなバカモノめ。そんなんだから行きおk…」


「わー!それ以上は言わせません!言わせませんよ!」


気をつける以前の問題だった。

いつまで経っても落ち着きそうにないのでこちらから声をかけることにする。


「それで。売り込みに来た魔道具というのは何なんですか?」


「うむ。この帽子の形をした魔道具だ。これを対象者の身に着けさせると、その者の思考が外に漏れるて周囲の人間が聞き届けることができるのだ。」


そう言われて目の前に差し出された魔道具は。確かに帽子の形をしていた。


「小娘よ。汝が先の裁判でやらかした失態を聞き及んだところによると。あの小僧が魔王軍に知り合いがいるということを聞き咎めてスパイ容疑をかけたそうではないか。」


そうなのだ。取調べ中の自供にてその鐘が鳴ったからこそ。裁判まで進み。その中であの勇者候補が自らは魔王軍の構成員ではないことを叫んだことで。その時点で疑いは殆ど晴れたと言っても良かったのだ。以降も監視が続けられたのは、夜逃げした元・領主の意向が強かった。今ではその元・領主の悪事が明るみになり。お陰様で巻き込まれて上層部からの私の心象は最悪だ。今のところはお咎めは無いのだが…暫くはこの平和な街で滞在することになるだろう。


「そうなんですよ。取り調べの時はこの魔道具は反応したのに。裁判の時は潔白の主張をされてしまって…どうしたものか、困惑していたんです。」


「愚か者が。冒険の最中に取り逃がした魔王軍の幹部なんぞいたら交流したうちにでも入るのだろうさ。」


「あっ」


成る程。そういうことか。とんでもない早とちりをしてしまった。以前にも彼の一行はこの街の冒険者達と一緒に魔王軍の幹部も討ち取っている。故人とのやり取りも交流の内に入るのかもしれない。


「それにな。その魔道具はそこまで便利な魔道具でもない。いくらでも誤魔化し様はあるのだ。」


「というと?」


「例えばだ。おい、そこの美人店主。お主の年齢は今年で何歳だ?」


「何を言ってるんですかバニルさん?褒めてくれるのはありがたいですけど私の年齢は20歳に決まってるじゃないですか。」


そして嘘をつくと鐘がなる魔道具の方に目を見やると。装置はピクリともせず。ベルの音は全く鳴らない。


「…どういうことでしょう?ウィズさんが現役の時に活躍して王都で名を馳せたのは確か…」


「わー!そんな昔のことなんか思い出さなくていいんです!私の年齢は20歳なんです!永遠の20歳なんです!」


慌てて私の台詞を遮りに入る元・冒険者を宥めつつ、元・魔王軍幹部の方に視線を移し、解説を求める。


「うむ。このなんちゃって店主の様にな。事実とは異なる、自分が狂信的に思い込んでいる事柄を述べるだけでこの魔道具は正常に作動しなくなる。個人の認識の問題なのだ。」


「そうなんですか…」


「更にはだ。黙秘以外にも真実を隠す手段はある。嘘でもないが真実でもないことを述べるだけでも反応しない。物は言いようということだ。表現によっていくらでもはぐらかす方法はある。そして都合の良い解釈に誘導させて、最後に『そうかもしんないですね』と答えれば、本当に都合の悪い真実を隠蔽することも可能なのだ。」


確かに。黙秘という手段を取られると魔道具が有効利用できないという問題点は挙げられていたが、他にもそんな欠点があったとは。実際に、例の男を早とちりして魔王軍関係者と誤った判断を下した自分が良い例だろう。


「そういった問題点を解決する一つの方法としてだ。この帽子をうまく組み合わせて使えば、実際に容疑者がどんな考えで供述しているのかを判断できる。それを活かして取り調べの際の質問に応用するという手段を推挙すると共に。こうして売り込みに来たわけだ。理解したかね?」


「はい。ありがとうございます。ですが、購入するかどうかは実際に試用してみてから判断するということでよろしいでしょうか?試供品としてある程度のレンタル料を支払う形式でも構いません。」


「構わんよ。こちらとしては開発費用だけでも回収できればよいのだ。」


「やったじゃないですかバニルさん!バニルさんてほんとに商売がお上手なんですね!」


「へっぽこ店主よ。お主が下手すぎるのだ。それに我輩の見立てによるとこれ以上の資金の回収は無理そうだ。こんなへっぽこ魔道具を快く買い取ってくれそうな、都合の良い売りつける先なんぞ他には…」


おや?


「いま、この帽子の事をへっぽこ魔道具って言いました?」


「言ってない」


嘘をつくと音がなる鐘の方を見やるが。音は鳴らない。聞き間違いだったようだ。

嘘発見器の魔道具を見つめていると、ふと気になる事ができたので素直に聞いてみることにした。


「そういえば…バニル…殿でよいでしょうか?」


「うむ。構わんよ。」


「バニル殿はこのベル型の魔道具についてだいぶお詳しいようですが。やはり見通す力のお蔭なんでしょうか?」


「うむ。なにせその魔道具は我輩の力も借りておるからな。」


なんだって。


「何を驚くことがある。幾つかの魔法や呪術は悪魔の力を借りておるのだ。紅魔族は特にその力に秀でておるがな。ネタ種族の里には我輩の力を借りた魔道具を利用した観光名所もある。あやつらに中には我輩の力を借りることで有名になった占い師もおるな。天気予報師の何人かも我輩の力を頼りにして占っている。そのベルのデザインも、白黒はっきりつけるという意匠もあるのだろうが…どちらかと言えば、我輩の仮面の色彩に合わせというのが正しいのであろうな。」


「成る程。そういうことでしたか。いくら人畜無害を主張していると言っても、悪魔としてこの街の教会のプリーストたちに一方的に目の敵にされて祓われないのはそれなりの利用価値があると判断されているからでしょうか?」


「我輩はこの街のエリス教のプリースト如きに祓われるほど惰弱ではないぞ。女神エリスは幸運を司るため、そのご利益にあやかろうと信者数が多いのは確かだが…その所為で分配される力が弱いことだけが原因ではない。信仰の、願いの質も問題なのだ。信者の多くは金儲けや出会いなど、俗な願いなものが殆どだ。そういったものこそ自らの力で勝ち取ることや、あるいは希少な縁を大事にして、絆を深めることが大切なのだ。出会いだってそうだ。同じところにばかり顔を出さないで色んなところに足を伸ばすが良い。神頼みなんぞ以ての外だろう。」


痛いことを突いてくる。先日も良い出会いがありますようにとエリス教会に寄付をして祈ってきたところだ。


「人の縁や絆というものは誰でも初めは薄くて、頼りないものだ。その貴重な出会いを大切にして、共にいる時間を重ねて絆を深める。その行為にこそ意味があるのだ。例え、不運や失敗に見舞われることでその時は実を結ばなくても…次の機会に活かすことは出来る。何事も諦めずに挑戦することも肝要だな。余程のことがない限り、縁を切ることもオススメしない。歩みを止めずに繋ぎ続ける事が大事なのだ…まぁ、言うは易し、ではあるがな。」


「ご忠告、感謝いたします。」


「バニルさんていつもは言動がおかしいですけど、たまには良いこと言いますよね。」


「失礼な。我輩はつい最近になってから相談屋も開いておるのだ。迷える人々にアドバイスを宣託するのも仕事の内だ。…まぁ、遥か大昔にも似たようなことはやっていたから、思い出すのにも随分と時間がかかってしまったが。」


そういえば風の噂で聞いたことがある。この元・魔王軍幹部の大悪魔は、この街の冒険者ギルドを間借りして新しい商売を始めたのだとか。


「あの、差し出がましいのですが、バニル殿。ここで出会ったのも何かの縁。私の将来について、少し見通して頂きたいのですが…」


「ふむ。取引が成立したことだし、今回はサービスだな。どれどれ…おや?そう遠くない、少し先の未来では小娘が佇んでいる背景が違うな。その場所は…王都か?」


「ッ!?近いうちに私が王都に返り咲けるんですか!?」


自分の傍らに誰かいないのか、というつもりで問うてみたのだが。思いもしなかった言葉に慌てて詰め寄ってしまう。


「こらっ落ち着けっ!…小娘よ、あくまでこの未来視は可能性の一つだ。汝がこの先に出会う数々の問題に直面した時に、その解決を図るために幾つもある選択肢の中で一つ一つを選び取り、そうして積み重ねた道の果てに行き着く未来の一つなのだ。選択肢を誤る、という表現は嫌いであるが…異なる選択肢を採った場合には、異なる結末も待っている。そして、王都に返り咲くことができるのが、汝にとって幸せであるとは限らない。」


「それでもっ!その可能性があるんですねっ!?」


「小娘の未来の一つとしてビジョンが見えた。その保証はしよう。ただし。そのために例え大事件を解決したとしてもだ。悪魔の力を借りたとあっては、上からの評価は厳しいものになるだろうな。」


「ッ…!」


「無理難題を押し付けているのではない。独力でなんとかしようとするからいけないのだ。汝の周りには頼りになる友人がおるではないか。友人とまではいかなくても、知り合いなら沢山いるであろう。例えば、ここの留置所にいつもお世話になってるクズな男のこととかだ。」


「…?あの男が、どうしてこの話に出てくるんですか?あの冒険者は、常日頃からつまらない事件を起こしては留置所で寝泊まりする、問題という文字が歩いて街を出回っているような男で…」


「あんな男にも思わぬ側面というものはあるものだ。意外とお願いすれば、ホイホイと頼み事を聞いてくれるかもしれんぞ?司法取引というものもある。使える物はなんでも使ってみると良い。特に、人間の手なんかはとってもいい。自分独りでは成し遂げられないことも、他人の手があれば意外と軽く達成できるものなのだ。我輩が友人の手を借りるのもその為だ。」


悪魔が友人と呼ぶ、隣に佇む元・冒険者の美人店主は思わず顔を綻ばせた。彼女の笑顔はやはり素敵だ。


「あら、バニルさんたら。調子が良いんですから。」


「へっぽこ魔女よ、お主こそ調子に乗るでない。昔のようなキレの良い頭を取り戻したらどうだ?…いや、昔から、今のようなへっぽこ具合の片鱗は見せてはいたし、妙な思い切りの良さも持ってはいたが…」


「じゃあ美味しいご飯をたくさん食べさせて下さい!糖分があればきっと頭脳も活性化します!」


「うむ、超断る。だいたい、今月も未だに赤字なのだ。金策に走らなければ家賃も払えぬ。滞納こそしていないからなんとかなっておるが…いっそのこと美人店主が経営する銭湯にでも経営を切り替えたらどうだ?初級魔法も扱える元・アークウィザードのお主なら、元手も殆どかかるまい。水も燃料代も無料なのだ。爆裂魔法で天然の湯船でも作って、あとは覗き穴でも設ければ」


「なんてことを思いつくんですかバニルさん!犯罪ですよ!」


「…いや、ダメだな。この街にはあの喫茶店がある。…それでも覗くクズの阿呆もおるが。…検察官の小娘よ、邪魔したな。今しがた言ったことは妄言だから忘れ給えよ。」


「はい。この魔道具の使い勝手が良かったら、是非とも配備のために次年度の予算案として通しておきます。」


「まぁ、あまり期待はしておらんが…僅かな希望でもゼロではないのだ。良い知らせを待っておるよ。ウィズ魔道具店を今後ともよろしく!」


最後も騒がしかった2人を見送った後、本日の業務日誌にさっそく向かい合うとする。随分と話し込んだのに、今日のところは未だに苦情も寄せられてはいない。

この世界では苦情を寄せたり問題を解決してくれるところは何も警察署だけではない。冒険者ギルドもそのうちの一つだし、近頃は私設の警備会社も立ち上がったんだとか。先程の悪魔が立ち上げた相談所も数に入れて良いかもしれない。

ライバル達は強敵だ。司法を知り尽くし、法の名のもとに行政権を執行する権限を持つことだけが警察の強みなのだ。同じく国家の管理下に置かれているものの、独自の権限も所持している冒険者ギルドに対して有利な点はそこだけだ。

事件や犯罪者をでっち上げるわけにも行かないが…僅かなチャンスを見逃さずに掴み取る。この姿勢だけは維持しなければ。

いつか王都に帰り咲く…その夢を追い求め。今日も平和な一日に感謝をしながら。

そしてその平和を乱すような存在を、待ち遠しくもあり、しかして決して容赦はしないように。

気を緩ませずに待ち臨むのだ。



そして昼食も採って、昼下がりになりかけたあるその日の一時。

私は署内の取り調べ室の椅子に座っていた。

テーブルを挟んで向かい合う対面には、一人の男が座っている。


目の前に座るその男は…先程の話題にも挙がった、この街に居座っている勇者候補の一人である。

名はサトウカズマ。これまでに魔王軍幹部を幾名も討ち取ったパーティーの、おそらくはリーダー的な存在である。


何故に、おそらく、という枕詞に付くのかと言うと…彼が所属するパーティーの各メンバーに対して誰がリーダーなのかを尋ねると。

全員が全員、自分がリーダーだと答えるからだ。全員が同じ答えを返してくるので、客観的に判断するしか無い。

そして他の冒険者に尋ねると、決まってパーティー唯一の男性である彼がリーダーだと答えるのだ。

実際に自分の目から見ても、彼がリーダーなのだろうとは思う。

取り調べや裁判の最中では少しばかり悪印象が強い行動が認められたが…


まぁ、英雄は色を好むと言うし。あの裁判は元・領主の意向もあり、不当な側面もあった。

悪いイメージというものは作り上げるのは簡単なのだ。悪い噂を流せば事足りる。

逆に、良いイメージというのは意外と難しい。皆が認める実績を伴わなければならないからだ。


そして彼は。妙な名前で知れ渡るどの勇者候補よりも。

遥かに短い期間でこれまで誰も打ち倒すことの出来なかった魔王軍幹部を撃破して。

さらには大物賞金首であるクーロンズヒュドラやデストロイヤーの討伐隊も率いたのだ。

もはやこの国で彼の名を知らぬ者はいないだろう。


内偵の調査によると、彼らのパーティーには多額の懸賞金が魔王軍から提示されており。

強大すぎる敵から付け狙われているせいで、いつ全滅してもおかしくないと噂されている。

魔王城から最も遠いこの初心者に居座っているのも、魔王の手先たる暗殺者から逃れると共に、

魔王軍の大軍をおびき寄せて補給線が伸びたところを叩く高度な戦略なのだとも噂されている。


実際に魔王城からアクセルの街を攻める場合に、大軍勢が通ると予想される最短の行軍経路には。

かの悪名高いアクシズ教団の総本山であるアルカンレティアのすぐ傍を通らなければならず。

魔王軍としては水の都を大きく迂回しなければならないために、迂闊に初心者の街に手を出せない、というのが現状のようだ。


他にも魔王軍の間ではいろんな誤情報が飛び交っているらしい。

例えば…サトウカズマがこれまで挙げた功績は、魔王軍側では全て魔剣の勇者の手柄として伝わっているんだとか。

何をどうすればそんな勘違いが起きるのか全くわからないが…

しかし、そういった噂を無視するわけにもいかず。今は、魔剣の勇者が拠点としている王都に戦力を集中させているらしい。

高度な情報戦でも仕掛けているのだろうか。さすがはサトウカズマである。


例え、彼が実際に魔王軍の幹部を討ち取っていなくても。

この大陸に存在する、数多の国の土地を蹂躙しつくした、無差別殺戮兵器たる機動要塞・デストロイヤーを撃破したのだ。

もはや、奇跡を起こした英雄と言っても過言ではない。

世界の脅威は魔王軍だけではない。あの機動兵器のお陰で、どれだけの難民が発生し、村や街どころか、幾つもの国が滅んだのであろうか?

帰る家を失った難民は荒野に晒され、蔓延る魔物に襲われて生命を落としたり。あるいは無事に隣の街に辿り着いたとしても、急に発生した難民を十分に受け入れる環境が整っているわけでもなく。スラムに住み込むことが出来ればまだ良いほうだという。大抵は難民キャンプで一時を過ごしながら日銭を稼ぎ。次の街への路銀に充てるんだとか。

この世界は意外と残酷なのだ。

なぜ、難民を受け入れる準備が整っていないかと言うと…それもデストロイヤーの所為だったのだ。無計画に街を広げれば、その末端がデストロイヤーに補足されてしまうのだ。守るために反撃すると、それを察知されて街の中心ごと蹂躙される。都市を潰した後の行軍経路はかなりランダムだ。街が滅びる度に、どうかこちらには来ませんようにとエリス神に祈るのが習慣になっていた。其の結果、自分が住む街とは別の人々が犠牲になったとしてもだ。それがテロリスト以上の壊滅災害を引き起こす、天災にも比喩される賞金首なのだ。


かの機動兵器の名にふさわしい、辿る道の全てを破壊し尽くす、あの無軌道な暴走を食い止めただけでも特級の価値がある。

その撃破の代償として、例え領主の館が吹き飛んだとしても、誰が責められようか?

そして、彼は。その撃破の責任を全て自らの背中に背負い込んで、裁判に臨んだのだ。

あの時は検察官として敵対する側であったが…そういう立場でも一人くらい、彼を英雄視する人間がいても良いはずだと。

求刑される刑罰がそのまま下される筈がないと…そう、思っていた。

まさかあの元・領主が下心丸出しで裁判長にまで圧力を架けるとは思ってもいなかった。

あれから彼は更に功績を挙げて、無事に名誉も回復したが…実は、今でも少しだけ申し訳なく思っている。


そしてそんな彼がなんでいま目の前にいるかというと…

先日、公衆の面前で無差別に卑猥な言葉を投げかけるというセクハラをしたのだという訴えが届けられたのだ。

前にもあった、彼を妬ましく思う人物が流した悪い噂だとは思うが…正式に訴状が受理された場合には、警察としては動かないわけにも行かないのだ。

仕方なく、本当に仕方なく、彼が住まう屋敷を訪ねて…頭を下げながら、形式的な取り調べだけをするという名目で、任意同行してもらった。

その際に、彼の同居人でありパーティーメンバーでもあるアークウィザードとクルセイダーの2人は、何故かぷいと視線を背けていたが。きっと心配することでも無いと思っていたのだろう。余程の信頼があるようだ。


あるいは、以前の裁判で敵対していた私と目を合わせたくないのか…それも仕方のないことだ。

仕事に犠牲はつき物である。そして冒険者たる彼らは魔物を相手に自らの生命を張っている。

彼らに護られる立場である、人間を相手にしている自分が大きな意見を挙げられようか?無理である。

微妙な雰囲気を醸し出している彼女たちにも頭を下げながら…一人だけ、やけに満足した様子を見せながら、ドヤ顔でこの男を見送るアークプリーストがいたが。まぁ、アクシズ教の信者だし。彼女にだけはあまり関わらないようにしておこう。悪い人物ではないことは確かだが…なんでも水の女神を自称しているらしい。


そんなちょっと可哀想な頭の持ち主である彼女を上手く取扱い。

世間から疎まれているアクシズ教の教会の建て直しの費用も寄付したという、立派な社会貢献活動も行っている、この男は。

自ら勧んでセクハラするというのもあまり信じられた話ではない。

パンツを盗んだのだってよくよく聞いてみれば事故のようなものだったと聞くし。

魔剣の勇者の相方に絡んだのだって、怪しげな手つき身振りをしただけで、実際には手を出してはいない。

荒くれ者で幅を利かせる冒険者達はもっとあからさまなのもいる。

例えば、公衆浴場を覗いていたクズな冒険者のことだ。

意外な側面もあると言っていたが…どんな側面があるのだろうか?


そんなことを考えながら、さてどうしたものかとぼんやりと目の前の男を見つめていると。

無表情で見つめていたので、凝視していたと勘違いしたのだろうか?

おずおずと彼の方から話を切り出してきた。


「えっと、その…セナさん?でしたっけ。今回はちょっとした軽犯罪の容疑があって、その取り調べということで連れて来られましたけど…どういった内容の容疑なんでしょうか?」


「ああ、これは失礼しました、サトウカズマさん。ええと、その…大変に申し上げにくいのですが、先日に一般市民の方から訴状が提出されまして。」


訴状に目を通すと、なんでも近所の目につく女性に手当り次第にセクハラしたらしい。どんな方法でセクハラしたのかといえば…女性の魅力的な部分を大声で叫びまくったのだとか。かなり無茶苦茶な内容である。


その内容をそっくりそのまま伝えると、何故か視線を落として顔を俯かせた。やはり気落ちしているのだろうか?

それとなく慰めてみる。


「まぁ、以前も悪い噂を流されていたようですし。ちょっとしたトラブルを誇大表現で叩かれるのは有名人だとよくあることですよ。あまり気にしないで下さい。」


「えと、はい。その。スンマセン…それで、その。少し教えてほしいのですが…セクハラに関する条例?や決まりごとみたいなのってこの街だとどんなもんなんですかね?」


「というと?」


質問の意図が分からなかったので、そのまま問い返す。


「ええと、だから…結構、魅力的な女性が目の前にいるとするじゃないですか。其の方に、そのままセクハラ発言するのはアウトだと思うんですよ。でもですね?どうしても魅力的な部分に目が向いちゃうじゃないですか。そういった部分に、とても魅力的だな、或いはこうなったらいいなって思想を抱くことってのは罪になるんですかね?ってことを聞きたいんです。」


成る程。そういうことか。


「それなら問題はありませんよ。確かにあまり褒められたものでは無いかもしれませんが…個人の思想まで法で縛るわけにはいきませんから。」


「ですよねー!」


少し気が楽になったらしい。まぁ、以前の取り調べの経験から、少し調子に乗りやすい性格もあるようなので、ちょっと強気に念を押すことにする。


「まぁ、このような荒唐無稽な訴状が出されているわけですが…実際にそんな事はしてない、ということで良いんですよね?」


「もちろんです。目に付く彼女たちの魅力をそれとなく伝わっただけでしょう。直接的に声を出してセクハラしたわけではありません。視線が何かを通して伝わってしまったんでしょう。女子は男の視線に敏感だと聴きますし。そんな魅力的な彼女たちこそ、罪があるんじゃないでしょうかね?」


この男は意外と軽い言葉で強気な剛弁を重ねた。やはりお調子者だ。これが彼の魅力でもあるのだろう。

念のため、嘘を付くと鐘がなる魔道具を見やると…案の定、ベルは鳴らない。実際に声を掛けてのセクハラはしてはいないようだ。


「安心しました。まぁ、訴状を鵜呑みにしたわけではありませんが…常日頃からサトウカズマさんに関する悪い噂が流されているようでしたから。きっと前・領主の血族の誰かが流しているのでしょうが…お気をつけ下さい。貴方の功績を妬んでいる方もいらっしゃるかもしれせん。」


「お、おう…まぁ、俺くらいのベテラン冒険者になると、そういうトラブルもあるもんさ!普段から大人しくしてるんだけどな!こればっかりは仕方がないよな!」


適当に相槌を打ちながら。形式的な取り調べも調書を作成すれば終了だろう。そう思った矢先に。

午前中に持ち込まれた魔道具のことをふと思い出した。


「そういえばサトウカズマさん。」


「はいサトウカズマです。」


「実は、少しお願いしたい事があるのですが…話だけでも聞いてもらえないでしょうか?」


「なんでしょう?」


「実は午前中に取り調べの役に立つという魔道具を売り込みに来た方がいらっしゃいまして。その試用のために是非ともサトウカズマさんに協力して頂きたくて…」


そういいながら、帽子型の魔道具を取り出した。

それを認識した目の前のベテラン冒険者は即座にこう答えた。


「断る。」


「非常に心苦しいとは思うんですけど…実際に使ってみないことには…ってあれ?」


まさか拒否の返事で応えてくるとは。少し意外だった。やはり、以前のことで恨まれているのだろうか?


「ええと、強制ではありませんので、拒否するのも勿論ありなんですけど…一応、理由をお聞かせ願ってよろしいですか?」


「えっ?いや、だってほら。副作用とかありそうじゃん?そういうのってなんだか怖いし。危なっかしいことには手を出したくないんだよね。」


冒険者らしからぬ言動だ。とりあえず安心させるための言葉を繋げる。


「取扱い説明書を見るところによると、重大な副作用は無いようですよ?なんでも実体のないゴーストとかとも会話できるんだとか。凄いですよね?」


「うん、いや、まぁ確かに凄いんだけどさ…」


なかなかに煮え切らない答えを返してくる。仕方がないので、やや強引に帽子をかぶせてみることにする。

すると、凄い勢いで抵抗されてしまった。


「あっこらっやめろお!なんで無理矢理かぶせようとするんだよ!?」


「先日、バニルとウィズさんから売り込まれてお試しに買ったんです。どれだけ使えるものなのか、検証するために実験台になってください。」


「なんでそんなことを…」


「この平和な街では取り調べの機会自体が希少なんです。今回は本当に形式だけの取り調べなんです。だって魔王軍の幹部を次々に討伐したサトウカズマさんなんですから。信頼しております。質問も簡単なものしか致しませんから。」


目の前の勇者候補はベル型の魔道具の方に目を向けて。音が鳴らないのを確認すると、安心したかのように応じてくれた。


「しょうがねえなぁ…」

『はいどうぞ。』


成る程。こういう形で思考が伝わるのか。なかなかに使いやすくて便利そうだ。


「では。私のことをどう思ってますか?」


「はぁ?」

『セナさんも仕事熱心だな。ニート気質の俺なんかじゃ遠く及ばない。ある意味では尊敬する素敵な女性だと思います。夢に出てきてもいいくらいだ。』


なんと。そんなことまで思われていたとは。


『しかし。あの時のヌルヌルしたセナさんは良かったな。そうだ、今度はあのお店でローションプレイを頼んでみよう。ついでにヌルミンも登場させて…おお、こりゃすごい。あんなロリッ娘なのに、なんだか凄く魅力的になったぞ?そうか3Pか。思わぬ盲点だった。今度はこれで頼んでみよう。あ、やばい。おったってきちゃった。どうしようこれ。立ち上がれないや。たっちゃったせいで立ち上がれないやなんちゃって。』


「ッ!?一体、何が立ち上がったんですか!?」


「黙秘します。」

『いかんいかん。真面目な事を考えないと。全く、とんだ誘導尋問だ。こんな魔道具を作ったウィズもウィズだ。よし。今度はウィズも追加しよう。おお…まるで三種の神器だ。爆乳お姉さんのウィズに、きつめのお姉さんキャラのセナ、そしてロリッ娘のめぐみん。凄いな!しかし3人か…神器といっても道具扱いなのも良くないよな。俺は真の男女平等を目指す者。きちんと人間扱いしないとな。四天王とかの方が良いのかな?』


「…」

段々と自ら放たれる視線が冷たいものになっていくのを自覚する。


『もう1人か…誰が良いだろう?ダクネス成分はウィズとセナで補給できる気がするし。あともう1人、だれか…そうだ!アクアだ!これだけ魅力的なメンツが揃えば、アクアがちょろっと参加しても、流石に今度こそ少しはヒロインとして見れるんじゃ…!あ、無理だ。もう1人の俺が無理だって叫んでる。だって萎びちゃったし。萎えた。まぁ、これで立ち上がることはできるようになったけど…』


もはや確信犯だ。あとはどうしばくか考えるだけだ。拳を握りしめて立ち上がる。すると。


『あれっ?やばい。さっきまで考えてきた事とか全部を記憶から消去しようとしているし。だんだん思い出せなくなってきた。全部アクアのせいだコンチクショウ。どうしよう。凄く勿体無い気がしてきた。書記官の方とかキチンと記録してたら後で見せてもらおう。』


「バッチリです。」


「!?」


とんでもない思考が飛ばされたと思ったら、突然に後ろにとんでもない内通者が現れた。


『よし、後で頼んで見せてもらおう。そして必要な部分だけ脳裏に焼き付けた上で記録を破棄してもらおう。』


「あの?サトウカズマさん?流石にそれは公文書破棄といって禁止されてることなんですが?というかお見せしませんからね?諦めてください。」


「断る。」

『うっせーなー。そんなお堅い事を言っちゃって。そんなにお固いモノが好きなんですか?或いはダクネスみたいにお腹も頭も硬いんですか?そんなんだから、行き遅れだって…』


クズな男の顔面に裁きのグーを埋め込んだ。

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