第22話 9/25

「今日、お前に来て欲しいところがある。」夫は妻にラインを送った。

結婚して20年を迎えて、二人の子供を県外の大学に進学させた夫と妻の間はあまり上手くいっていなかった。

「いつも飲んで帰る。」その言葉ばかりで、一緒に夕食を食べた思い出があまり無い。そんな夫婦だった。

そんな夫から呼び出しを受けて妻は、冷や汗が飛び出しそうであった。夫は私を殺そうとしているのではないかとも思った。


指定された場所は地域の小学校の体育館であった。人数が多くない小規模校であり、小ぶりな体育館だった。


「こんな所に呼び出して何か用があるのかしら。」恐れながらも小学校に向かった。


小学校が近づくにつれて、子ども達の笑い声が聞こえてきた。きっと学童の子供たちだろう。

学校のフェンス越しに見ると、そこには夫の姿があった。

「あなた!一体どうしてこんな所に?」

「真希。俺は子ども達が県外に出てから寂しかったんだよ。」藤ノ木古墳の壁画に魅せられて史跡研究科になった夫はずっと遺跡の研究をしていた。一人の研究員として黙々と研究をしていた。二人の娘に好かれていたが、微妙に距離があった関係でそこまで寂しさを感じていないと私は思っていた。でも、子ども達と遊んでいる姿を見ると夫は生き生きとしていた。週に一度「呑んで帰る。」とメッセージが送られていた。ちょうど娘が高校生になってからの話である。

「飽きられてしまったかなぁ。愛情も冷めて来たかな。」夫が不倫するのではないかと少し怖かった。


「それより!真希。こっち来てくれよ。心理療法家なら箱庭療法とかでラポールの形成は得意だろ!」

「分かったわ。」

女の子達は体育館の半分で絵を描いたり、宿題をしていた。一生懸命にやっている様子に微笑ましい気持ちを感じた。

「ねぇ。この問題の解き方分かりますか?」

「分数の計算ね。1/2を小数に直しなさいってことよね。この斜線は、割り算の記号と同じ意味なの。だから、1を2で割ってみてね。」


暫くすると夕御飯が運ばれて来た。

「皆さん、ご飯ですよ。今日は大好きなカレーですよ。」

「わーい!カレーだ。」


「あの、夫に呼ばれて来たんですけど一緒に食事をして大丈夫ですか。」

「ええ。大丈夫ですよ。花崎真希さんですね。いつも建都さんにはお世話になっています。」

「申し遅れました。私、龍丸小学校学童保育所長兼子ども食堂の管理人をやっています。田中平助と申します。」

「田中さん。私に何か力になれることはありますか?私、実は臨床心理士でスクールカウンセラーの経験もあります。」

「それは心強いですな。何かあったら相談に乗ってやって下さい。さぁ、カレーが冷めないうちに食べましょう。」


二人で食べる寂しい食事ではなく、みんなで食べる楽しい食卓を久し振りに感じることが出来た。

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