もう、迷いません。―7
双子の軽やかな足はまっすぐに商店街へと向きました。
マリアンヌさんの言っていた通り、今日はやや人が多いようです。気をつけて歩かなければすぐにぶつかってしまいそう。
「実験は楽しい。未知の塊」
「実験は歓び。無知をしらしめる」
そんな雑踏の中を進む双子は誰にもぶつかる様子はありません。ふしぎな子たちです。
そう言えば騎士の父も町にいるとか……。実験がどうのと騎士は言っていましたが、実際はどうなのでしょうか?
「ミミさんリリさん、あなたたちのお父様はどこにいるのかご存じですか?」
「知らない。お父さんはいつでも自由」
「知ってる。お父様はいつでもいたいところにいる」
答えになっていません。
「お父様はそんなに実験がお好きなのですか? その……人を怪我させたりとか?」
「怪我をさせたら、治す。それがお父さん流」
「物を壊したら、そのまま。それがお父様流」
何ですかその差は。
「お父さんは不器用、うふふ」
「実験が趣味なのに不器用ってサイアク、うふふ」
「でもお父さんは天才なの。だからミミたちも天才なのよ」
「天才は世の中に理解されないの。だからリリたちも世の中に理解されないのよ」
理解されないのはそれが理由ではない気がしますが……。
他愛もなく物騒な話をしながら、三人で歩きました。
双子はおしゃべりが大好きなようでした。絶えず何かを話しています。口を挟むと妙な無力感を覚えるので、わたくしは次第にただ耳をかたむけるだけになりました。
双子は話し続けました。ささいなことから壮大なことまで、とりとめもなく――
「そもそも、星の巫女は人体実験の被験者」
それはあまりに唐突な話題でした。
唐突すぎて、しばらく意味が分からなかったほどに。
「……え?」
「巫女なのに知らないのねお姉さん、うふふ」
「巫女だから知らないのよねお姉さん、うふふ。隠蔽体質なのは王宮だけじゃない」
「―――」
いったい何の話をしているのでしょうか……?
先ほどの言葉がじわじわと体にしみこんでくるにつれて、わたくしは血の気が引く思いを味わいました。
「星の、巫女が――」
「神による実験の被験者。うふふ」
「星の巫女は、神に求められた被験者。うふふ」
「ど、どういう意味ですか?」
双子はころころと笑います。本当に、笑顔だけはかわいらしい。
「詳しくは王宮と修道院と、一部の学者が知っているわお姉さん」
「リリたちはお父様から聞いただけ。知りたければお父様に聞く?」
騎士のお父上……
聞けば教えてくれるのでしょうか。以前会ったときのお父上を思い出すと、こちらから積極的に話しかけるのはためらわれるのですが。
双子はそれ以上話す気がないようでした。あるいは、それ以上を知らないのかもしれません。
「今日は暖かいわねリリ」「冬だってことを忘れてしまいそうねミミ」と他愛もない会話へ移行してしまい、わたくしのことなど忘れたかのようです。
(星の巫女が被験者……?)
いったいどういうことなのでしょう。そんなことは、修道院では習った覚えがありませんが――
(被験者なんてそんな。星の巫女は、託宣をたまわるための――)
少なくともわたくしの知る限り、何かの被検体になった巫女などいないはずです。
……でも。
(わたくしの知らない巫女はたくさんいる……。嘘の託宣をして国を追われた人のように)
それではまさか、わたくしが知らないだけで『そんな』巫女はどこかにいるということなのでしょうか?
体が芯まで冷えるようでした。わたくしは、思わず自分の腕をさすりました。
この世にはわたくしの知らないことが多すぎる――。
(……知らないままでいいの?)
それは強く深く、また痛みをともなう疑問でした。
修道女でいたいと願っていた。騎士との結婚をためらう理由は今でもその思い。
けれど『修道女』がそもそも何者なのか、わたくしは知らなかったのです――。
*
数々の生薬を扱う『冬の虫夏の草』店へたどりつくと、
「おお、我が愛しの娘たちじゃないか」
「お父さん!」
「お父様!」
わたくしはぎょっと立ち止まりました。双子は店の中から出てきた人物に、羽をはばたかせるような動作で飛びつきました。
見覚えのあるひょろりとした猫背の男性。――騎士のお父上です。
「どうしたミミリリ。今度は何の薬を作るつもりだね?」
「ソラちゃんのためのお薬よお父さん。眠り薬よね、リリ?」
「ソラちゃんのためだからリリが作るのよお父様。ミミが作ると永眠剤になっちゃう」
「ふむ……心意気はいいが、ソラのための薬はカイが作ると宣言しているからなあ」
「カイには任せておけないわお父さん。だってソラの性別が変わっちゃったら困るもの」
「リリはむしろカイに任せてみたいわお父様。男の子になったソラを見たい!」
(カイ様、痛恨の失敗をしてしまったのね……)
改めて思いますが、よりによって騎士の性別を変えてしまったのですから、カイ様のショックはいかほどだったのでしょう。ましてそのことでいまだに双子にからかわれているのだとしたら。
女性になった騎士……想像もつきませんが、ちょっと会ってみたかったような気も……するような、しないような。
逆に男の子になったソラさんのことなら、想像がつくような気がします。きっと似合うことでしょう。
そんなことを考えながら親子を見つめていると、
「そこにいるのはアルテナさんじゃないか」
ふいに、お父上がわたくしのほうへ顔を向けました。「ふむ。悪くない変装だね」
「………!」
双子のときのように一目で見破られて、わたくしはあたふたと周囲をたしかめました。いくらなんでも町中の人に自分が知られていると思うわけではありませんが、今は名を呼ばれるだけで不安になります。
そんな胸中まで見抜いたのでしょう、お父上は笑って、
「なに、名前くらいで分かりゃせんよ。その化粧はマリアンヌかね?」
「……よくお分かりですね」
「あの子は昔その技術で王宮に呼ばれたことがある。スパイにそういう技術を伝えようと考えてのことだったが、あいにくマリアンヌは断った」
そんな裏話があったのですか。マリアンヌさん、さすがです。
「ふむ」
お父上は双子を優しく引きはがし、わたくしのほうへとやってきました。
「妹御のことは大変だったな。今しばらくのしんぼうだ――まあヴァイスならうまくやるだろう。真相を究明するまでスッポンのように食らいつくに決まっているから」
「騎士が動いてくれていることを、ご存じなのですか?」
「あいつは私のところにも文を投げてきたからな。『知っていることがあれば教えてくれ』と――まあ私の知っていることなど限られているが」
「………!」
わたくしは勢いこみました。「では、何かご存じなのですね!?」
教えてください――体ごとぶつかっていきそうなくらいの気迫で迫ると、お父上はにやりと笑いました。
「教えてもいいが、代わりに私の実験体になるかね?」
「………」
……問題児揃い兄妹をつくった張本人はこの人だということを忘れておりました……
ミミリリ姉妹の買い物を済ませると、
「いいものを見せよう。ついておいで」
お父上のお誘いでわたくしたちは王都中央にある広場へ向かうことになりました。
(いいもの……?)
王都の中央広場ならばわたくしもよく知っています。修道院に近いので、しばしば足を向けたことがあるのです。豊かな緑に囲まれ、噴水のしぶきの心地よい、清々しい広場です。とは言えそれ以外に特筆するようなものはなかった気がするのですが……
けれどその思いは、広場の敷地に一歩踏み込んだ瞬間覆されました。
「魔王復活の託宣が下ってからな。王宮が作ったんだ」
噴水に向かう合うように……
像が置かれていました。一人の青年をかたどった銅像です。
――勇者アレス様の。
「あらあれは、昔作りかけて
「アレス自身が嫌がって作るのをやめさせた銅像ねお父様?」
「その通り。そのときの型が残っていたんでな、魔王復活の託宣にかこつけて完成させたわけだ」
わたくしはその銅像に見入っておりました。
造形自体はごくふつうの出来の、とりたてて精巧とも言えないような像です。
その像に今、色とりどりの花輪がかけられていました。両腕は花で埋まり、首も顔半分が埋まるほど花輪がかけられ、残す足下にも山となってアレス様の勇士を彩っています。
「あの花は……?」
「うむ。『アレス像に願いをこめて花輪をかけるとアレスの力が増大する』というまじないでな。町の人間はこぞって花輪を作っているところなんだ」
見ればこうしている間にも、像の足下に新たな花輪を置いていく人の姿が。
「ほ、本当にアレス様にお力が?」
わたくしがお父上を凝視すると、お父上は騎士そっくりの仕草であごに指をかけました。
「なに。国民の不安を解消するには一般人にもできる『行動』を作るのが一番だと言ってやっただけなんだが」
「!? それじゃまさか」
「私がエヴァレット卿に請われて助言した。具体的な行動までは指定しなかったぞ? この趣向はエヴァレット卿ではあるまいから……いったい誰だろうな、花輪なんぞと言い出したのは」
わたくしはあっけにとられました。監査室長のエヴァレット卿に助言――
騎士のお父上はわたくしが思うよりずっとすごい人のようです。それにしても銅像に花輪で人々の不安を解消しようだなんて。
(単純で分かりやすいけれど、どこか子どもっぽいような――)
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