流離の幻術師〜 A wandering evorker〜
@TRy1999
プロローグ【前】
時の英雄アルヴィス・フラッド等によって小国群が統治され乱世は終結。
アルヴ帝国が誕生し、一時の平和が訪れた。
・・・・・・かと思われた。
帝国のとある小さな村に生まれたの少年によって再び時代は動いてゆく・・・・・・・・
~~~~アルヴ暦 246年~~~~~
「おい、本当にこれで全てか?」
長閑な村に中年の兵士の声が拡がる。
「左様でございます、兵士様。これが今回の税になります。私が確認致しましたので間違いは無いかと。」
受け応えるのはまだ若い1人の男。
彼の名は“エルシーク”,先月16歳になったばかりだ。
そして村一番の算術ができる者だった。
「ふん、農民のくせに生意気な。おい、お前コイツの言ってることは本当か?」
近くにいた部下の1人に男が訊ねた。部下である細い身体の男は答える。
「私の実家は商いを営んでおりまして、私も多少の算術はできるのですが,かの者は嘘をついておられるようです。私の見立てでは麦がもう2袋程足りぬかと....」
「ほう、では、コイツは俺に対して嘘を吐いたと?」
「そうなります」
2人の兵士がニヤニヤと笑みを浮べながら前もって決めてあったかのような言葉を口にする。
周りの兵士数人も同調するかのようにニヤけていた。
(ちっ……コイツら全員グルかよ)
エルシークは心の中でそう思いながらも顔に出さないように堪えていた。
「おい、聞いていたか?麦が2袋も足りないではないか。詫びも含めて追加で後7袋持ってこさせろ」
この言葉には先程から我慢していたエルシークも聞き捨てならなく,兵士に食い下がった。
「なっ....先程仰られました2袋に関しましては出しましょう…しかしこれ以上税をとられましては来年の作付けも出来ませんし何より村人が飢えてしまいます!!」
「下民如きが兵士に逆らうか!!」
エルシークの反論が気に食わなかったのであろう。腰に携えた剣を抜き首元に突きつける。エルシークの首からは僅かに血が流れ、剣を伝って滴る。
「ッ・・・・」
これにはエルシークの顔に脂汗が溜まる。
周囲には騒ぎを聞きつけた村人がゾロゾロと集まってきた。
「おいおい、どうしやがったんだ?」
「エルシークの野郎が兵士に逆らったらしい..そのせいで追加で麦を7袋もとられるんだとさ」
「7袋って・・・おい!それじゃ俺らの生活が儘ならないじゃねぇか!!」
「あぁそうさ、算術だけは出来るからって仕事を与えてやったのに税を払うどころか更に搾り取られる始末さ。これなら、俺がやった方がまだましさ。」
「そうに違げぇねぇ」
これ以上人集りが出来るのを避けたかったのか細身の兵士が諭し始めた。
「まぁ、隊長いいではありませんか、足りなかった麦も出すと言っていることですし。ここは隊長の寛大な心で見逃しては如何でしょうか?何より下民如きで剣を汚されては品が落ちてしまいます。」
隊長と呼ばれた中年男は満更でもないようでエルシークに向けていた剣を手元に戻し、垂れていた血を拭う。
「それもそうだな、よし、お前。今回は俺の寛容さにて見逃してやる。
だが、二度目はその首を撥ねて獣の餌にでもしてやるから、覚えておけ」
その言葉を残し兵士達はさっさと麦を馬車に詰め込み去っていった。そして、次第に集まっていた村人も各々の仕事場へと戻っていく。
「エル━━っ!!」
その場に立ち尽くすエルシークの元に走ってくる1人の黒髪の少女。エルシークより1つ年上の彼女は首から血を流すエルシークを見て驚く。
「ちょっ....結構血が流れてるじゃない!?今度は兵士に喧嘩売ったわけ?
バカだ,バカだとは思っていたけど流石の私でも今回は怒るわよ!!」
「い、いや...そんなこと無いさ、向こうが過剰な税を吹っ掛けて来たんだ..」
(もう既に怒ってるじゃないか…)
そんな事を思ったのだが、口にしてしまえば彼女は更に怒るだろう。そうなってしまえばエルシークでも止められない。彼にとってはある意味兵士よりも強敵なのだ。
「言い訳なんていいの、どっちにしても揉めたんでしょ..そんな事でエルが死んだら私っ.... 」
「ゴメン.....リサ..」
リサと呼ばれた少女の瞳から一粒の涙がこぼれる。幼少期から姉弟同然で育ってきた彼女にとってエルシークはまだ手の掛かる弟のような存在だ。
「ううん。・・・昔からエルそうだったもんね、でもいい?エルは唯でさえその“蒼い目”で嫌われてるの。算術ができるから何とか家の親が便宜を図って仕事を 与えられてるけど、今回みたいに問題が起きたら庇いきれないわよ..」
「あぁ・・・分かったよ・・・・・・・・・・・・」
“蒼い目”..エルシークが生まれつき持っておりその不気味さから村で忌み嫌われていた。所謂“オッドアイ”というものだ。
そんな中でも変わらず接してくれたリサはエルシークにとって唯一信頼でき、全てを話すことが出来た。
「ほら、何ボーッとしているの..
早く私の家に来なさい。手当してあげるから・・・・・・」
怒っていながらどこか悲しげな声で呼びかける。
「分かったよ..直ぐに行くよ」
(全く、泣き顔に見惚れていたなんて死んでも言えないな・・・)
エルシークだって年頃の男だ。姉弟同然だからといっても自分と変わらない歳の少女が泣いているのだ。それも自分の為に。
胸にこないわけが無い。それにリサは、美人だ。
肩まで伸ばした黒い髪は艶やかで,香料でもつけているのであろうか爽やかな香りが鼻を擽る。目はパッチりと大きく鼻はほっそりとしている。誰にも言えないが彼女の左目の泣きぼくろはエルシークのお気に入りだったりする。
そして、何より発育もいい。どこが,とは言わないがしっかりと実っているのだ。母性が溢れているのだ。
そんな事を思いつつも歩くといつの間にか彼女の家の前まで来ていた。
「ほら、着いたわよ。私は井戸で水を汲んでくるから椅子にでも座っておいて。」
エルシークにそう伝えるとリサは家の裏の方にある井戸まで行った。
「おじゃましまーす..」
そうして彼女の家改め村唯一の診察所に入り、待合室のような場所の椅子に座る。すると、奥からリサにそっくりな女性出てきた。
「あら、いらっしゃいエルちゃん..ってまぁどうしたの!?その傷!!」
「おばさん、おじゃましてます..まぁこれは仕事でヘマしちゃって..ハハハッ」
「お母さーん、いるんでしょ?薬の準備してくれない?」
裏の方からリサの声が聞こえる。
「はいはい、傷薬ね。すり鉢と薬草はここにあるから....後は井戸水だけよ」
「今持ってきましたよ、っと」
「あー、何か悪いな..リサ、おばさんもご迷惑をおかけします..」
「いいの、好きでやってるんだから」
そう言ってリサは井戸水を少しづつ、おばさんがすり潰してる薬草に加えていく。
最初は固まって沈んでいた薬草もみるみるうちに井戸水を緑に染めて、ドロっと重くなっていく。
「そうよ、別に迷惑だなんて思ってないわ....この子も言ってるように好きでやってるのよ。
ほら、出来たわよ傷薬。それじゃあ、私は村長の家に定期診療に行ってくるから、
後は若い子どうし仲良くやってちょうだい。」
「もう///お母さんったらっ」
顔を赤くする娘の様子を見て微笑んだ後おばさんは外に出ていった。
「いつ見ても、いい家族だよな..」
そう呟くエルシークには哀愁が漂う。事実,彼には血のつながった家族はもういない。体が弱くかった母親は昨年,流行病によって亡くなり、父親はエルシークが産まれてくる前に農民兵として徴兵され,帰らぬ人となった。
「何白けるような事言うのよ…エルも家族でしょ・・・・・・っと、はい塗り終わったわよ。薬渡すから毎日1回は塗ること、そして包帯は清潔に保つこと。」
「あぁ、ありがとう..それじゃ俺は帰るよ」
「もう帰るの?もう少し家に居れば?」
「あぁ、今から山に昨日仕掛けた罠を見に行かないと。まぁどうせ何も掛かってないだろうけど...日が落ちる迄には帰ってきたいんだ」
「そう、それじゃ仕方ないわね、気を付けてね」
「あぁ、今度また新鮮な肉でも分けてやるよ」
「楽しみにしてる..でも無理だけはしないで.....」
リサの言葉を背中に受けエルシークは村の外れの家に戻る。弓矢やナイフがなければ掛かった獲物を仕留められない。
村の中を歩くエルシークに度々憎悪の視線が突き刺さる。普段からその見た目によって“忌み子”と嫌われてるため視線を感じることもあるが今日はいつも以上にその数が多い。
(どうせ、兵士に逆らったから村自体が目をつけられたとでも思ってるんだろうな...
俺がやらなきゃ、もっと搾り取られてるだろうに......
まぁ村を出てしまえばこの鬱陶しい視線も無くなるか。)
エルシークはこの村に深い思いを抱いてるわけではない。だが、それでも村というコミュニティに属している。何もしないで生きるというのは彼の良心に反する。
実際、エルシークが担当する前はただ言われるがままに受け渡していた。特に前任は酷かった。裏で癒着しており、税を余剰に渡す代わりに酒等の嗜好品を恵んでもらっていた。それが明るみになったときには村中の人が激しい怒りにをおぼえた。
因みにその者は村民の総意によって財産を没収され村から追い出されてしまった。
エルシークには知ったことではないが。
村を出て歩くこと10分、家に戻ったエルシークは納屋を開けて中から弓矢とナイフ、解体した肉を入れる麻袋を数枚手に取り山に入って行った。
山の中は危険でいっぱいだ。特に秋から冬の間は獣達の繁殖期で気性が荒くなる。実りも豊富になるのだが相応のリスクも伴う。それに、そんな豊かな山だからであろうか希に魔物が迷い込むこともある。
もし魔物が現れたら村に留まってる兵士10名ほどが速やかに討伐する。
そういった危険があるはずなのだがエルシークの足取りは軽い。それもそのはずだ。もう既に通り慣れた獣道。小さい時からリサを連れて何度も登っていた。その度によく怒られて泣いていたが、す今となってはいい思い出だ。
今回罠を仕掛けたのは全部で3箇所。獣もバカではないようで何度も罠を仕掛けた所には決して近寄ろうとしない。
だから、度々仕掛ける場所を変えるのだ。
それでも毎回掛かる訳ではない。何もいないなんてことはよくある。どれか1つでも獣がいれば運がいい、といった感じだ。
今回も例外ではないようで1箇所目の罠はハズレだった。
2箇所目は付近に鹿らしき足跡を見つけたために、もしやと期待したが惜しくも罠の横を通っていったようだった。
(これで、最後か....)
そして向かうのは3箇所目の場所、もう殆ど諦めているのだがそれでも心のどこかでは期待が存在している。
ガサッ..ガサガサッ
(おっ、何かいるな)
音がする方をそっと覗く。
すると、そこには1頭の猪が罠から抜け出せないようでジタバタと動いていた。
(今夜は牡丹鍋か..美味そうだな…)
そんな事を考えていたら無意識のうちに涎が垂れてきたので、袖で拭って矢を構える。
獲物との距離は50mほど。猟人ならば十分に当てられる距離だろう。引き絞った弓から矢が放たれる。
矢はヒュンッと風を切り一直線に猪へと進む。
ブフォォォォォォッッ
突然の後ろ脚の痛みに猪はより一層激しく暴れる。しかし、どんなに暴れても外れない罠、寧ろ激しく動くほどに脚に食い込んでくる。
そんな悪循環に陥った猪のことなどお構いなしに、エルシークは2本目、3本目、4本目と矢を放つ。
そのうちの1本が右目に刺さり、脳まで届いたのだろう。猪はその場に横たわりピクリともしなくなった。
倒れたのを見届けてその場にあった枝で猪の顔をつつく。どんな生き物でも死ぬ直前が危険だ。
正しく「窮鼠猫を噛む」といったところか。
枝にも反応を示さないのを確認して、すぐさま腰に携えたナイフで首を切り落とし血抜きを始める。今回の猪は体長が1m弱、重さ70kgと成獣にしては比較的小柄な方だか食糧としては十分だ。
血抜きをしている間にその立派な犬歯を取り目と体に刺さった矢を抜いていく。
村では金属は手に入れにくい。
エルシークが言うには「鏃は研いだらまた使える」とのこと。
そういうことでいつもの様にナイフで矢の周りの肉ごと切り落とし丁寧に肉を削いでいく。
全ての矢を回収し終えたところである程度血は流れ出たようで毛皮を剥ぎ取り、内蔵を取り出して肉をブロックに切り分け、袋に詰めていく。
「ふぅ......やっと終わったか..これは早く降りないと一雨降りそうだな...」
一仕事終えた満足感に浸りつつも早く下山するために荷物をまとめる。
言葉どおり、その空にはこれからの不吉を予感させるかのように雨雲が存在していた。
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