第2話

次に俺が目にしたのは体育館の天井だった。



倒れていた訳ではない。拳を突き出したまま立っていた。

右腕を下ろしながらふと下を見ると、足元には何かの破片が散らばっていた。



原型を留めていない何かを目にした後に周りを見渡すと皆がいた。



皆ちゃんといた。気を失っている者もちらほらはいるが、誰ひとりとして怪我人はいなかったようだ。



皆いる。いるにはいるが、俺は何か違和感を感じた。



皆俺を見ている。見ているが、誰ひとりとして俺と目を合わせる者はいなかった。



俺は独りだった。



この人数の中で。



同級生は250人弱いた。それに伴って成人の2倍には届かないにしろ倍近くの保護者がいた。来賓は20人〜30人だろうか。教員も同じくらいいたような気がする。


周りの人々は怯えるような目でこちらを見ている。


俺はその時初めて理解した。理解するのを無意識に嫌がってたのかもしれない。でも理解した。



これは俺がやったのだ。



自分がやったことは理解した。何をどうやったのかわからない。自然と拳を突き出したまでは覚えている。そもそもアレが何だったのだろうか。



考えているとき、どこからか指を鳴らす音が聞こえた。音は体育館に響いてそこにいた人たちの耳に響いた。


次の瞬間、その場にいた者は、僕を除いて虚ろな目をして崩れ落ちた。また俺は何が起こったのかわからなかった。


二階席から手を叩く音が聞こえた。


黒い燕尾服に白い手袋を身につけて拍手している長身の老人とビデオカメラを持った中学生くらいの金髪の少年が二階席から俺を見下ろしていた。

俺は彼らのことを知らないが、彼らは俺のことを知っている。そんな気がした。


老人が口を開いた

「初めまして。大橋君」


「初めまして」


「私は坂本、こっちの少年は神谷くんです。」


「大橋といいます。この状況について知っていることがあれば教えていただけるとありがたいです。」


今度は少年が口を開いた。

「話は後だ。お前は今危険だ。一緒に来てもらうぞ。」


少年の指を鳴らす動作と視界が暗くなったのはほぼ同時だった。



気付くとベッドの上だった。学校の保健室のようなところだった。


本当に分からないことが多すぎてパンクしそうな頭を持ち上げると、俺の足元のベッドで寝ている女の子がいた。


高校生だろうか、制服を着ている。肩甲骨のあたりまで伸びた髪をそのまま下ろしている透き通るようなきれいな肌の女の子だ



「あの…」


「ふぇ!ふぁい!何でしょう!」



よだれを袖で拭きながらその女の子は飛び起きた。



「ここどこ?」


「私は園部 紗世です」



言葉のキャッチボールとは…



「ここはどこなのかな」


「あ、ここは…とりあえず来てください!」



そう言って女の子は俺のスーツの袖を掴んで引っ張っていく。君のその袖…さっきよだれが……。手遅れなので諦めることにした。


彼女に引っ張られて広い部屋に着いた俺は例の老人と少年に会った。



「2人とも!目覚めたから連れてきたよ!」



「あぁ、園部くんありがとう」



老人はゆっくりと話し始めた。


「君の成人式に現れた怪物はディアブロと言ってね。

今回は蜘蛛型だったが、生物でないものもいる。生殖能力は確認されていないのでどう出現しているのかは未だわかっていないんだが、この国の辺境の伝説で悪魔とされていたもので、襲った人間を同胞に変えていく。生き延びた人はいないので世の中でも知られていないのだよ。そして奴らは長い年月をかけて進化し能力を得ていくんだ。」


「俺らが奴らの存在を知っていながら公表しないのは、ディアブロには普通の人間は立ち向かえないからだ。特殊能力に覚醒した者だけが対抗できる。いくら軍が対策したところで無駄死にがふえるだけってわけだ」


と少年が続けた。


「で、今全員揃ってるわけじゃないんだけど、ここがディアブロに対抗できる異能力者が集まった組織、H.S(ヘブンリー・サンクションズ)だよ。君は覚醒した。私たちと戦ってほしい。」


と女の子がしめた。



意味がわからない。わからないけど俺は、あんなのに立ち向かえる人間が決まっているならこれは宿命だ。そう思って返事をした。


「やります。」


「ありがとう。君の能力については解析中だ。また後日話すから今日のところは用意した部屋でゆっくり休んでくれ」


老人たちと別れて俺は案内された部屋に向かい、死んだように眠った。

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