神奈東交通物語

おにぎりまる

「はじまり」

ガガガがガガガ…

始発のバスがまもなく出発する夜も明けきらぬ2月の午前6時前。

発車を待つバスのアイドリング音は営業所内の仮眠所にも響き渡る。

アイドリング音に起こされた水橋は、2月の寒さに震えながらコーヒーを淹れていた。

昨日は深夜バスまで運転し、そのまま仮眠所で宿泊していた。

水橋は、元々はバス整備士として入社したが、神奈東交通のバス乗務員の人手不足、慢性的な赤字をどうにかできないかと自費で大型二種免許を取得し、現在はバス乗務員としても仕事をしている。給料は他の人より多少多いが、両方の仕事をこなすのはハードである。だが、会社のために人一倍頑張る水橋のことは誰もが信頼し、敬っていた。

今日はバス整備士としての仕事。なので朝の仕事はほぼないし、始業前点検は運転手が行う上に、工場は9時始業だ。しかし今日は様子が違った。水橋は社長の金山に呼ばれていたのだ。

「水橋さん、社長が4501号車の中で話そうとおっしゃってましたよ」

「わかった、ありがとう」

水橋は作業服の上にコートを着て、徐々に明るくなり始める外に出た。

4501号車に行くと社長は運転席に乗って待っていた。

「おはようございます、社長」

「おはよう水橋君、まぁ運賃箱の横に乗れ」

すると、社長は自らの運転でバスを出庫させた。

「社長、どこに行くんです?」

「まぁまぁ、お楽しみだよ」

「あ、はい」

お互いに緊張しているのだろうか、会話は続かずアナウンスさえも流れない車内にはエンジン音だけが響き渡っていた。

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