みつまさん(31~40)
31.
二人が休みでも僕は仕事。そりゃそうだ。
「で、石村さん例の件! いくつか耳に入りましてなあ」
「あ、何か分かりました?」
原さんのところだって営業中だろうに、こっちに来てて大丈夫なのかな。まぁ向こうはウチと違って大所帯なわけで、優秀な人もたくさんいるって話だから、問題ないのかな。
原さんが今の業界最年長の現場作業員なんだって、前に石村さんに聞いた時はびっくりした。だってとてもそんな風には見えないし。ずっと僕と同じような事務の人だと思ってたんだから。お腹も出てるし。おじさんだし。
無駄に声もでっかいし。
「そろそろね、本当に限界じゃないのかってね、本人頑っ! として聞かないらしいんですけどもね」
「ふム、それはどこからの?」
「昔馴染みのね、ほら隣の隣の管轄のあの……」
内容が筒抜けだったとしても、僕には何の話だか分からない。ただこのところ原さんは、時折こうやって来ては、難しい顔をした石村さんと何かを話していく。忙しい時は電話でも話してるみたい、あ、もしかして例の、新入りがどうのっていう話かな? 違うかな、そんな空気じゃないし。
石村さん、聞いても教えてくんないし。
「で、ぶつぶつとね、独り言みたいのをね」
「ふム。じゃあやっぱりきっと、そいつは……違うんだろうなぁ……」
「はいっ? 何がです?」
「いえ、こっちのね」
チャイムが鳴って、ああお昼だ。話が込み入ってるみたいだから、今日は外に行こうかな。今日は朝からずっと、パスタな気分なわけで。
「お昼行ってきまーす」
「はいよー」
「はい、行ってらっしゃい! まあね、腕はそれでも落ちちゃいないらしくてですね、大したもんだあって話ですわ! はっは。けどこれから長く続けていけるかっていうと、ちょっとねえ」
「ふム……」
難しい顔。帰ってきたらまた、コーヒーくらい淹れてあげるかな。
32.
「ねえ……聞いてる?」
「聞いてるよ」
久しぶりだっていうのに、佐久間ったらひとっつも笑いやしないんだから。私が会いに来てあげてるのに、失礼しちゃう。
「で、何?」
「聞いてないじゃないの!」
「だから何さ……」
何なのよ、もう。イライラしちゃって。最近ずっとそう、イライラして、ため息ついて。
私のほうなんか、見向きもしないで。
電話だって、全然出てくれない。
「だからね、視線を感じるの。見られてる感じがするの、私。どこかから」
「マネージャーとか……プロデューサー? とか、そういう人に言えばいいじゃない。ボクに言われたってそんなの、どうしたらいいか分からないよ」
「ナニ……ふてくされてるのよ?」
「別に」
何よ。もう。ちゃんと聞いてよ。私、怖がってるのよ。
最近彼がずっと何か、悩んでるのは知ってる。見れば分かるわ、私彼女だもの。言ってくれればちゃんと相談にだって乗ってあげるし、慰めてだってあげる……でも、何も言ってくれないよね。聞いたって教えてくれないわよね。
何なのよ。もう。
「ねえ、誰かに見られてる気がするの。ストーカーかも。ねえったら、私怖いの……聞いてる、ってちょっと、陽!?」
「ごめん、タキちゃん。ちょっと、全然、考え回らなくてさ。今日は帰るよ。ごめんね、また今度」
え。うそ。なんで。
帰るの? 帰っちゃうの?
怖がってるのに? 私、相談してるのに? 帰っちゃうの?
……帰っちゃった? どうして? ひどいよ。ひどいよ、陽。
私が……私のほうが、離れちゃったのかな。遠くなったのかな。置き去りにしちゃったのかな。
私が、悪かったのかな。
好きなのに。何だか、すごく、遠くなった気がするよ。陽。
33.
鍵を閉めて一階に降りると、工藤商店にはもうみつまさんの顔があった。ジトジト目がおれを見つけて、ふにゃっとゆるむ。顔の全体がこう、ふにゃって。
「りいちくゅん、おっかれー!」
「おうカマちゃん、おつかれさん!」
「おーう。お疲れェ」
カマちゃんはよせ、ともうクセのように言いかけるも、まぁ、今日はいいか。やめておく。
みつまさんがどうやらいつもの感じに戻ってくれたらしいのも、キミちゃんのおかげではあるのだ。知り合って何年になるか、いつまで経ってもチャランポランな野郎だが、ここぞという時にゃ役に立たんでも無い。
弁当を選んでたらしいみつまさんは、特盛りからあげ弁当を見つけて手に取り、ふぁゃあーとか言いながらにこにこしている。
「おうキミちゃん、この前はありがとよ。おかげさんで大喜びだったわ」
「あん? あーおう、気にすんなよ! 俺とカマちゃんの仲じゃねえか、なあ!」
平気でこういうことを言うあたりがどうも、イマイチおれとキミちゃんの間にミゾを作ってるんじゃないかと思わないでも無いんだが、まぁ、今日はいいか。悪い気分ってわけでもない。
「近々飲むかい。おれのおごり」
「うへぇ、そりゃ怖いな! 今度ァ何を頼まれんだい、俺は?」
「さぁね、頼みたいこと出てきたら、そン時考えら」
おれの分の弁当も買って、店を出る。
「きぃしゃん、まぁねー」
「おーう! あ、みつまさん、今度うちでな、激辛フェアやるんだよ、覗きに来てくれな!」
「いえっしゃー!」
「餌付けしてんじゃねえよ……」
イヤホン片方ずつ、TAKIのアルバムを聞きながら帰った。
34.
俺様、うぴ!
うぴぴ、うぴぴぴぴ。天使、うぴ! うぴぴぴ。
やっぱり、うぴぴ。うぴ、綺麗だうぴ。七色。
うぴ、名前、ぼしゅ、うぴ! うぴぴぴぴ、うぴ。
俺様、うぴぴ、虹色、うぴ、うぴぴ、みつまさんうぴぴぴ、天使うぴ!
? ハンターうぴ
もう一人
たs
俺様、うぴ!
うぴぴ、うぴぴぴぴ、七色、うぴ! うぴぴぴ。
俺様、アタmうぴpppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppp
35.
くぁー。何だよ。何かチカチカする。ズキズキするアタマ。
後遺ショー? この前の? あのおっちゃんヤブ医者かあのヤロー、くっそいってぇー、あれの次くらいいてージャン。
ちらっと、みつまさんが心配げな顔でこっちを見た。ありがと、みつまさん。優しいや。
ああ、ムシだよ。まったくもう。狙いつけて、引き金引く。飛ぶやつの羽をぶっ飛ばしたら、手前のヤツの口へぶち込む。青くて臭いの噴き出しながら、口の半分くらい吹っ飛んだ。ギャリリリって音がしたと思ったら、みつまさんがもう一匹潰してた。やっぱり、みつまさんはスゲー。
口ン中とか体の節とか、ちょっとやわいとこ狙って撃つ。殺せなくても、ビーコン弾がめり込めばこいつらはまごまごし出すんだ。そこをみつまさんがレンチでどかんとやれば、大体動かなくなる。念のために後でちゃんと、足とかぶっ千切るけど。
くそ。いたい。アタマいたい。何だよ。何だよぅ。
ああみつまさん心配そうにしてるジャン、だいじょぶ、まだだいじょぶ、心配しないで、っとヤバ! 口を開けて歯を剥き出して、飛び掛ってきたやつの胴の下を潜りながら、先ッポでどつきながらスイッチオン、ディーゼルドライバーをぶっ込む。経験上は、大体こいつで大人しくなってくれる。こうすると多少、気分が良くならないこともない。
ああでも、いたい。いたいよぅ。くそぅ。いたいよぅ。
「……あいりしゃん……」
「んあーオッケ、だいじょぶ。大体終わったねぇ、お疲れさま、みつまさ……、?」
んん?
誰かの死体なんて、見飽きてるけどさ。ムシと一緒に転がってる、腹とか足とか、アタマ半分無いそいつ、どっか、何か、見覚えある。
誰だっけ。
ああ。あいつだ。
いっつも先に現場来てた、あのオタク野郎だ。あッは、死んでもスマホ握ってら。キモイなぁと思ってたけど、まぁそこんとこだけは、褒めてあげてもいいかな。
それってのはあんた、大したもんよ。
36.
「一体……あなたは、何が気に食わないっていうのよ?」
改めて考える。思えばボクはそんなことすら、ちゃんと考えてみたことも無かった気がする。
要するにボクは、何のためにボクのあしながおじさんあるいは……ああもういいや。おじさんを探して、見つけようとしてるのか?
見つけて、どうしたいのかは多分、何で? どうしてそんなことを? って聞きたいんだと思う。それはまぁいいんだ、その時にまた考えるし。
でも何でボクはそもそも、そうしよう、って思ったんだ? 探そう、なんて思ったんだ? そうしようって最初に思ったのは、何でだった?
「あなた、いつもそう。黙って、一人で自分の中でまとまって、何でも分かったつもりになってる。そうして私に何も言わないで、私の、誰の気持ちも考えないで……」
多分。ボクは、タキちゃんが眩しかったんだ。その時の自分の気持ちが、今なら、ちょっとだけ分かる。
タキちゃんはすごい。一人で何でもできるし、みんなに好かれてるし、行動派だし、自分の夢を叶えるために、あんなに頑張ってる。
ボクと同い年なのに。
ボクはタキちゃんが眩しくて、悔しかったんだ。と、思う。
「あなた、少しでも私と分かり合おうって、そう思ったことある? 伝えようと思ったことある? 無いんでしょう? 私はいつだって、あなたに何でも打ち明けてきた。信じてたから。好きだったから……でも、もうたくさん!」
ひとりだけで何か、してみたかった。やり遂げてみたかった。
そういうことをしたんだ、っていう証拠、みたいなものが欲しかった。
タキちゃんと並んでもぼやけてしまわない、何かが、欲しかった。ただそれだけ。
つまらない。
「……別れましょう。私たち、もう無理よ」
「待ってくれよ、涼子! 俺は……!」
何で、こうなんだろう。何でこうなるんだろう。
どうしてボクは、タキちゃんと違ってこんなに、ガキなんだろう。
「俺は、俺だって、涼子、お前を……!」
「……ねえ、ちょっと、ねえ君? さっきからぶつぶつ、うるさいんだけど?」
「ああ……ごめんなさい。ボク、もう出ますから」
つまらない。恋愛映画なんて、見てみるもんじゃないや。
やっぱり、SFかアニメにしとけば良かったよ。
37.
わたしだけに分かる変わりようってのも、それなりにあるもんでして。石村さんに報告するほどだか迷っちまうような、ちっぽけなことですがね。
お嬢さんがたの道具の使い方なんかについちゃ、わたしがどうのこうの、言って差し上げる筋合いのもんじゃあ無いわけですが……どうもね。高尾さんの使うタマが増えてるってのはこりゃ、狙いがピンボケてるってことかね。わたしの調整がピンボケってんじゃあ無いと信じたいですが、いや、そっちのが良いんですがね。本人に何かあるよりゃ、そりゃあこんなじじいがもうろくしたで済むほうがよっぽどいい。わたしが大人しく隠居でもすりゃあ良いことなんですから。そりゃそうなったら、後のことは気になりますがね、何かあるよりゃよっぽどいい。
「……まぁ、いあらぃえ。あぁしぁら、はぁしゅぇみぅかぁ」
「そうですか。わたしがわざわざ言うこっちゃあないですしね、そんなら、お任せしますがね」
はてさて。お嬢さんはなんぞ、心当たりでもありそうなそぶりなんだが。
わたしが見てきた中でも、お嬢さんと高尾さんはえらく相性がいい。そいつは確かです。仕事でもそうだし、それ以外の付き合いでもね、随分違ったタイプに見えて、この子らはそりゃあ仲がいいんだ。
だからこそ、ってぇのも、あるんだろうなぁ。
「ねえお嬢さん、あんただって、あんまり無理せんようにね。怪我あしないよう、気を付けんとね」
「ん……あぃぁと!」
手を振りながら、お嬢さんは戻ってった。やれやれ、腕っこきにゃあ見えん笑い顔だなぁ。
いつまで経ってもお嬢さんには、お嬢さんでいて欲しいもんですがね。
はてさて。
38.
「いやァ毎度悪いねェ、それじゃま一週間後、のわっ!?」
社長を見送ろうとしたところで、窓がびりびりと震えた。またか。
「か、か、釜田くん……」
手でそこにいろと合図して、部屋を横切り窓を開ける。
真下の店から飛び出してきたキミちゃんへ、
「何だァ! ムシかァ!」
「おーう! ムシみてェだァ!」
キミちゃんに手を振ってから、もくもく上がる煙を少し眺めて、窓を閉める。
そんで、思う。どうも、このところ……。
「なァに、またムシィ?」
「……ああ。おばちゃん、怪我ねえか」
「ご覧のとおり、ピンピンしておりますことよ」
「か、か、釜田くん……?」
不安そうな社長を手で追い払って、代わりにおばちゃんを部屋へ入れる。
茶ァと羊羹を出してやって、一息つく。
「どォーも、このところ、なぁ」
「あ、やっぱり理一くんも思う? 多いわよねぇ」
連中どうもこのところ、やけに騒がしい気がしているのだ、おれは。みつまさんは何も言わないし気のせいかと思ってたが、おばちゃんもそうらしい。キミちゃんあたりも、聞いてみればそうやって言うかもしれない。
「ねえ理一くん、サッちゃん大丈夫かしらね?」
とまぁ、おばちゃんはやっぱり言うんだが。こればっかりはおれにも、
「わッかんね」
「なァによ、頼りになんない息子だこと」
「まだ違わぁ」
そりゃあおれだって、心配なんぞいらんと言ってやりたいとこだが。クラゲムシが何をどうするかなんてのはおれに分かるはずもないし、みつまさんに聞いたって、そりゃあ何でもないと言うんだろう。そういう女だ。
「まぁ……大丈夫スよ。頼れる相棒ってやつもいるんだし」
「そーぉ? なら良いんだけどさァ。ともかく佐和子のこと、よろしくね、理一くん」
今日は多めに渡してやったら、少しは気が紛れたか、あらァどーも悪いわねェなんつって、おばちゃんは笑った。
笑いながら、おばちゃんも耐えてる。それくらいしかしてやれないのが、どうにも、おれは歯痒くて仕方が無い。
39.
コンセント? テレビの裏っかわ? クローゼットはマメに開けるし、サンセベリアの葉っぱの陰も見たし……PCの中? っていうのはいかにもありそうだけど、ううんまさか……スマホ?
なんて。気にしすぎかしら。最近この頃、神経過敏気味。
……ううん。やっぱり、気のせいじゃない。誰かに、見られてる。
はあ。やだな。こういうこともあるかもって、何となく思ってはいたけど。覚悟はしてたけど。ストーカーってやつなのかなぁ。でももし盗撮とか盗聴とか、そんなことされてるとして、私……どうしたらいいのか、全然分からない。
陽に……。
……ヤダ。それはダメ、私今、怒ってるんだもの。ムカツいてるんだもの。
何よ、もう。あいつったら。全然頼りにならないんだから。話も聞かないで、さっさと帰っちゃってさ。彼女より大事なことなのかしら、その悩み、って……?
「……あ」
今。思い出した。もしかして、あれなのかな。
前にちょっとだけ……あしながおじさん? がどうとか。私、何だか舞い上がってて、あんまり覚えてなかったけど。もしかして、それのことなのかしら。陽が悩んでるのって。
「むぅ……」
電話、してみようかな。今度は出てくれるかしら、って、わ!
「っ、あ……ああ。お疲れさまです」
びっくりした、急に鳴るんだもん、電話!
「はい。明日、はい、大丈夫です、行けます。え、いえいえー! もちろん、元気ですよー! TAKIはいつだって全開ですってば。はーい、わっかりましたー、お疲れさまでーす!」
……はぁ。バカみたい。
バカ。バーカ。陽のバカ。嫌いになるぞ、こらあー。
40.
うつ ころす いや、いや ころすは、ない。
うぴ。うぴぴぴ。うぴぴ。
たかお だめ、だ、それは。うぴ、だめだ。私は一人で、最後まで一人で死んでいくんだ。誰も、うぴ。
お前との付き合いも、ここまでか。せいせいする。ああせいせいするとも。
うぴぴぴ、ああ、なんて虹色だ。くそ。
撃つ。うつ、うつ うつ、うつ、うつ。うぴ、撃つ、全弾、遠慮なんてしてやる必要は無いんだ。撃ち尽くす。そして、死んでやる。
ああ。くそ。撃つ。撃つ。うつ、うぴ、うぴぴぴ、うぴ、くそ、ああ、くそ。七色だ。光ってる。
撃つ。穴を開ける。殺す、ころすはない、うぴ、でも関係ない。最後まで、ああ最後までだ。最後の一瞬まで。
聞いてるか。おい。もう聞いてはいないのか。最初からか。関係ないさ、ああ関係ない。最後まで、撃ち尽くす。
ああ。弾が。
くそ。ああ、ここまでか。ああ、くそ、何てことだ。
分かった。認めるよ。もう認める。私の負けだ。
言うさ、言えばいいんだろう? 言ってやるさ、どうせ最後だ。
「……ああ。綺麗だなぁ、どうしようもなく、お前ってやつは……」
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