ミルフィーユみたいなクセ

結雨空


 まだ朝日が差さない寒さに僕は身を委ねる。



 愛してたよって。


 愛してたよって。



 鏡の自分に独り言。



 今更言ってもしょうがない、そんなことは分かってる。


 分かってる。


 分かってるから。



 でも目を閉じれば鼓膜に残る、きみの声。


 でも目を閉じれば鼓動に残る、きみの視線。




 そんなことしたってさ。


 現状が変わらないことは分かってる。


 結果が変わらないことは分かってる。


 今が進まないってことも分かってる。



 いつしかこんな日が来るって分かってた。




 黒髪が似合う女性だった。


 赤い口紅が似合う女性だった。


 笑顔が似合わない女性だった。



「愛してるよ」って僕が言っても。


「うん。知ってる」って君はいつも鼻を掻いた。


 

 肌を重ね合わせたときも同じように。


「愛してたよ」って僕が言っても。


「うん。知ってる」って君は僕の鼻を掻いた。



 そんなミルフィーユみたいな会話が僕は好きだった。



 どうしろって言うのさ。


 どうしろって言うのさ。


 

 きみの匂いが残るソファーの中で、きみの声が残るリビングの中で、きみがいる東京で僕はどうやって生きていけばいいのさ。


 どうやって生き続ければいいのさ。



 きみの名前を呼ぶクセは残ったままで。

 

 きみはもういないのに。


 きみの視線を背中で感じるクセは残ったままで。


 きみはもういないのに。


 鼻を掻くクセが残ったままで。


 きみの愛はもう残っていないのに。


 残ってばっかりで。


 失ってばっかりで。



 君とずっと一緒に居たい、そう思ってた。


 ミルフィーユみたいな会話の中でも、そう思った。


 でも、互いが互いに悟ってしまった。

 


 愛してるって。


 愛してるって。


 そう言って僕は君を傷つけた。



 愛してるって。


 愛してるって。


 そう言い続けて僕は君を傷つけた。



 だからさ。


 愛してたって。


 愛してたって。


 そう言わせてよ。



「愛してよ」


 僕はそう言って、鼻を掻いた。

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