12.感動は一般にポルノである

👉ポイント

・対障碍者に限らず、感動は背景にある社会的問題やマイノリティ差別を覆い隠す

・創作の際は、非現実的設定で背景を消し去るか、感動を放棄すべき


※今日は図表なしです


「感動ポルノ」という言葉が昨今よく聞かれます。元々はオーストラリアで生まれた言葉だそうですが、日本では『24時間テレビ』に対する批判から有名になりました。障碍者に「清い心で頑張る」みたいな勝手なイメージを押し付け、感動するために利用するという点が問題視されているようです。


 しかしながら、この構造は障碍者関係に限りません。そもそも感動は、次の二つの要素によって成立します。まず、初期条件です。典型的なものは逆境でしょう。「痛みに耐えて、よく頑張った」という場合の「痛み」にあたる部分であります。もう一つは、困難に対する人物の努力のようなプロセスであります。上で言えば、「耐える」「頑張る」に対応しましょう。何らかの望ましくない「初期条件」を克服しようとする「プロセス」が感動を生むのです。


 これが成立するためには、人物が状況に対して相対的な弱者である必要があります。あらゆる敵をワンパンで倒してしまうのでは、感動もへったくれもありません。もちろん、これは遭遇する困難との比較で成立するものですから、イチローの偉業に感動することは可能です。


 より詳しくみていきましょう。例としてここでは坪田信貴『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』を扱います。いろいろの批判はありましょうが、感動の構造を見る上では好ましいと考えるからです。何より、タイトルを書くだけであらすじがだいたい伝わるというのが、こういう場では便利です。


 最初に、「初期条件」を考えますと、相当な逆境である「学年ビリ」が「慶應大学に現役合格」を目指す点が該当するでしょう。


 この条件設定は巧妙です。「学年ビリ」と聞くと我々は、怠惰だとか愚鈍だとか、その人本人の性質に原因を求めがちです。つまり、この条件自体には特に問題を感じません。しかし、これは正しい認識といえるでしょうか。当該作のモデルが非行化した背景には家庭内の不和があるそうです。一般的にも、貧困であるとかいじめであるとか、本人にはいかんともしがたいが周囲ないし社会の努力で改善しうる問題が原因で成績が悪化している子供は多いでしょう。更に、受験に挑戦するという判断も、親や教員に強いられているともいえます。身体障碍のような分かりやすさがないだけで虐げられたマイノリティであるのに、直感的な印象がこうした問題を蔽い隠しているのです。


 次に、「プロセス」について見ましょう。「1年で偏差値を40上げて」というのがまさにこの部分に当たりましょう。


 大学受験というのは多くの人が人生で経験することですし、また誰にでも道は開かれていますから、表面的には「自分と同じ」という共感を生みます。ところが、実際には「私は偏差値50だからこの人よりましだなあ」「俺は慶応を受けるなんて無茶はしないけどね」などと、このケースとの差異を認識しているはずです。無意識のうちに自分を彼女ら(成績が悪いのに受験する人々)とは異なる相対的強者とし、安全な地平から眺めることで「感動」するのです。


 このように、我々は感動するとき、本来注目すべき問題から目を背け、「わたし」と「彼/彼女ら」を区別し、美しいものだけを見ています。すなわち、あらゆる感動はポルノなのです。


 翻って、障碍者を利用した感動はどうでしょう。まず「初期条件」ですが、現在の障碍者が置かれた環境の厳しさについて、社会全体の差別や制度上の問題から切り離して考えることはいくら何でも無理があろうかと思います。「プロセス」についても、健常者と障碍者という対立軸が明確な場合、「わたし」と「彼/彼女ら」という区別に無自覚でいるのは中々にハードルが高いでしょう。常ならば巧みに隠匿されている、「感動はポルノである」という不都合な真実を、白日の下にさらしてしまうのです。


 創作するにあたり、感動のポルノ性にどのように対処するべきでしょうか。一つには現実とかけ離れた物語にすることで、「初期条件」の背景を消失させるという道が考えられます。もっとも、『魔法科高校の劣等生』のように、生半可ではメタファーになってしまいますから、「神様の手違いで異世界転生した」設定のように荒唐無稽を突き詰める必要があります。


 いま一つの方策は、感動を放棄することです。ここで、「3.史上最も文字を読む時代」で指摘した非活字テキストの特性が生きるはずです。

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