あなたらしくありません。―8

『自分の位置を報せるとか?』

『できるが怪我をする!』


 位置飛報ひほうの術とは、離れたところにいる術師に自分の位置を報せる術だそうです。

 ソラさんがそれを使った場合……怪我をする。


 というより、順番が逆です。術を使うために、彼女の血液が必要だと。つまりそういうことだったのです。


 そしてカイ様はソラさんの魔術の師でもあるとのこと。そんなことをしていたなんて、カイ様……ご立派です(色んな意味で)。



「術を受け取ったのが洞窟ダンジョンの中でなあ。カイのやつ、突然怒り出したかと思うと問答無用で俺を吹っ飛ばしやがった。まったく無茶なやつだ――うっぷ」

「き、騎士? どうしたのですか」

「いや……カイの転移魔法は荒っぽくて……な。か、覚悟していないと酔うんだが、さっきの巫女の一撃で体が思い出し――うぇっぷ」


 ええええ。


 地面に手をつく騎士の背中を、わたくしは慌ててさすりました。


 劇的な登場の仕方で助けてくれた恩人を突き飛ばしたりするものじゃありません。さすがのわたくしも深く反省です。


 というかこれはどういう状況なのですか。騎士は気分が悪そうだし、ソラさんは血を流したまま地面ですやすや寝ているし、それに――。


 いけない、ヨーハン様は!?


「ん……? どうした、巫女」

「ヨーハン様がいないんです……!」


 立ち上がり辺りを見回します。


 周辺はあちこちがれきと化していました。ここがすでに人のいない地区で本当に良かった。

 しかしヨーハン様はいません。どこへ行ってしまったのでしょうか?


「ヨーハン?」


 地面にあぐらをかいた騎士がきょとんとわたくしを見上げます。「ヨーハンというと、あのヨーハンか? 学者の?」


「え?」


「そうですよぅ、お邪魔してますヴァイス様~」


 がれきの後ろから、のっそりとヨーハン様が顔を出しました。


 わたくしはほっと胸をなで下ろしました。駆け寄って怪我の具合を確認します。

 動いたわりに、悪化している様子はありません。良かった……!


「良かった、ヨーハン様。早くどこかへ入って手当てをしましょう……!」

「はは、大丈夫ですよ~。こんな怪我ほっときゃ治ります」


 ヨーハン様はわたくしを優しく押しのけました。そして、


「ヴァイス様。おかげで貴重な検体が手に入りました~。倒してくださってありがとうございます~」

「別にお前を助けたわけじゃないがな」


 騎士はなぜか、むすっとした顔でヨーハン様とわたくしを見ました。「……いつの間に仲良くなったんだ?」


 なんでしょうか、突然不機嫌そうなこの態度は。思わずこちらもむっとなってしまいます。


「仲良くも何も……ヨーハン様には魔物学をご教授いただいているんです」

「魔物学? ああ、ヨーハンの唯一の取り柄か」

「唯一とはなんですか? ヨーハン様にはいいところがたくさんあります!」


 何となくむきになって主張すると、騎士はますます苦虫をかみつぶしたような顔をしました。

 何かを言いたそうに口を開きますが、やがてむっつりと閉ざします。


「ヴァイス様」


 ヨーハン様は苦笑して、騎士に歩み寄りました。「怒らないでくださいよ~。僕が身の程知らずだっただけです~」


「……近づこうとしたことは認めるわけだな」

「認めますけど、無理です。僕はあなたに勝てません。いつもそうじゃないですかー」

「お前なあ」


 騎士は呆れた顔でヨーハン様を見上げました。あぐらをかいた膝に頬杖をつき、ため息をつきます。


「自分でさっさと見切りをつけて敗北宣言するのやめろと昔から言ってるだろうが」

「いや~僕は臆病なんですよ。致命傷になる前に去りたいんです」


 それとも。ヨーハン様は少しだけ意地の悪い顔をしました。


「……僕が本気になってもいいと?」

「構わんぞ」


 騎士は即答しました。「ただし、その場合は俺も本気で叩きつぶす」


「はは。今すでにやきもちやいてるような人が偉そうですねえ」

「それとこれとは別だ。何で俺の知らない間に……まったく」


 ぶつぶつと言って、恨めしそうな目でわたくしを見ます。そんな目で見られるいわれはないのですが。


 そもそもこの人たちは一体何の話をしているのでしょう? 何だか背中がむずむずしてくる……ような……気がするの、ですが……まさか。


 わたくしはこそっとヨーハン様を見ました。


 ヨーハン様は、わたくしを見てはいませんでした。

 ただ……騎士ヴァイスに苦笑を向けています。


 そのとき、わたくしは思いました。


(やっぱりわたくしたちは似ているんですね)


 どうあってもこの騎士に気を惹かれずにはいられない、そんなところも。



 ヨーハン様は自力で帰ると言って聞かなかったため、彼一人先に帰ってもらい――


「よし。早く医務院へ行くか」


 眠るソラさんを抱き上げた騎士がそう宣言しました。「巫女も。看てもらったほうがいいぞ」


 それはもちろんです。ですが……


「……あの、わたくしは先に行きたいところがあって……」

「行きたいところ? どこへ?」


 わたくしは騎士に父のことを説明しました。そもそも自分がなぜこんな夜にソラさんと家を脱けだしてきたのか。


 全部話し終わると、騎士は愉快そうに笑いました。


「やっぱり大人しくはしていないな、あなたは」

「言わないでください。反省は……しているんです」


 わたくしは自分の腕のにおいをかぎました。まだ少しにおいが残っているようです。


 騎士の話では、匂い袋の効果はお酒のにおいよりは短いのだそう。消えしだい、やっぱり父のところへ行きたいと思ってしまいました。自分が外へ出たことが今回の騒ぎを起こしたことは分かります。でも、今さら帰るわけにはいきません。


 ソラさんのことは心配ですが騎士がいますし、何よりソラさんも父のことは心配してくれています。


「巫女の父君か」


 歩きながら、騎士は楽しげに言いました。「この間会ったぞ」


「はあ。誰にですか?」

「いやだから、巫女のお父上と会ったぞ。この間」

「――、……。はあっ!?」


 驚きすぎて思わず足が止まりました。


 父と騎士が顔を合わせた!? そんな話、聞いていません!


「この町に到着して真っ先に挨拶に行かせてもらったぞ?」

「ど、どこで会ったんですか!?」

「そりゃあ家だ。二階に巫女もいたんじゃないか?」

「……っ、ど」


 どうして。あまりの衝撃に声がどもります。


「どうしてわたくしを、その、その場に呼んだり……とか」

「俺はぜひそうしたかったがなあ。残念ながら父君が嫌そうだったんでな。大人しく従っておいた」

「………」

「だが親交は温められたぞ。俺の差し上げたものを気に入ってくれたようだったからな。うむ、あれは絶対気に入っていた!」

「贈り物……!? な、何を?」


 修道院にイノシシを持ち込んでくるような騎士が父に一体何を贈ったというのでしょう。わたくしは戦々恐々として先を促しました。


 騎士はひとつうなずきました。


「腹巻きだ」

「……………………はい?」

「だから腹巻きだ。もう寒くなる時期だからな」


 ………。


 盛大なため息と一緒に、体の中にこごっていたものがすべて抜けていきました。スライム戦での緊張や恐怖……そういったものが、すべて。


 改めて、隣を歩く人の偉大さを思います。この人がいるとよくも悪くも気が抜けてしまう。


 それはつまり、安心してもいるということです。


 比べるのも失礼な話ですが、これが例えばラケシスやカイ様、極端な話アレス様でも――ここまで安心はできないと思うのです。


 ――生きたい念じるときには、この人のり方を思い出すほど。

 わたくしは知らぬ間に、この人を頼りにするようになっていた……。


(………)


 胸がうずくような気がして、わたくしは胸元に手を当てました。何でしょうか、この感じは。落ち着かないのに、心地よい、ような……。


 騎士はそんなわたくしの様子になどまったく気づいていません。歩きながら気楽に話を続けます。


「しかしそうか。父君が危ないのか。それは行ってきたほうがいいな」

「……い、いいのですか?」

「構わん。ソラも世話になっていることだしな。こいつのことは俺に任せて、行ってくるといい」

「――……」


 顔がほころびました。こんな優しさが、今は心に沁みます。


 出会ったばかりのころはこの人の無神経さばかりが鼻についていましたが、やっぱり一人の人間、無神経なばかりではないのです。


 そんな、考えてみれば当たり前のこと。


「しかし気をつけろよ。この町に魔物が紛れ込んだのは事実のようだから――そうだ、自警団の誰かに同行してもらったらどうだ?」

「そうですね、そうします」


 素直にそう答えられました。そんなわたくしを見て、騎士がむうとうなります。


「本当は俺がついていってやりたいのだがな」

「いいんです。ソラさんについていてあげてください。――それに、あなたは洞窟に戻られるのですね?」

「ああ。奥にいる魔物が、俺がいないと倒せなさそうなんでな」


 当たり前のようにそう言う彼は、相変わらずの自信家。

 わたくしは微笑し、それから囁きました。


「……倒してきてくださいね。無理だったー、なんて話、絶対聞いてあげませんから」

「おお、心配ない。そんな泣き言は言わんさ」


 騎士は胸を張りました。腕の中のソラさんを気遣いながらも、堂々とした風情で――。


「倒せないなら倒すまで戦うまでだ。俺たちはそうやって魔王に勝った」




 魔法石に宿った魔術の光がそろそろ消えようとしています。

 光が小さくなっていく。けれど、不安は感じない。


 気がつけば向こうから、人の声がしていました。「そこに誰かいるんですか!」呼びかけられ、わたくしたちは返事をしました。自警団が見つけてくれたようです。


 町の人々と合流し、事態を説明しながら――わたくしはふと、空を見上げました。


 いつの間に空模様が変わったのでしょう。きらめく満天の星が、微笑むようにわたくしたちを見下ろしていました。

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