王都から辺境自治区へ 3

 この日、私は突然、局長に呼ばれて辞令を受け取った。内容は、商工業省海運局長補佐を解任し、王宮庁付に任命するというものだ。

「局長、これはどういうことですか?」

「ミランドさん、今から国王の執務室へ向かいなさい。業務の引継ぎは気にしなくていいから。国王から直接、お話がありますよ」

 局長室の前ではサランが私を待っていて、一緒に国王の執務室へ行ってくれるという。歩いている間、ずっと無言だったけど、私の腕に添えたサランの手からは気遣いの気持ちが伝わってきた。

 執務室に入ると、なんとロゼットの姿があった。彼は既に説明を受けていたのか、私の姿を見ても驚かずに無表情のままだった。

 室内を素早く観察し、王宮庁長官、外交大臣、国軍大臣が揃っていることを確認した。ああ、やっぱり今回の事件に関することなんだ。

「シャイラ・ミランド、参上いたしました」

 私は女官として挨拶をし、頭を上げると国王を真っ直ぐに見つめた。間違っても、ご機嫌麗しく、なんて雰囲気ではない。カルダーンの顔色はあまり良くなかった。連日の心労で眠れていないのかも。今すぐにでも彼を抱き締めたかったけれど、執務室ではあくまでも一介の役人として振る舞わなければならなかった。

 最高齢でほとんど白髪となった王宮庁長官が口を開く。

「東方辺境自治区で何が起きているか、だいたい理解していますね? リース君からあなたにある程度の情報は伝わってるそうですから、そのつもりで説明します」

「お願いします」

「ギュリド王国は自治区の割譲を要求してきましたが、我が国に応じる意思は皆無です。資源が豊富で、元来から我が国の領土である自治区を他国に割譲する理由などありません。しかし、一方で自治区は既にギュリドの西域軍によって蹂躙され、伯爵公邸も占拠。要求を飲まねば、自治区に多数の死者が出るだけでなく、大軍がフェディオンの王都に進軍してきます」

 私は頷き、長官は一息ついてから続けた。

「そこで、我々は早馬を出して交渉を申し入れました。まずは外交的努力による双方の理解と解決への道を探るべきだと。そして、ギュリドからの返答は――」

「王妃候補シャイラ・ミランドを国王代理として自治区へ派遣すること」

 私ははっと顔を上げた。長官の言葉を継いだのは国王その人だった。カルダーンの口調は相当苛ついているように聞こえ、私の胸は急にざわめき出した。

 さっきからカルダーンは前を向いているものの、私の瞳を見ようとはしていない。どうして……? 散々焦らされた挙句、こんなことになってしまったから怒ってるの?

「余は先方からの要求を承諾した。先程、早馬を出して返信させている。ミランド嬢、依存はないな?」

 初めてカルダーンの有無を言わせないような冷徹な声を聞いた。胸を締め付けられるような心地で、私は「謹んで、王命を承ります」と返事をするので精一杯だった。

 自国の領地とは言え、ギュリドの西域軍に占領された自治区など敵陣と同じだ。そこに使者として赴くということは、再び王宮に足を踏み入れることなく、彼の地で息絶える可能性を意味する。

 私が直前に王宮庁付に配属が変わったのも、全てこの派遣が私の意思とは関係なく決定されていたからだ。

 ただ、もし私に選択権が与えられていたとしても、私の答えはさっきと変わらなかっただろう。私が国王代理となることで、カルダーンの力になれるのなら、喜んで敵陣に向かおうじゃないの。

「出立は明朝です。必要な準備は王宮庁で整えますから、あなたたちは個人の荷物をまとめなさい」

「……あなたたち、というのは?」

 私が長官に尋ねると、代わりにカルダーンが答えた。

「王妃候補の補佐として、騎士団長と外交官僚ロゼット・リースを共に派遣させるという意味だ。文武それぞれの分野で申し分ないだろう」

 視線をカルダーンに向けると、ようやく彼は私を見返してくれた。それでも、表情に変化はなく、今、何を思っているのか読み取ることは難しかった。

「無事を祈っている」

 最後にカルダーンが私たちに告げると、私たちは執務室を退出した。

 そして、私はカルダーンに個人的な別れを言う機会すら与えられないまま、出立の朝を迎えることになった。

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