初めての依頼
アルベリヒさんの家で働きだして暫く経った。
けれどもわからないことがある。アルベリヒさんは普段一体何をしているのか。魔法使いだということはわかるのだが、だからといって何か仕事をしている様子もない。本を読んだりお茶を飲んだり、ときどきディディモスの世話をしたりなんかしている。
たまにひとりでどこかに出掛けるような事もあるが、行き先はわからない。ただ、そんな時、あの人は必ずアップルパイを買ってきて、わたしにひとつ分けてくれるのだ。外に出ないときはわたしが買いに行かされるのだが。
あの人、指から炎を出す以外にも魔法が使えるのかな? Aランクだって言ってたし、なんだかすごい魔法が使えるのかも。
そういえば、わたしってアルベリヒさんの魔法の事もあんまり知らない。
「それって不公平じゃないかな? あの人はわたしの魔法の事知ってるのに。ねえロロ、そう思わない?」
ロロは答えない。餌に夢中になっている。
この子、本当にわたしの使い魔になるのかな? 懐いてはくれているみたいだけど、現状は普通の猫と同じように食べて、寝て、遊ぶだけ。もっと成長すれば使い魔らしくなるとか? そうしたら頼みたい事はたくさんある。買い物とか。
「ディディモスはどう思う?」
わたしの手から器用に鶏肉を啄ばんでいたディディモスは、わたしの問いに「ピィ」とだけ鳴き、再び餌を啄ばみ始めた。
うーん、なんだか適当にあしらわれたような気がする。
いつかディディモスとも意志の疎通ができるようになるのかな。なれるといいな。
◆ ◆ ◆ ◆
そうして使用人としての仕事に慣れ始めた頃、珍しく来客があった。若い女の人だ。
客間に通したあとでお茶を持っていくと、わたしも一緒にテーブルにつくようにと言われた。
いったい何事かと訝しみながらも椅子に座ると、アルベリヒさんが女性に頷く。
それを待っていたかのように女性は話し出した。
「私はマルグリッド。グラール通りにあるお屋敷で働いています」
マルグリッドと名乗った女性は疲れたような雰囲気を纏い、なんだか顔色も冴えない。
「ここに来れば、失くしたものを探し出してくれるって聞きました。探して欲しいのは母の形見のペンダントで……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
わたしは思わずマルグリッドさんの言葉を遮ると、立ち上がってアルベリヒさんの上着を引っ張る。
「……ちょっと」
「なんだ? まだ話の途中だろう?」
「いいから……!」
そうして部屋の外までアルベリヒさんを引っ張り出したわたしは、小声ながらも問い詰める。
「まさかとは思いますけど、あのマルグリッドさんて人が言ってたのって、わたしのうせもの探しの魔法のことじゃありませんよね?」
「まさかもなにも、それ以外なにがあるっていうんだ。魔法協会に登録したおかげかお前に初めての客が来た。感謝しろよ」
「でも、でもわたし、自信がないです……!」
わたしはアルベリヒさんの上着の袖を掴むとゆさゆさと揺する。
「おい、やめろ。服が皺になるだろ。大丈夫だ。万年筆や髪飾りを見つけた時と同じ要領でやれば問題ないはずだ。お前なら出来る」
その自信はどこから湧いてくるのだろう。先輩魔法使いとして彼なりにわたしの力量を推し量った結果なのだろうか。それとも他人事だと思って適当に言ってたりして……
「ともかく、お前がその力を使うことが人助けにもなるんだ。そんな有意義なこと、他にないと思わないか」
「うう……それは確かに、あの女の人、困ってるみたいだし。力になれたら……」
「そうだろう。悩みを抱える人の為に尽くしたいというお前の気持ちはよくわかる。それこそ魔法の鏡。さあ、あの御婦人の美しい瞳から暗い影をとり除いて差し上げようじゃないか」
なんとなくアルベリヒさんに言いくるめられたような気もしたが、とりあえず部屋に戻ったわたしたちは、マルグリッドさんから話の続きを聞こうと試みる。
「あの、お母様の形見のペンダントを探して欲しいとの事でしたが……」
促すと、マルグリッドさんは頷く。
「ええ、いつも身につけていたのだけれど、一ヶ月ほど前、外で用事を済ませて帰ってきたらいつの間にかなくなっていて……出かける前には確かにあったから、途中で金具が外れたか、鎖が切れたかして落としてしまったんだと思うんです。慌ててその日通った場所を何度も探し回ったんだけど見つからなくて……困っていたところにこちらの失せもの探しの話を聞いて、もしかしたらと思って……」
そう話すマルグリッドさんの様子には必死さが感じられる。おそらく藁をもすがる思いでここまで訪ねてきたのだろう。彼女にとってのそのペンダントの重要さが伺えた。
アルベリヒさんはこちらをじっとみている。わたしがどう出るか伺っているのかもしれない。
わたしはそちらをちらりと見やると、マルグリッドさんに手を差し出す。
「それなら、少し協力してくれませんか?お願いします」
そうしてマルグリッドさんの手を取り、部屋の中程まで進みでる。
「これからわたしは呪歌を歌います。呪歌って言うのは呪文みたいなもので……それを歌っている間、こうして手を握っていて欲しいんです。どういう理由かはわかりませんが、その方が成功しやすいので」
マルグリッドさんが真剣な様子で頷いたので、彼女の手をにぎったまま、わたしは深く呼吸する。
不思議な静けさが一瞬漂ったのち、わたしはあの奇妙な節回しの歌を歌いだす。マルグリッドさんのペンダント、その行方を知りたいと願いながら。
暫くして、目を閉じたわたしの脳裏に、いつかのように映像が流れ込んできた。
気づけばわたしは地面から空を見上げている。周りには行き交う人々の立てる砂埃が舞う。
暫くすると一人の小さな女の子がこちらを覗き込んだかと思うと、勢いよく地面から何かを拾いあげる。微かに鎖のぶつかり合う音がした。
そうだ、きっとこれはペンダントの記憶。マルグリッドさんが落としてしまった後のペンダントの記憶を追体験しているのだ。
女の子は上機嫌でペンダントを身につけ帰宅する。しかし父親らしき男性に見咎められて……
「わたしがひろったのに」
抵抗も虚しく、男性は無情にもペンダントを取り上げると、その足でどこかの建物に持ち込む。なにかのお店みたいだ。そこではペンダントに対し金銭のやりとりがなされる様子が見て取れる。
やがてペンダントは明るい場所へと置かれる。目の前をガラスで遮られているところから察するに、どこかの店頭のショーウインドウらしい。目の前を大勢の人が行き交う。
その中の一組の男女がこちらに目を留めたかと思うと、ショーウインドウに近づいてきた。
女性の方はこちらを指をさしながら一緒にいた男性となにごとか話し合い、店の中へと消えてゆく。
次に目に入ったのは、鏡の前でペンダントを身につけ微笑む先ほどの女性の姿だった。
女性は微笑みながら口を開く。
「これ、気に入ったわ。頂けるかしら」
そこでわたしは歌うのをやめた。最後まで歌いきることなく口を噤んだのだ。
マルグリッドさんが身を乗り出すようにわたしに問う。
「わたしのペンダント、どうなったの? みつかった?」
マルグリッドさんがわたしの手をぎゅっと握る。
わたしは彼女の顔をまともに見ることができなかった。だって、あれはきっと――
「……ごめんなさい。わたしには、できません。だって、それをしたら、泥棒になっちゃう……」
「泥棒?」
アルベリヒさんも怪訝そうに問い返す。
訝しがる二人に、わたしは先ほど見た光景を説明する。
「お探しのペンダントは、誰かに拾われた後、おそらく質屋かどこかのお店に買い取られて、何も知らない女性が購入しました。マルグリッドさんは、わたしのこの魔法についてどう聞いていたのかは知りませんが、これは失くしたものの場所を探しあてる魔法じゃなくて、失くしたものをこの場に呼び寄せる魔法なんです。だから、これ以上すると、今の持ち主から奪ってしまうことになるので……」
もともとはマルグリッドさんのものだったとはいえ、やはりそんなことをするのには抵抗があった。だから途中までしか歌えなかったのだ。
「それが泥棒も同然だと」
アルベリヒさんの言葉にわたしは無言で頷く。
「そう。そうなの……もう他の誰かのものに……」
マルグリッドさんは呆然としたように床に視線を落とす。
「でも、あのペンダントを買ったのは、おそらくこの街の人でしょうから、いつかどこかで会えるかもしれません。その時に事情を説明すればもしかして返してもらえるかも……なんだったら、わたしも探すお手伝いしますから。いつになるかはわかりませんけど……」
「……その申し出は嬉しいけれど、難しいかもしれないわね」
「え?」
「私、近いうちにこの街を離れるの……実は、結婚することになっていて」
「そ、そうなんですか? それは、その、おめでとうございます」
突然の告白に驚きながらも祝福の言葉を述べる。
「ありがとう」
マルグリッドさんは複雑そうな笑みを浮べる。
「だからその前にペンダントを探し出したかったんだけど……そういう事情なら仕方ないわよね……残念だけど、ペンダントは諦めます。わざわざ魔法を使ってくれたのにごめんなさいね」
「い、いえ、こちらこそ、お役に立てずにすみません……」
「いいの。誰かの手に渡ったとはいえ、壊れたりしてないってわかっただけでも安心したわ」
そうは言ったものの、マルグリッドさんのその笑顔はどことなく寂し気に感じられた。
◆ ◆ ◆ ◆
「まったく、お前も律儀だな」
マルグリッドさんが去った後、アルベリヒさんがため息まじりに吐き出す。
「今の持ち主のことなんか考えずに、さっさとマルグリッドさんに戻してやればいいものを。事実を隠して、人目につかない場所に落ちてたとでも言えば良かったんだ。おかげで報酬を取りはぐれた」
依頼を解決できなかったために報酬は貰わなかったのだ。つまりはただ働きなのだが、そんなことはマルグリッドさんの心中を思えば些細な問題だ。
「たしかに、真実を伏せてマルグリッドさんにペンダントを返すというのも一つのやり方だったかもしれません。でも、それよりも、既に誰かかが身につけているであろうペンダントを取り上げる形になってしまうことが怖かったんです」
小さい頃、この魔法を使って泥棒呼ばわりされた事が思い出された。
あの頃はいわれのない中傷だったが、さっきは本当に泥棒になってしまうところだったのだ。
「小心者」
「アルベリヒさんこそ、倫理観が欠如してませんか?」
「価値観の違いと言ってくれ。俺は基本的に依頼人の味方なんだ」
「その人がとんでもない悪人だったとしても?」
その問いに答えることはせず、アルベリヒさんは冷めたお茶を啜った。
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