【コーヒーブレイク】東犀川三四郎という駅

 近年、「聖地巡礼」と称してフィクション作品の舞台を巡る形態の旅行が一般化しましたが、この発想自体は新しいものではありません。


 夏目漱石の『三四郎』もそういった舞台探訪の対象となってきた作品の一つでしょう。作中で三四郎と美禰子が出会った場所である、東京大学本郷キャンパスにある池は『三四郎池』の俗称がすっかり定着しています(正式には『育徳園心字池』というそうです)。


 同様に『三四郎』にちなんで施設名として、福岡県京都みやこ郡みやこ町にある東犀川三四郎駅が挙げられます。三四郎の出身地が京都郡であることに由来していますが、こちらは幾分状況が複雑です。作中で三四郎の出身地は「福岡県京都郡真崎村小川」とされていますが(宿帳に住所を記すくだりより[1])、この真崎村小川というのは架空の地名です。郡より細かい出身地は明言されていないのです。


[1]青空文庫「夏目漱石 三四郎」

http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/794_14946.html


 ですから駅設置の根拠は作品外の情報に求めねばなりません。実は、三四郎のモデルになったとされる小宮豊隆がこの駅の近くの出身だったのです。


 このように東犀川三四郎という駅名には、単に作品世界の投影にとどまらない、現実と虚構の混濁を見出すことができます。観光用の愛称のレベルですが、近年の「米子鬼太郎空港」「鳥取砂丘コナン空港」も、それぞれ原作者の水木しげる、青山剛昌の出身地が近隣に位置することに由来しますが、作品内容とは特に関係なく、似通った構造を有していると言えるでしょう。


 現代に生きる我々の感覚からすると普通のことのように思われるかもしれませんが、駅が開業したのは1993年です。それ以前の時代にはあるいは受容されなかったかもしれません。

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