魔法は応用が大事

トラクロ

第1話 プロローグ

 気がつくと、暗闇の中に立っていた。


 そして、目の前には髭を蓄えた爺さんが鎮座していた。

 爺さんは両手を広げながら言った。


 「おお勇者よ。生き絶えてしまうとは情けない」


 「……は?」


 聞き慣れた言葉を発する爺さん。

 俺はさっきまで部屋でゲームを、しかも36時間ぶっ通し記録を更新していたはずだ。


 「だが安心するが良い。私の力で……」

 「いや、あのちょっと待って貰っていいっすか」

 「……なんだ」


 台詞の途中で止められたからなのか、爺さんはジロッとこちらを睨んだ。

 取り敢えず爺さんに聞いてみる。


 「あの、ここはどこですかね。あと俺のゲームとパソコンは……?」

 「手短に言う。お前は死んだ。それ以上のことは知らなくて良い」

 「はあ……」


 ……現実味がなさすぎて驚く気も起きない。

 

 爺さんは不快そうな顔で舌打ちし、またしてもこちらを睨んだ。


 「時間がねえんだよ…おい、おまえ」

 「え、はい」

 「これ持って、目ぇつぶれ」


 紙? を、丸めて紐で括られたものを手渡される。


 「これになんでいいから好きなもん書いてみろ。一個だけだからな」

 「なんでもいいんですか?」

 「ああ、なんでも……文字通り『なんでも』いいぞ。じゃ、言うことは言ったからな。目ぇつぶれ」

 「あ、はい」


 ギュッと眉間に力を込め、言われた通りにする。

 ……次の瞬間、足裏に優しい感触が触れた。

 なんか怖いから声掛けられるまでは目は閉じておこう。



 十分後……


 「……あの、いつ目を開けたら……」


 ……そろそろ疲れた。

 なんでそもそも初対面のジジイの言うこと聞かにゃならんのだ。

 周りからはサラサラと風に揺れる草の様な音が、絶えず聞こえている。

 逆に言えばそれ以外は聞こえない。


 「開けますよー……」


 絶えられなくなって目を開く。

 目の前に広がっていたのは、平原。

 遠くの方、地平線にも等しい場所には建物らしき物が見える。

 

 「もう意味わかんねえよ……」


 ショートしそうな頭をクールダウンさせる。そして一つ一つ考える。


 うちの近くにこんなだだっ広い空き地や草原は存在しない。

 そして第一に、俺に一切の感覚を伝えずにここまで運ぶのは不可能だ。

 

 脳裏に爺さんの「死んだ」という言葉が浮かぶ。

 これは……あれか。今流行りの……


 「異世界……この場合は、転移?」

 

 まじかよ。いやでも待てよ……?


 正直な話、いやほんと、ここだけの話……


 「『転生』の方が良かったのにっ!」


 唇を噛み締め、手元の紙をギュッと握りしめた。

 これが俺、倉萱くらがや まことの異世界生活初日の、初めの出来事だ。

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