みつまさん(11~20)

11.

「電話越しなら言えるでしょ? ほら、言ってみて? ゆ、か、りって。ねえほら早く……ってちょっちょっ、待ちなさいよあんた、こらあー!?」

 切りおった。あいつめ。ほんと、ガキなんだから。いつになったら私たち、名前で呼び合えるようになるのかしら。

 まぁでも、頑張ってね、なんて言われて嬉しくなっちゃって、舞い上がって、いつもうやむやにされちゃう私もどうかとは思う。本番前に彼の声聞いただけで、どきどきがすーって収まっちゃうのもどうかと思う。ああ、もう。まったくもう。

「すいませーん、あー、TAKIさん? そろそろなんで、お願いしまーす」

「あ、はーい! すぐ行きます!」

 テレビに出るの、まだ二度目だけど、私って案外図太いのかな。こんなに落ち着いてる……それが何だか不思議。それともやっぱり、あいつのおかげなのかな。

 ああもう。私ってやつは、もう。

 切り替えなくちゃ。ここからは仕事タイム。ようやく軌道に乗ってきたところなんだから、つまづくわけにいかないわ。

「おっ、タキちゃんだっけ? 最近良く見るよね。よろしくね」

「あ、はいっ! こちらこそ! 今日は、よろしくお願いしまーすっ!」

 うわぁ。あんな大御所と握手しちゃった。いよいよ私、大物の仲間入りかしら? なんて。

 でもあの人、いかにも女タラシって感じ。そんなウワサあるし。いかにも女性タレント、喰ってます! ってヤラシイ顔。私、騙されませんからね。

 私は、陽の彼女なんだからね。ちゃんと分かってるのかしら? あいつってば、まったく、もう。




12.

 どうも苦手だ、この人は。女の母親と会うのが楽しみだ、なんて野郎には今までお目にかかったことが無いから、まぁ普通はそうなんだろうが。

「ていうか、まず連絡してから来てくれよ、おばちゃん……おれにもメンツってモンがあるんスよ」

「なァに、あたしと会うのがそんなに恥ずかしいっての? 薄情な息子だこと」

「まだ違わぁ」

 何をそんなに気に入られたんだか知らないが、この人は良くおれに会いに来る。金を借りに来たとは言うんだが、この人の場合、むしろそっちがタテマエだ。

「で、で? サッちゃんどうしてる? 元気してる?」

「直接聞きゃあいいんだよ……はいはい、ピンピンしてますよ、おたくの娘さんは」

 何でおれに聞くんだかなァ。仲悪いわけでもあるまいし。

 と言ってやったら、

「だってあの子、言わないんだもんそういうの」

「そっスけどね……」

 要するに心配性なのだ、単純にこの人は。そしておれもおばちゃんのそういう気持ちは、痛いほどに分かるのだ。

 邪険にしてやるわけにゃいかないってことだ。

「でもま、理一くんのおかげであの子、随分笑うようになったしね。そこまで心配しちゃいないわよ、あたしも」

「そりゃどうも。茶ァは?」

「いただきましょ。お茶請けはいつものでヨロシクね」

 結局ずずずっと二人でやりながら羊羹なんぞつまんで、みつまさんについてしばらくしゃべくって、おれからいくらか借りて、それからこの人は帰っていく……ちなみに返しに来たことは今のところ、一度も無い。

「理一くんさぁ、早くヤクザなんて止めてさ、ウチにおムコに来なさいよねー」

「だからヤクザじゃねえんだって。いやおれはいつでも良いんスけどね、彼女はやっぱ、まだ足りないって言うからさ」

「あー……いくつになっても夢見るオトメよね、ウチの娘ったらば」

 で毎回、最後にこう言うんだ。

「そんじゃね、理一くん、またね。佐和子のこと、よろしくね」

 言われるまでもないんだがな。




13.

 カマちゃんは俺のヒーローなんだ。カマちゃんて呼ぶと、本人怒るけど……まぁ何となくこだわりってやつなんだ、そこんところは。

 カマちゃんが助けてくんなかったら、俺、あのつまんねえクソガキどもに殴られて蹴られるまんまに、きっと死んでたと思う。冷たいアスファルトに転がって、あんまり惨めで泣けてきて、抵抗しようって気も起きなくて、されるがままになってた俺を、助けてくれたカマちゃん。ぶん殴って蹴っ倒して、自分も殴られながらぶっ飛ばして……ありゃ見ててスカッとしたな。今でも夢に見るよ。

 その後、スカンピンだって言ったら、メシ奢ってくれて……あン時のラーメン、美味かったなァ。あとでもっぺん行ってみたら、大したこと無かったんだけどな、あの店。その後すぐ潰れっちまったし。そんでもっていくトコもねえって言ったら、事務所泊めてくれて。暖かかった。

 あんなに暖かいって思ったの、初めてだったんだよ、俺。なあカマちゃん。

「……何だよキミちゃん、あんま見るなよ。気色悪いんだよ」

「ひでえなカマちゃん、おい!」

「カマちゃんはよせってえのに……さて、どれにすっかなァ」

 この店出す時なんて、出世払いだっつって、ぽんと金くれて。おかげで俺、今、店長だぜ店長。スカンピンで、寒くて凍えて震えながら、クソガキどもの暇つぶしでぶっ殺されそうになってた、この俺がさ。

 だからカマちゃんは、俺のヒーローなのさ。

「なんだいカマちゃん、今日は一人でコンビニ弁当かい? 寂しいねえ」

「それを売ってンのはお前じゃねえか。みつまさん実家に帰ってんだ、今日。おれ一人じゃ、メシ作っても張り合いねえしなァ」

 とかなんとか言って、カマちゃんは毎日何かしら買っていって、売り上げに貢献してくれるんだ。

「どれも結構ウマそうなんだよな……おい店長、オススメは?」

「しゃけ」

「うし」

 シャケ弁と申し訳程度のサラダと缶ビールを二本買って、カマちゃんは帰っていった。

「ありがとうございましたァ!」

「おーう、お疲れェ」

 後姿も、キマってるぜ。

 この工藤公俊、一生アンタについていくぜ。カマちゃんよ!



14.

「えー。カリスマ主婦ヨシコの、激安ハンター日記」

「次」

「えー。ラブハンターJ第二章・昼下がりの……ああいや、えと。これはいやあの」

「いーから次」

「……えー。俺と天使の愛のブログ、ん? これ処理業関係みたいだけど」

「飛ばしてはやく」

「はァ……」

 重い。重いよ愛梨ちゃん。この肩にどっしり乗っけた腕をどけてとすごく言いたいけど、言ってもはァァァん? とか凄まれるだけなので、黙っておく。いつもこうなんだ、僕ときたら。

 あと顔がすごく近いんですけど。

 今はオフィスに僕と愛梨ちゃんだけで、僕がマウスをカチカチやる音と、彼女と僕が息する音と、あと時計の音だけが聞こえてくる。何だろう、何だかどきどきするな。愛梨ちゃんなのに。

「ねーまだァ?」

「いやだってそりゃ、ハンターって単語だけじゃいくらでも引っかかって、あ、これはそれっぽいかな……ええと」

「どれェ?」

 うわちょっと近いってば近い近い愛梨ちゃん近い。香水かなこれなんかこれ良い匂いする近いってば。

「んーと? 『ハンターって要するに何がすげーの?』『ムシが出たという通報が管轄業者に届く十分前、ハンターは既に現場にいた』『なにそれこわい』『異常に鼻が利くとかなんとか』『あいつらくせーし、分からんでもない』『臭いのは漏れた体液だろ? どうやって無傷のムシを見つけてるんだよ』『政府の特殊研究機関と独自のルートを持っててどうたらこうたら』『ニュータイプだろ』『あとまあ普通に強い。一人で七匹三分余裕レベルとからしい』……ふーん」

 あ、うん。やっぱり愛梨ちゃん、あいつらの臭いがする。香水じゃごまかし切れないくらいにまで、染み付いてきちゃったんだなぁ。無理も無いけど、ご愁傷様。

「あのさぁ愛、高尾さん? もういいかなぁ?」

「良く分かんないけどさ、一つだけ分かること、あるよね? 矢田くん」

 いつもこうなんだ、彼女ときたら。唐突すぎて分からない。

「何が?」

「それってのはさ、みつまさんのがスゲー」

 あ、うん。それなら分かる。




15.

 学校じゃ付き合ってることバレないように、って言ったのは、確かにボクだけど。そんなに睨んでたらバレるってば、タキちゃん。

 だって仕方ないじゃないか。タキちゃんは今売り出し中のすごく大事な時期なんだし、ボクの存在が彼女の足を引っ張るなんてことも、大いに有りうるんだから。

「由香里ー、昨日のテレビ見たよー! あんたテレビ映りいいじゃん、本物より可愛かったよ」

「ナニそれ。でもありがとね、見てくれて」

 ボクと違って、タキちゃんは男女問わず人気がある。タレントの卵というのもあって、それなりに知名度はあるし。だからこうして昼休みにも、クラスの内外を問わず、引っ切り無しに誰かが彼女に話しかけてる。

「おーっす黒滝、見たぜー昨日の! お前歌クッソうめーじゃん!」

「褒めてるのそれ? まあ、ありがと」

「おお、俺お前のファーストシングル出たら、ぜってー買うわー」

 ああチャラ男くんが頑張ってアピールして。残念だけど、無駄だと思うな。タキちゃんはボクのなんだよね。

「でもさあ、不思議だよねー。由香里って美人なのに、誰かと付き合ってるとかそういうハナシ、ゼンゼン聞かないよね」

「そりゃあれっしょ、事務所にキツく言われてるとか」

 鋭いなぁチャラ男くん。ていうか、まずい。この流れは良くない。

「そうなの? 由香里」

「んんー? まぁ、そういうのもあるんだけどねー。他にもね、色々とねー」

 これはいけない。

 睨まれてる。睨まれてる。バレる。バレるってば。

 ……そりゃあさ。ボクだって、おおっぴらにしたいとは思う。声を大にして、タキちゃんが好きだ、ボクら付き合ってんだって言いたい。そうできたらどんなに嬉しいだろう、優越感にも浸れるだろうって、そう思う。

 けど、今はどうにも、ちょっと難しいと、ボクは考えている。

 タキちゃんは大事な時期だし、頑張って欲しい……それにボクにも、やらなきゃいけないことがあるんだ。

 だから、そんなに睨まないでよ。頼むよ、タキちゃん。




16.

 よう! 俺様だぜ。今日もバッチリ、天使をウォッチングしてきたぜ。

 もう一人がいつものように、

「うぇっ、もう来てるよアイツ……」

 とかぬかしてたけど、俺様はツッコんでやらない。ケバい女は嫌いだ。

 それよりみつまさんだけど、今日もやっぱり凄かった。

 今日のムシは触腕の貫通刺胞から刺剣を能動射出する遠隔攻撃タイプだったんだけど、みつまさん奴らの弾幕に真正面から、ギャリリリリーンって歯車回しながら突っ込んで、跳んで潜って回って避けまくって、そんでムシの足をモーターレンチでガッツリ掴んだと思ったら、グオオオオー! って思いっきりブン回しちまった。で他のムシにぶつけてドガァ! ボギャア!! 痺れたね。

 もう一人もまあ、銃の扱いはそれなりだから、バックアップとしては及第点かな。おかげで今日もあっという間にカタついて、鮮やか過ぎてあんま書くことねーくらいだ。

 みつまさんは今日もスゲー! おわり。

 ああそういや、今日の現場はちょっと日陰でかなり暗くて、初めてあいつらが暗いとこで光ってるの、見たよ。

 あれ、結構キレーなんだよな。動画とか見たことあったけど、あれはちょっと、本物見てみないと分からんと思う。七色ってか、虹色ってか。電飾みたいにピカピカ光る線がたくさん、透明な身体のあっちこっち走ってて、なんつーんだろな、宇宙船みてーってか。古き良きSFファンに捧ぐ、って感じか。

 何かこう、見入っちゃうんだよなー。みつまさんがグシャアってやんなかったら俺ずっと見てたかも、あ、それだと食われちまうじゃん俺様。

 やっぱり天使は今日も、俺を守ってくれたのでした! おわり。




17.

 帰ったら、みつまさんが踊っていた。いやこいつは比喩的な表現がどうとか、そういうことじゃない。文字通りまんま踊っていた、それもかなりノリノリだ。シャレたダンスの心得なんぞおれの知る限りは無いはずで、控えめに言ってミョーな踊りだ、こりゃ。

 爆音一歩手前って感じで鳴ってるこの曲、何だったか、最近たまに聞くあの……何とか言う……トキか。タキ? そんな名前の若いネエチャンの歌だ、確か。

 別に部屋で踊るなとは言わないが、こいつはマズイ。神経質で口うるさい隣のオッサンが怒鳴り込んでくる前に、おれは音量を下げてやることにする。

 あくまで善意というやつだったんだが……途端にみつまさんががばっと、ちょっとびっくりするスピードで振り返って、ジトジト目で俺を見た。あんまりでかい音だったから、鍵をがちゃっとやってドアを開けた音にも気付いてなかったらしい。

 一瞬で真っ赤に沸騰した、みつまさんの照れ顔を堪能する暇なんぞ、もちろんありゃしない。おれは次の瞬間には、張り手一発で床に転がされてたから。

「いあああああありいちくゅんひぉいみぇたぁらみぇれえいっへぉふぁあーーーっ!」

「……良いじゃねえか別に、今さらだろよ……」

 鏡を見りゃ、おれの頬っペタにゃバッチリ真っ赤に手形がついてるんだろうが。まぁ良いモンが見れたので、許してやるとする。

 赤面顔のまましゅんとしたみつまさんの手を借りて起き上がり、ぶっ散らばった荷物の中身を拾って見せてやると、

「……! からあぇ?」

「おう、鳥モモ500、全部ぶち込むぞ。胸焼けするほど食らわしてやるから、覚悟しやがれ。もちろんいつものスーパーデスコヴィルソースもォ、じゃじゃあああン、かけ放題でございまァす」

「ふゃあ……!」

 少しばかり機嫌が悪くても落ち込んでも、こうやって好物のひとつも作ってやりゃ、この顔だ。おれとしてはお手軽で大変に助かってるわけだが、それよりも立ち直りが早いのは、みつまさんの強みのひとつってやつでもある。

「しかし、みつまさんはあのネエチャンの歌が好きか。思わず踊っちまうくらいか」

「むぅ……りいちくゅんのふぁあー、あふぉー」

 ふくれっつらのまま、何か手伝うと言ったが、大人しくテレビの前に座らせておくことにする。一度みつまさんに包丁を握らせてやったことがあるが、あの時味わった恐怖を、おれは未だに忘れてやしないのだ。




18.

 愛梨ちゃんじゃあるまいし、あんまり唐突だったから、僕は思わず、

「へっ」

「ああ、いやね。今すぐって話じゃないんだよ」

 石村さんはかちゃんと受話器を戻しながら、しししっと笑った……きっと僕は今、ぽかんと間抜けな顔をしてるんだろうな。だってけっこうびっくりしたんだから、仕方が無いじゃないか。

「勧誘、ですか」

「少し前からあちこち、声をかけててね。優秀な子がいるなら紹介して欲しいってさ。いやほら、人手不足じゃない? ウチもさ」

 僕はうなずく。確かに、うちの会社の現場作業員と言ったら今のところ、みつまさんと愛梨ちゃんの二人だけ。いくらみつまさんがベテラン中のベテランで凄くって、愛梨ちゃんもこのところは相当やるようになった……そして比例して臭くなった……としても、回ってくる仕事の全部を二人で捌いてるんだから、オーバーワークではあるわけで。管轄外の同業者、っていうかまぁほぼ原さんのところだけど、借りたり貸したりしながらどうにかやりくりしてはいるけど、二人の負担をいくらか減らせるなら、それに越したことはないわけで。

 とはいえだけど、現実的な問題というものも、やっぱりあるわけで。僕のような経理担当にはどうしても、その、気になってしまう。

「あのでも……厳しい、ですよね? そういうことになってくると、色々と」

「そうなんだよなァ、二人でギリギリカツカツ、それがのっぴきならない事情ってやつでさ。だから方々手を回して、最初はちょいとくらい寂しいお給料でもバリバリ働いてくれて、即戦力のツワモノでかつ将来有望で、できたら気の良い若モンをさ、それとなーく探してるわけなんだけどさァ」

 そんなお人好し優良物件は当然、そうそう見つかるわけが無いと僕でも分かる。その証拠に、石村さんはデスクへぐったりと突っ伏した。

「ま、追々ね……今は仕方ない。どうにもならない。激務からの事故が起きないのを祈るばかりでね……はァ」

 軽くため息を吐いてから、石村さんがコーヒーを取りに席を立ったところで、ぷるると電話が鳴って、僕は受話器を取った。

「はいこちら……え? ええそうです……教授? どちらの教授です?」

「はい、はい、はい、はい。俺の電話。矢田くん、こっち回して」

 内線を回すと、戻ってきた石村さんはペンを取り出して、受話器を耳にさらさらと、真剣な顔でメモ書きを始めた。普段はいまいち不真面目にも見えて、石村さんはいつもそんな風にして、仕事熱心だ。

 石村さんが二人へ、特にみつまさんへと向ける視線が、何だかこう……あったかいというか。そんな感じに見えるのは、僕も薄々気付いてはいるんだ。従業員を預かる身なら、当然なのかもしれないけど。

 あれは何だかそういうのとは、少し違う気がする。上手くは言えないけど。

 ……そういえば石村さんって、独身なんだよなぁ。うーん。




19.

「おじーちゃん? おじーちゃーん? いないの?」

「といれぁも?」

 わたしの業務内容と言ったら、簡単なもんです。

 朝イチで出社して、まずは道具の日常点検。通報が来て、お嬢さんがたにお鉢が回ってくるようなら、カウンターにそいつを出しておいて差し上げる。無事を祈りつつ資料の整理なんぞを片付けて、そいでこうしてお嬢さんがたが戻ってきたら、わたしゃ笑顔で出迎えて差し上げる。

 そんだけのことなんです。

「はいはい、お待ちどうさん。ちょいと昔の資料を整頓しとってね」

「ああいたいた。おじーちゃん、これ戻すねー点検ヨロシクゥ!」

「いぅもあぃぁと、おっかれしゃま!」

「はいはい、お疲れさん。今日も怪我あ、無かったかね?」

 にっかり笑うお嬢さんがたから、使い終わった道具を受け取ってね。一通り点検整備したら、ロッカーに収める。簡単な部品交換くらいならわたしにもできますからね、そういう時ゃパッパとやっちまってからね。無理ならスペアを出しといて、注文書を書いて揃えとく。帰り際にそいつを矢田くんあたりに投げておく、忘れんようにって釘刺しながらね。

 そんだけのことなんですよ、わたしの仕事と言ったら。若いお嬢さんがたが命張ってドンパチやるのにくらべりゃ、大したことはないんです。

 十何年もそうやって、わたしゃお嬢さんを見てきましたよ。そりゃもうずーっと、毎日毎日、キモ冷やしながらね。今日は足がもげて帰ってくるか、明日は腕か、そん次ゃ首かってね。来る日も来る日も。正直言って、この仕事をこんなに長くやることになるなんて、思っちゃなかった。

 今でも別に、この仕事に愛着があるわけじゃないです。早いとこ隠居して、ウチの縁側で猫やら孫やらと昼間っから寝こけたり、将棋打ったりしてられるんなら、そのほうがいいって思ってんです。でもね。

 ここまで付き合っちまったからね。そんならもう、最後まで付き合わなきゃ、気持ち悪くてしょうがない。残尿感に似てますかね、この感じは。

 つまんないこと言いましたかね。ま、ともかくわたしは、お嬢さんがおっ死ぬか無事に寿引退するかどっちかまで、ここで踏ん張るつもりですよ。それまでに、わたしのほうがぽっくり逝っちまわなきゃあですが、ね。




20.

 十年以上前に一度顔を合わせただけの自分を、教授は覚えてくれていたようだ。

「うん、うん、もちろん覚えとるよ、えー。石川くん」

「石村です」

 思えば、この研究室が最初だった。当時は誰しもが俺たちを、奇妙なものを見る目で眺めたものだ。その中でいくらかまともに取り合ってくれたのが、教授だった。

 教授は学者らしくビーカーから注いだコーヒーのカップを俺の前に置いて、まァどうぞ、と言った。そんなところとか、羽織ったよれよれの白衣あたりがつまりは、酒井教授が学者らしいと思わせる数少ない要素だ。

 彼はあまり理詰めで物事を考える、といった印象では無かったように記憶している。何事にもぞんざいなだけだったのかも知れないが。

「ほんで、電話でお伺いした件だがね、えー、石山くん」

「石村です。ハンター、とあだ名されている処理業者についてです」

「そうそう、彼だが。彼女だったかな? ともかくお尋ねの件だがね。私が研究畑で聞いてみた話じゃ、ハンターちゅうやつは、予知……と言って差し支えない精度で、ムシの出現時刻と位置をぴたりと言い当てるそうだよ」

 何日も経たないうちにこうして呼びつけられたあたり、教授も噂には目を付けていたらしい。電話の向こうで聞いた声のままに、彼はどこか浮き浮きとしているように見えた。

「それで教授、あなたの見解は……」

「いやァ、分からん! 分からんのだが、確かに石村くん、こいつは興味深い。本人にぜひ直接、話を聞きたいところなんだがね」

「断られましたか」

「ケチくせえよなァ」

 腕を組み、ぐりんと首を傾げながら、教授はため息を吐く……しかし俺には、彼が確信には至らぬ程度ではありつつ、何かしらの見解を見出しつつあると、そのように見えた。彼の窪んだ目はいつかと同じ、ぎらぎらと光を帯びていたので。

「教授……」

「のああ、いかん! 釜田くんが来よる! 石岡くん、続きはまた次回にな!」

「石村です」

 何気なく窓を覗いた教授が何やら慌て出し、肝心なところを聞く前に、俺はひとまずの退散を余儀なくされてしまった。カマタ? どこかで聞いた名前のような、ふム、どこだったろう。

 ドアから追い出される前に、ああそうそう、と教授は俺を真っ直ぐに見て、言った。

「私ゃね、石田くん。いや確信には至っちゃおらんのだがね。私は、あれが……ええ、何と言うかな。ムシがね、その……」

「石村です、何です?」

「私ゃあれがね、言わば、群体……ちゅうかね、そのような役割を果たしとるんじゃあないかと、最近そう思えてきとってね。パッと見そうは見えんだけでね。連中何か、私らには分からんだけで、何かこう……一つの目的に沿って、動いとるんじゃあないかと…………いや。いや、ああ、いや。うん。すまんね、今のは忘れとくれ」

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