千年刑期のハッピーエンド論

門一

――被告を、死宮しきゅうの刑に処す。

 今、この瞬間、裁判長によって振り下ろされた木槌が、私の人生に捺印を下した。高位の職業に就いていることを証明するための、純白の絹の法服。よわい70の最高裁判官の口から発せられたのは、この世界の何よりも悲劇的な末路への第一歩だった。

 何も見えていない。その窪んだ瞳は褐色に淀み、書類を処理するかのような温度でこの問題を取り扱っていたのは端から感じていたことだ。

 地面から生えた鎖が私の足首に巻き付き、頭を這わせるかのように私を力強く引っ張っている。それは眩暈によるものだと理解したが、私は両膝を地面につけて視線を落とすことしかできなかった。

 待ちわびていたかのように、傍聴席では、わぁ、と歓声が広がる。私の主張の不当性を、自分たちの正当性をもう一度確認したくてしかたがなかったのだろう。

 見えている景色が足元からボロボロと崩れ落ちていく。メッキが剝がれていくように、風に消えていく。

 言葉が出なかった。頭の中を回る言葉や電気信号が、すべてがもみくちゃに四散していたのだ。何から理解したらいいのかわからないし、どの問題から解決していくべきなのかも判断できない。

 私にはただ、人の声によるこのファンファーレが鳴り終わる事を待つことしかできなかった。

「被告はこれより、最高位死刑囚、――死宮の衛兵として、自身に約束されていた権利をすべてはく奪される」


 後方で、扉の開く音がした。二人分の足音が私の背後まで近づき、私の両肩に手をかける。その手触りは布地の上からでもわかるほどに硬く、抵抗する気力さえ失われるほどだ。

 もはや心臓の高鳴りは止んだ。突きつけられた現実に順応してみせたというよりかは、思考を放棄したといったほうが正しい。

「それでは最後に、何か言い残すことはありますか?」

 私は小さく息を吐いた。そして大きく吸い込むと、あらん限りの声で叫んだ。

「たった今、お前たちの子孫が、この国の終末に立ち会うことになると約束された! せいぜい残された時間を平和に過ごすがいいさ」


 静まり返った法廷。証言台を後にした私にはもう自分が生物である自覚はなく、ただ、目の前でぽっかりと口を開ける扉の中へ吸い込まれる酸素のような気分にしかなれなかった。

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