第8話 陰謀家たち
「待たせたね、高橋君」
顔をあげるとそこには博士と、偉そうな顔をしたスーツ姿の男がいた。
「高橋君、こちらが例の上級議員、田中雲崗氏だ」
「はじめまして高橋君。私は田中雲崗。お会いできて光栄だ」
イタリア製の高そうなスーツに議員バッヂ、それから派手なネクタイに金のたんまり詰まっていそうなブランドモノの財布。間違いなく上層部の人間だ。しかし・・・どこかで見覚えがある顔だ。どこで会ったか思い出せない。
「あんた、俺と以前に会ったことは?」
「私と?・・・私の知る限りではないよ。それとも街で偶然顔合わせをしたかな」
「・・・」
ここで博士がわざわざ横やりを入れる。
「まあ、田中議員ともなれば有名だから、君が既視感を覚えても無理ないだろう。彼は国会議員でよく選挙ポスターにも載っていた。街頭演説を聞いた事は?『皆さん、わたーくしが、わたーくしが田中雲崗でございます!』聞き覚えがあるだろう。人脈のない無所属から一気にのし上がり、今じゃ田中派と言われる一大勢力を欲望渦巻くあの議事堂で作り上げたほどだ」
「それに、彼は政治活動のみならず慈善活動にも積極的で、しばしば賛同者を抱えて言葉によるヒーリング、自己啓発、心の救済などを行っている。彼の功績を妬んでいる奴らは、まさしく彼が悪質な『カルト宗教』の教祖であるようなレッテルを張るが、しかし彼は純粋にMPO団体を運営しているにすぎないのだ」
「ふーん、で、そのMPO団体様が法を犯してどこぞのカルト集団よろしく、一斉に俺を拉致したってわけか」
「・・・誤解してほしくないのだが、我々も手荒な真似はしたくなかったのだ。ただどうしても君が他者の手に渡ることを避けたかった」
「確かにウンコ製薬と田中雲崗議員、それにウンコカルトの癒着なんてバレたら大問題だからな」
俺はジョークをかましたがイマイチ反応がよくなかった。
「さて田中君、私たちがなぜ君を監禁しているか分かってくれたかね」
「ああ大体な」
「よかろう。ではついてきたまえ」
そういうと議員は俺を尋問部屋から外に連れ出した。
俺はここでどっかのB級スパイアクションみたいにこいつらをぶちのめし逃亡することを考えたが、いろいろ考えてやめることにした。確かに俺の火炎魔法Lv2を使えば、こいつらなんか一撃で焼死体だし、未だに野蛮な拳銃を使っている奴ら相手ならここの警備を全滅することができる。しかしそんなことをして武力行使をしたら後々面倒だ。MPが切れたら終わりだしな。それに、こいつらに協力しておけば、俺以外の6人に会えるチャンスが見つかるかもしれない。今のところ、異世界の話題を共有できているのはコイツらだけだから。
俺は例の観察ルームに入った。研究員だか何だが俺を上からジロジロ見ていた部屋だ。
「さ、そこにかけたまえ」
俺は言われた通りに座った。
「高橋君。私も色々言いたいことがあるが、とりあえずはさっきの君の質問に答えるとしよう。異世界の怨恨が我々の脅威になる、ということだったかな。その件については博士から聞いているとおもうが心配には及ばない。我々もただ準備もなしに異世界を目指すわけじゃないからね。博士、例のリストを」
そういうと博士はさっきのクリップボードと別のファイルをもってきた。
「この用紙に書かれているのは君のデータ。そしてこっちのファイルは君と境遇を同じくする『我々の擁する』漂流者たちだ。ほとんどは死に絶えたが、唯一の生存者がいた。彼から異世界の技術を少しばかり受け取ったところだ。・・・素晴らしい技術だ。その気になればこの国を乗っ取ることができる、クックック。しかし我々は悪用するつもりがない。いや、することができない。なぜならこれを扱うには2つの制約があるからだ。1つは君も知っていると思うがMPの問題。異世界のテクノロジーを使うためには体力とは別の『魔力』を消費する必要がある。異世界では寝れば体力が回復するように自然と回復するのだが、この現実ではまったく回復しない」
俺はあの時火炎魔法を使わなくてよかったと思った。
「もう1つは現行法の問題。我々は体力に基づいた社会において、何百年も前から築き上げられてきたルールによって、社会構成員としての信頼を得ている。そこに魔界のルールを安易に持ち込んだら?多くの信頼を失うことは必須。政治家として、私はそんな野暮な選択を行うつもりはない。私は国民の信頼によって選ばれたのだからね」
コイツの狙いがますますわからない。
「だったらいったいなんのために」
「純粋に利権を得るため。金の流れをつかむため。私は多くの団体を擁しているがそれでは資金が足りないのだ。国を動かし世界の頂点に立つためにはもっと金がいる。私はこの国が世界の頂点に立つことを夢見てきた。そしてそのための手段がここにある。高橋君ならわかってくれると思うが」
確かに頂点に立つ喜びは知っている。俺も宗教の教祖として、あてずっぽうなことを言ったとしてもその意を考えない大衆に熱狂される悦びを忘れたことはない。俺と彼はある意味似た者同士だ・・・だが、だからこそ俺は多くのものを失い、かつて20年前のように孤独を彷徨った。彼もそうなるのだろうか。
「田中議員、ますますやめておいたほうがいい。野心ある人間は必ずスキを突かれて凋落する。世の常だ。歴史がそう物語っているし、俺自身それをこの20年痛いほど経験した。しかしそれでもやるというなら・・・俺はあんたを見届けるとしよう。あんたが失敗し、泥水を飲むようになった頃、俺はあんたを上から見下ろし、ただ一言『哀れだな』って言ってやるのさ」
「じゃあ、君は私たちに協力してくれるということだな?」
「どうだか」
「イエス、ということだな?」
「おいおいマジかよ、今の話を聞いてなかったのか?」
「イエス、ということだな?」
こいつはもう救えないということがわかった。だがそれは俺にとってもそうだ。正直さっきは格好いいことをいったが、実際この社会を守る道義など俺にはない。俺を底辺扱いし、見下し、地獄へと追いやったクズ共のための社会だ。こんな社会はつぶれてもいい。・・・しかし、今俺にとっての救いは、「人間が信頼できる」ってことではないか。俺は何度も裏切られ、何度も嫌な思いをした。正直、もう生きるのに疲れた。それでも、俺はあの6人を、20年経った今でも信頼している。彼らに会うために、だれも信頼せずに会おうとするのは困難だろう。彼らに会いたい。だから俺はこいつらを信頼する。俺が裏切られて死んだとしても、もともと死んだも同然だ。
「ああ、もういいよそれで。面倒くさいし。・・・だが」
俺は田中議員とモーリス博士に警告した。
「あんたたちが国家転覆を匂わせていると俺が感じた時、その意図に関わらず現実社会に危害を加えることになった時、俺はアンタらを裏切り異世界のために立ち上がるぞ。アンタらの生首を天に掲げ『裏切者には死を!』と叫ぶ。アンタらはいくつかある人間の死の中で、もっとも不名誉な死を遂げる。それほどの覚悟はあるんだろうな」
「ハッ、君に何ができる」
「いくらMPの回復がないとは言え、俺にはまだ中上級の魔力がある。100人の皮膚を溶かすくらいには魔法がまだ使えるということを言っておこうか」
「構わんよ。私は政治家として命を懸けてここにいるんだから。博士は?」
「えっ、私ですか、私も同感です。田中君、我々の科学力を甘く見てもらっては困る。何千年の歴史の中で凝縮されたエッセンス、マネジメント、メンテナンス。君の魔力には劣るとも、多くの失敗を回避するほどの力がある」
「あっそ。すきにすれば」
いつの時代にも狂った陰謀家はいる。
「で?俺は何を手伝えば?」
「まずはだな・・・」
***
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