そんなつもりはありません―4
「ところで巫女よ、土産だぞ」
そう言って、騎士は投げ出したばかりの大きな革袋を示しました。
「……? 何でしょうか?」
「見てくれ、戦利品だ」
鼻歌を歌いながら袋を開く騎士。
わたくしはぎょっとしました。中から現れたのはきらびやかな大量の宝石――
「ま、魔物の」
「お、知っているのか? そうだ。これは宝石ドラゴンが食らった宝石だ。アレスと交渉してもらってきた」
騎士は鼻高々にわたくしに顔を向けました。「さすがにそのままでは汚いと思ってな。ウルグ湖まで行って洗ってきた。だから安心だぞ」
「………!」
ウルグ湖と言えば、王都周辺で一番美しいと評判の湖です。周辺と言いますが、行くのに片道二日かかります。
まさかそんな手間をかけてきたのでしょうか。わたくしは大いに慌てました。
「い、いただけませんよ? そんな高価なもの――」
「分かってる」
予想外に、騎士は重々しくうなずきました。「たぶんあなたは受け取ってくれないだろうと――。俺としては不満なのだがな、巫女はそれでこそ巫女だからな」
「………」
「だからこれは金に換えて、修道院と孤児院と救貧院に寄付してくることにした。どうだろう?」
「………!」
ど――
どうしたのでしょう!? 騎士が、騎士がまともなことを言っています……!
「どうしたのですか騎士ヴァイス!? まさか魔物の毒にあてられて……!?」
「いやー巫女、前から思っていたがあなたはなかなかひどいなあ」
騎士は気にした様子もなくはっはっはと笑いました。「安心してくれ。俺は毒耐性は強い」
問題はそこではないと思いますが。
「そ、それじゃあ――戦いの中で頭を打ったとか?」
「まあたまには頭も打つが、関係ない」
「打ちすぎて自分では分からなくなってる……?」
大丈夫なのですか、とおろおろとわたくしが言うと、騎士はふと首をかしげました。
「ん……? ひょっとしてこれは、巫女に心配されているのか?」
「―――!」
「嬉しいぞ巫女! とうとう俺にも心を寄せてくれるようになったんだな!」
嬉々として飛びついてくるので――即座にアレス様流撃退法を発揮します。
「み、巫女……そのやりかたはなかなか殺傷能力があるぞ」
「アレス様が、騎士ヴァイスは頑丈だから大丈夫だと」
「おのれアレス」
アレス様と騎士の友情にひびが入るかも。ちょっと申し訳ないです。
それにしても……まじめな話、本当に驚きました。
「あなたにも寄付の習慣があったのですね」
騎士は嬉しげに口元を微笑ませました。
「なに、ふだんならそういうのはアレスたちに任せているんだが。俺もたまには巫女に認めてもらいたくてなー」
「……認めて……」
「宝石も、こうして持ってきたのはあなたに褒められたかったからなのさ。口で『宝石を金に換えて寄付した』と説明するよりずっと褒めやすいかと」
騎士は笑いながら宝石に視線を落としました。
宝石を手にすくい、ざらざらと落とす動作はどこかの成金のようです。でも……
その顔がどことなく恥ずかしそうに見えたのは……わたくしの気のせいでしょうか。
(……わたくしに、認められたいから……)
胸の中に、その言葉が幾度も巡りました。
半分は原石だと言うのに、宝石の輝きは目にまぶしいほどです。洗うだけでなく、磨いてもあるのかもしれません。
それにこれだけの量、さすがの騎士でも重かったでしょうに。ウルグ湖まで持って行ったりここまで運んできたり……
「……本当に素晴らしいと思います、ヴァイス様。さすが勇者様の片腕です」
そのときいつもと違う呼び方をしたのは、単なる気まぐれ――
騎士が顔を輝かせるのを見て、こちらのほうが恥ずかしくて目をそらしました。だって子どものように無邪気な顔をするんですもの。
男の人はみんなこうなのでしょうか? それともこの人だけ……? ああ、落ち着きません。
本当に、この人は苦手です。
これ以上御者さんを待たせるわけにはいきませんでしたので、わたくしたちは二人で馬車に乗り込みました。
「≪紺碧の空≫亭まで頼む」
騎士は勝手に行き先を決めます。わたくしはじろりと騎士をにらみました。
と言っても、この土地はわたくしにとって初めて来た土地。これからどうしていいか分からなかったので、実はありがたいのですが。
ちなみに、本当は離れて座りたかったのですが、この馬車は二人乗りです。したがってどうしても騎士と隣り合わせに座ることになります。騎士の機嫌が異様にいいのはそのせいなのでしょうか。
わたくしはお尻が落ち着かず、もじもじしていました。
すぐ隣に人の体温があるのも……あまり得意ではありません。
「巫女よ、どうした?」
「な、なんでもありません」
わたくしはこほんと咳払いをし、頭を切り換えようとしました。
「それにしても。騎士はどうしてここへ? 宝石を渡すためなら、王都で待っていたほうがよかったでしょうに」
「なに、一日も早く巫女に褒めて――もとい、巫女に喜んでもらいたかったのさ。シェーラ殿の話は聞いていたしな」
「だ、誰に?」
「屋台の亭主に」
盲点でした。わたくしは、ああと声を漏らして手で顔を覆いました。
アレス様たちの行きつけの屋台――それはつまり騎士の行きつけでもあるのです。いくら口の固いご亭主であっても、勇者様一行は例外なのでしょう。
そして騎士ヴァイスは、ときどき忘れそうになりますが、れっきとした勇者様一行の一員なのです。
「しかし巫女は行動力があるな。さすが俺の妻になる女性!」
騎士はうんうんと満足そうにうなずき、「無謀さも俺の好みだ。あなたは何から何まで俺の理想だな」
「む、無謀……」
ぐさりと胸にナイフが刺さりました。
……無謀。その通りです。シェーラに会いたいばかりに、勢いで行動してしまいましたが、
(正しい行いとは、言えないです……ね)
わたくしは小さくため息をつきました。それにしても――
騎士の好みってなんですか。わたくしはこの人の好みだったのですか。知りたくない事実でした。
いえ、そんなことはどうでもよくて。
「……シェーラに、心配をかけてしまいました」
わたくしは最後に見たシェーラの顔色を思い出しました。あんなに真っ青なシェーラは、初めてみたのです。
「いいんじゃないか?」
騎士はどこまでも気楽そうに言いました。「心配をかけ合うのも親友というものだろう。俺などアレスに『お前といると一日につき五日寿命が縮まる』と言われたぞ。あいつが若死にしたら俺のせいだな!」
「そんな親友になるのはいやです」
「巫女はまじめだなあ。だが巫女の真心はシェーラ殿にも通じたと思うぞ」
ふと。
騎士はやわらかく微笑しました。
「……シェーラ殿も、心細かっただろうから」
「………!」
シェーラが、心細い――?
そう、そうなのです。
(わたくし、シェーラの気持ちを全然考えていなかった)
シェーラがいなくて、自分ばかり寂しい思いをしているような気がしていました。でもそんなわけはなかったのです。
わたくしは振り返り、遠くなっていく別荘を見つめました。
あのお屋敷に、シェーラの味方はいるのでしょうか? せめてそれだけでも知ることができれば。
何より、一番したかったことはまだ
「……シェーラと話がしたくて来たのです」
わたくしはぽつりとつぶやきました。「シェーラがいつもわたくしの話を聞いてくれているように……今度はわたくしがシェーラの話を聞きたいのです」
「そうだな」
騎士は珍しく穏やかでした。
彼はおもむろに手を伸ばし、わたくしの頭をぽんぽんと叩きました。
「その思いは、とても大切だと思う」
「―――」
わたくしはカッと顔が熱くなるのを感じ、急いでうつむきました。
何でしょうか、今日の騎士は。こんなに穏やかなんておかしすぎます。
やっぱり魔物の毒に? 頭を打って?
それとも――そう、騎士は妹さんが多いそうですから、わたくしを妹のように扱っているのかもしれません。ソラさんが
ぷいと騎士から顔をそらし、わたくしはこっそり手でぱたぱたと顔を仰ぎました。ああ、熱い。
気をまぎらわすために現実の話をします。いくらシェーラに会いたいと思っても――
「あ、会うのは難しいので困っています。ブルックリン伯爵が許可をくださるとも思えませんし」
「まあ許可は下りんだろうな」
騎士はあっさり肯定しました。「しかし、会うのに許可はいらんぞ?」
「……え?」
「もう一度こっちから会いにいけばいい。伯爵のいないときにな」
わたくしは思わず騎士を見ました。騎士は自信満々な顔でわたくしを見つめます――。
*
ブルックリン伯爵のいないときに、会いに行く。
わたくしはそれを、伯爵の留守にお屋敷にお邪魔する、という意味に取りました。ですが……
「――し、忍び込むなんて、聞いていません……!」
「だってこれしかないだろう」
夜。別荘の裏口の前で、騎士はいけしゃあしゃあとそう言いました。「屋敷の人間は全員伯爵の言いなりだ。まともに面会を願って会えるはずがない」
「そ、そうですけれど……!」
だからって、深夜に屋敷に忍び込むなんて……!
今は秋。夜は冷えます。風が吹き、わたくしはぶるりと震えました。
水気のある冷たい風です。雨が降るかもしれません。
――ブルックリン伯爵が商談でいない夜を待つため、わたくしは二晩も騎士と同じ宿で過ごしました。もちろん、同じ部屋ではありません!
それでも毎夜、いつ騎士が来襲するか緊張して構えていたのですが、彼は来ませんでした。
来て欲しいわけではありませんけれど……拍子抜けしたのは事実です。
何事もないまま、宿に泊まって三日目。
「情報が入ったぞ。今夜は伯爵が屋敷にいない」
騎士からの報告に歓喜したわたくしは、早速シェーラに会いに行く準備をしました。しかし騎士が告げた時間はなぜか『夜』。
そして――今この状況です。
「わ、わたくしの行動を無謀と言っていたくせに」
わたくしは寒さに肩を縮めながら騎士をにらみました。
騎士はあっけらかんとした顔で言いました。
「無謀は好きだと言ったろう?」
「………」
「心配ない。俺と一緒にいれば何も問題ない」
「そ、そんな自信どこから――」
「大丈夫だ」
騎士は上着を脱ぎ、わたくしの肩にかけました。
そして、わたくしの目をまっすぐに見ました。
暗闇の中、騎士が手にした松明の明かりが騎士の顔を照らします。
騎士の瞳は、夕焼けと同じ色。それが今、どこから来るのかさっぱり分からない自信にあふれてわたくしを見つめています。
「あなたは俺が守る。大丈夫だ」
わたくしはくらりと目眩がするような心地に襲われました。
夕焼けを見るときに覚える、理由のない安心感。それと同じ。
落ち着き払った声はわたくしに手を差し出すようで――。
(ま、待って。とんでもないことをしようとしてることに変わりはないわ!)
わたくしは必死で雰囲気に呑まれそうになる自分に言い聞かせました。けれど、
「いいのか? この機会を逃すとシェーラ殿とは二度と会えないかもしれん」
「………!」
「ついでに鍵は開いたぞ」
気がつくと、どうやったのか裏口の鍵を開けて、騎士はさっさと中に入り込んでしまっていました。
ああ――。
中に踏み込んでしまったならもう遅い。一緒にいたわたくしも共犯です。それに、
(シェーラに、二度と会えないなんて)
考えるだけで胸が痛い。騎士の言うとおり、シェーラに会う機会がこの先あるとも思えません。
もう、これしかない――。
わたくしは悲壮な決意を固めました。もうどうなってもいい。ただシェーラの話だけは聞いて帰りたい。
……無事に帰れるかどうか、もはやわたくしも自信がありませんでしたが。
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