第26話
階下は、玄関横の和室から調査を始める。
ちょうど
ここは、元々は初代当主の居室だった。現在は来客用として宴会や会合などに使用している。開け放せば20畳にもなる二部屋と更にもう一室。その横には
廊下の向こうは使用人の
玄関ホールの方向へ戻る。
ホールすぐ左が大食堂、縦に通る廊下越しに小食堂、突き当りに厨房。この厨房の横に使用人用の食堂がある。10年前、長女・
玄関ホールは後に回して、
ここは既に慣れ親しんだ応接室だ。奥にもう一つ、第2応接室がある。探偵と助手は再び玄関ホールへ戻って来た。
片岡邸へ最初に入った時、目を
階段右横のニッチにズラリと甲冑が飾られている。これは初代当主が集めたものだと執事は教えてくれた。目を転じて、階段と反対側の壁沿い、並んだ石のコレクションは現当主の趣味だ。
背後の壁が全面鏡張りのせいで何処までも続いているように錯覚する。
小石が軋んで雪原を行く感触。
( またしても雪か。 )
探偵は低く息を吐く。小さな女の子ならここで充分にかくれんぼができるな。そう考えたとたん、石の影に少女の姿が見えた気がした。ほら、あそこ、そして、ここ。クスクス笑って出たり入ったり――
「興梠さん! 興梠さん!」
耳に響く助手の声。
「見てよ! やっぱりすごいな、エレベーター! オーチス製だよ! カーーッコイイ!」
「うむ?」
石のコレクションの果てに庭へ抜けるフランス窓があり、その横がエレベーターだ。
戦前、エレベーターと言えばオーチス社だった!
エレベータの落下防止装置を発明したエリシャ・オーチスが、1853年、ニューヨーク州ヨンカーズに設立した会社で、エッフェル塔(1887)、自由の女神(1900)、エンパイア・ステートビル(1931)に採用され、エレベーターの輝かしい歴史を独占していた。徹底した時代考証の元、2013まで放映された英国・ウィークエンドTV制作のドラマ《名探偵ポワロ》では随所でこの時代の美しいエレベーターを見ることができる。なお、ドアの開閉は手動である。
「そういえば使ったことなかったな!」
喜々として蛇腹式の扉を押し開けて少年が中に飛び込んだ。興梠も続いた。
「?」
「アレ?」
2階への
「故障かな?」
「相すみません――」
音を聞きつけて執事が駆けつけた。
「現在このエレベーターは止めています」
執事が言うには、使用していたのはほんの短い期間だった。何しろ2階までなので最初は面白がって設置した当主(
「電気店の
「な? フシギ君。世界一の高さを誇るビルディングならいざしらず、やはり一般の家にエレベーターは不要なのさ」
「ちぇー、そんなものかな?」
とはいえ、家庭用のエレベーターとは豪気である。探偵は繁々と見廻した。
玄関ホール同様、全面鏡張り。それ故、圧迫感はない。ふと、視線が上へ動く。
天井も鏡面仕上げだ。見上げている自分と助手の赤い髪が写っている。だが更によく見ると、それ以外に――
興梠は外に立っていた執事に声をかけた。
「
何のことは無い。エレベーターの構造上の問題に過ぎないが、修理・点検の為に上部へ出る扉を見つけたのだ。若い男衆の
「前回――10年前の
「はて」
戸惑った様子で首を捻る老執事。
「いいよ、押さえててくれ、フシギ君。僕が上がって見てみよう」
興梠はその先の言葉を飲み込んだ。
「まさか……」
助手もハッと息を飲んで身体を
「何があるっていうんだ? な、な、なんにもない無いだろ、そんなとこ?」
扉をずらす。
人ひとり、体が通れるくらいの空間。
その暗がりは
「――」
「どうなのさ? 興梠さん! 何かあった?」
待ちかねて
「いや、何もない――」
そこには、エレベーターにあるべきもの以外、何もなかった。
降り積もる雪も、少女の足跡も……
この日、半日を費やして邸内を見て回った興梠と志儀だった。だが、結局、新しい情報は発見できなかった。
漠然と心に引っかかるいくつかの
興梠はそれらを手帳に書き留めた。
□ 映画のポスター《舞踏会の手帖》/
□
□ ロココ様式のカーテン/晶子の部屋
□ 使用停止中のエレベーター
4番目の、エレベーターはチェック済みだ。だから、線を引いて消す。
「ねえ、明日はどうするの?」
バスルームから出て来て、冷蔵庫のサイダーを取り出しながら志儀が訊いた。
「原点へ戻る」
やはりそれしかない。迷った場所にもう一度戻り、新しい道を探す。
〈鳥居 ハカ〉と記した頁を見つめながら興梠は応えた。
☆戦前のエレベーター……
https://www.youtube.com/watch?v=2GHBfROQNGE
https://www.youtube.com/watch?v=8PEE-iBImWA
https://www.pintaram.com/t/古いエレベーター
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