第29話
そこにはオレンジ色の靴下に
「き、奇抜な色合いですね? チョット見たことがないくらい……」
遮って
「でも、色彩以上に、この絵柄は……」
「そう、これは最初に
志儀は胸を反らせた。
「ほらね? 僕の言った通り〝堂々巡り〟だ!」
意気込む助手の真横で探偵は腕組みしたまま目を虚空に漂わせている。
「奇妙な色合い……ちょっと見たことがないくらい……」
その弓部、キッと顔を上げた。
「志儀君、君の状況判断は正しい。犯人は我々をからかって面白がってるとしか思えない。なんてことだ! 今になって漸く僕は気づいたよ。こんなことにこれ以上付き合う必要はないのだ!」
何かを振り落とすように大きく両手を振る。
「僕は馬鹿だった。これだけ時間をかけて、この繰り返し。残念ですが、興梠さん」
弓部は興梠に向き直った。
「貴方を起用した僕の考えは間違っていたようです。僕は今回のような特異な事件において、行方不明者の居所を発見し犯人を逮捕するためには近代的で科学的な発想――特に心理学が大いに有効だと思ったのです。それ故、貴方に協力を求めました。ですが、やはり従来通りの現実的なアプローチが一番いいようだ。いや、それ以外ないのだ、僕ら警官には!」
横浜山手署の若き警部補は姿勢を正した。
「残念ですが僕たちの今回の試み――新しい挑戦は全て徒労に終わりました」
深く息を吸い込み、また吐いて、一気に言い切った。
「貴方への調査依頼は今、ここで解約します。もちろん今日までの経費は全額、お支払いいたします。ですから、どうぞ、このまま神戸へ――興梠探偵社へお帰りください」
「待ってください」
「わかりましたよ」
「え?」
「僕こそ、なんて馬鹿だったんだ! 今回の案件も、もっと早くに気づいても良かった! 真犯人は何度も僕に告げていたのに……!」
ポカンと口を開ける警部補。
「なんなんです? 何がわかったって?」
一旦地面を見つめてから、興梠は警部補に視線を戻した。
「弓部さん、
「えええ! 場所は何処です?」
興梠の口からスラスラと住所が告げられた。
「場所は〝雪ノ下4丁目5番地〟その所在の建物内に珪子ちゃんはいるはずです」
「し、しかし、どうして、わかったんです?」
あまりの唐突さに、警部補も動揺を隠せない。すぐには動き出せないようだった。狐に化かされているといった様子で肩を
そんな警部補に興梠は落ち着いた声音で説明した。
「珪子ちゃんの電話の会話。あの中に答えはあったんです。不覚にも今まで僕は気づかなかったのですが。でも、わかってしまえば凄く簡単なことなんです。電話で珪子ちゃんは部屋の壁の絵について話していたでしょう? 憶えておられますか?」
「ええ、もちろん、憶えていますよ」
「僕もさ! 上に2枚、雪景色の絵が並んでいて――あ! もしや……」
「そう。重要なのは作者や絵の題名じゃない。二つとも雪の絵だということ。つまり〈雪〉だ。そしてその〈下〉には」
弓部が言葉を継いで言う。
「その下にあったのは〈鎧をつけた男〉の絵だ。でも、それが、どうして、〝4丁目5番地〟に変換できるんです?」
「〈鎧〉の金属番号に引っ掛けてるんですよ」
「!」
興梠は少々恥ずかしそうに頭を掻いた。
「正直言うと、僕はたった今、逆読みしたんです。壁の絵が居場所を告げているとしたら? 上2枚で〈雪〉……その下だから〈雪ノ下〉……それなら次は番地が来るはず。何かしら数字を下の絵の中に読み取れないか、と考えました。鎧、甲冑――使用する金属は
静かに首を振る。
「ハナから犯人は珪子ちゃんの居場所を告げていたんです。それを僕らが読み解けるかどうか試していた――」
「お見事です。興梠さん!」
弓部は力強く頷いた。
「了解しました! 僕はすぐにそこ――雪ノ下4丁目5番地へ向かいます! そして、必ずや、この手で珪子ちゃんを無事救出します!」
走り出そうとして、振り返った。
「貴方は、来ないんですか?」
「僕は、いいです。僕は……私立探偵に過ぎません。自分の身は
「!」
弓部は
「ご協力感謝します! では、
「興梠さん……」
「これでいい」
全速力で駆け去って行く弓部警部補。
その姿が山門の向こうに消えるのを雛段上の2段目から見届けると探偵は身を翻した。助手に向かって、
「では、僕らも行こうか、フシギ君」
「そうこなくっちゃ!」
少年助手はパチンと指を鳴らす。
「僕、気づいていたよ、興梠さん! 貴方は〝最後の謎〟について言及していない。あの、たった今見た〈翡翠色の靴とオレンジ色の靴下〉の絵のことさ。その絵に似ている最初の4枚の絵柄の謎――〈目を開けた仮面〉〈耳の付いた仮面〉〈アイマスク〉〈目を閉じた仮面〉についても一言も触れていない。意識的にそうしたんでしょ?」
「やっぱり気づいていたね、フシギ君? それでこそ僕の助手だ」
興梠は笑顔を引き締めた。
「それら、最も重要な〈謎〉の解読は、犯人の前で行うことにしよう」
興梠はきっぱりと言った。
「これから僕たちは犯人に会いに行く」
「え」
「なんとしても、最後の凶行を止めさせるために」
「そ、そんなことできるの?」
「僕なら」
そう告げる探偵の声はゾッとするほど冷たく凍っていた。
「僕でしか無理だ」
何故なら、僕たちは同じ血を受け継いでいるから。同じ因子を持つ僕だからこそ――
興梠は犯人が自分を待っていてくれると確信していた。
それもまた、彼が読み解いた犯人からの 謎=MESSAGE に込められていたのだ。
( それにしても…… )
目を開けた仮面・耳のある仮面・アイマスク・目を閉じた仮面……
そして、オレンジの靴下と翡翠色の靴……
―― 奇抜な色合いですね? チョット見たことがないくらいだ。
弓部の言葉は決定的だった。アレで気がついた。だが、最初から即座に読み取るべきだったのだ!
俺は大馬鹿だ! 芸術に詳しく、絵画が好きだなどとよく言えたものだ。
そして、笹井嬢!
映画愛好家で、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督に執心していた片岡家の家庭教師兼
彼女が幾度も口にしたコトバに俺が何故、あれほどひっかかったのか? その点をもう少し真剣に考えるべきだった。
何より、自室の壁に貼ってあったポスター……
その映画の
舞踏会。
それが、全てだった。
「いくぞ、フシギ君!」
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