魔術と君と空の僕

蒼凍 柊一

序章 空っぽの僕、失った君。

悲しくて、疎ましくて、憎くて――死にたくなった

 雲一つない夜空を見上げて、ふう、とため息を吐いた。

 どの町にでもあるような丘の上。

 星が瞬き風が唄うこの場所は、僕の大好きな場所だ。

 街からは遠くもなく、近くもない距離にあるここから見る街の明かりは、本当に綺麗だった。


 ――だから僕は、ここで死ぬことにした。


 到底、理解できないだろう。


 いじめられたから? 学校に行くのが嫌になったから? 毎日同じ場所を同じ時間に行き来するのが億劫になったから? 家庭内で不和があって、居場所がなくなったから? それとも、想像を絶する酷い出来事があったから?


 どれも違う。


 僕は普通の十七歳の高校生だ。

 両親は健在で、仲もいい。たまに喧嘩もしているけれど、別れるほどじゃない。

 家族がいる事の人生の幸せの味も分かるし、逆の不幸の味も分かっている(想像できている)はずだ。

 学校の方もすこぶる順調だ。友達も居るし、クラス内で仲間外れにされたこともない位、僕は普通の男だ。ただし、彼女と兄弟姉妹はいなかったけれど。


 こうして考えていると笑えてくる。


 普通過ぎて、空っぽすぎて、泣けてもくる。


 それが、死を選んだ理由だ。

 それだけか、と聞かれれば、それだけの理由だ。


 命を粗末にするな、とか世の中の人間達は叫ぶだろう。

 僕を責めるだろう。

 けれど、ここには僕以外誰も居ない。


 残された者の悲しみは知っている。

 両親には申し訳ないとも思う。


 けれど――それでも僕は、死を選ぶ。


 ある友人は言う。

「お前はいつも幸せそうでいいよな。テストは全科目平均点だし、友達とは上手くやってるみたいだし、兄妹はいないから喧嘩だってしないだろ? ホント、羨ましい。俺なんかテストで点はとれないわ、幼馴染とは殴り合いの喧嘩をしちまうわ、妹からは臭いって言われるわ……最悪だよ」

 と。


 ――ふざけるな、と思った。


 僕は、それを味わったことが無い。

 良く言えば確かに友人の言うとおりそうなのだろうが、実際のところ、僕の思っている『自分』は違う。


 僕は『空っぽ』なんだ。


 人間関係が険悪になったりとかもしないし、何かを成し遂げたいという願望もない。

 与えられた生を、ただただ生きているだけ。


 極論だが、こんな『無駄』な生き方をしてる奴は他にはいないだろう。


 そして、僕みたいにのうのうと生きている奴が居る中で、この世の中には生きたくても生きられない人が居る。


 重ねて言う。だから僕は、死を選んだんだ。

 そんな生き方に、耐えられなくなったから。


 こんな空虚な生を経るなんて、僕には耐えられないんだ。


 父さん母さんには申し訳ないが、僕はこんな人生もう真っ平だ。うんざりだ。


 何も残せやしない、残そうとも思わない。そんな自分が大っ嫌いで、憎たらしい。


 だから、自分で自分を殺したくなった。それだけの事。



 そうして僕は――街明かり漂う素敵な丘の上から、飛び降りた。



 ふわり、と浮く感覚のすぐ後、急速な落下感に全身を竦ませる。

 過る走馬灯は、やっぱり空っぽなものばかりで。


 幼稚園――友達と笑った。

 小学校――友達と泣いたり笑ったり。

 中学校――進路はすぐに決まった

 高校生――出会いはなく、友人と話すだけの毎日。


 嗚呼、なんと空虚な人生か。


 想いながら、涙があふれる。


 耳元で風切音が響いていく。

 地面が今か今かと僕を待ちかまていた。


 とても長い時間のように思えた。

 拷問のような時間だ。




 早く、僕を解放にがしてくれと願う。


 


 願って、願って、願い続けて――ようやくその時が訪れる。


 地面にぶつかるであろうその瞬間。






「槙野結城。死ぬなら私の弟子になれ」





 声が、聞こえた。

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