(2)

『エスト』と書かれた木の板は、本来あるべき村の入り口からかなり外れた道の端に落っこちていた。

 とりあえず拾い上げて道の先を見ると、村の入り口にある木の門が斜めに傾ぎ、それを直そうとする村人達が取り巻いている。

(……なんだ、こりゃ)

 板を抱えたまま呆然と立ち尽くす青年。と、その様子を見た村人の一人が、嬉しそうに走り寄って来た。

「おお、神官さん。それを見つけて下さったかね。ありがたいだよ」

 その肩には削り出したばかりの板が担がれ、手には大工道具の詰まった箱が握られている。

「随分飛ばされちまってたんだなあ。今ちょうど、新しいのを作ろうか話してたところだったんだ」

 青年の手から板をもぎ取り、嬉しそうに話す村人に、青年は眉をひそめながら尋ねた。

「……季節外れの台風でも?」

 よく見れば、壊れたのは村の入り口だけではないようだ。ここからではよく見えないが、少なくとも鐘つき堂らしき屋根が半壊しているし、二階建て以上の建物ほとんどに被害が及んでいるように見える。

 しかし、青年の問いに対し、村人は違う違うと首を振った。

「昨日の夜、突風が吹いたんだよ。それで村の門から鐘つき堂から、いろんなところが吹き飛ばされちまってなあ。村のもん総出で修理してるところだよ」

 今までこんなことなかったんだけども、と首を捻る村人は、ここでようやく青年自身に興味を持ったようだった。

「神官さん、もしかしてユーク分神殿の後任の神官さんか?」

「はい。ラウル=エバストと申します」

 神妙な面持ちで答える青年。そう、第一印象は大切だ。

「そうかそうか! いやー、よく来なさった! 待ちわびてただよ!」

 嬉しそうにバンバンとラウルの背中をぶったたく村人。その喜びようは少々大げさで、一抹の不安がラウルの脳裏に過ぎる。

(そういや、前任者がどうして辞めるか聞いてないんだよな……)

「あの……」

 聞こうとした矢先に、村人がしみじみと答えをくれた。

「いや~、ゲルク様もとんと物忘れが激しくなって、まともに葬式あげられなくなっちまったからなあ。村の年寄りみんな、心配してたんだよ。何より、まず爺様自身、かなりの年だからよぉ」

(な、なるほど……)

 ラウルの仕える神は、死と闇の神ユーク。その神殿の主な仕事は葬式だ。

(葬式あげる側が棺桶に片足突っ込んでるんじゃ、冗談にもなりゃしねえな……)

 まあ、神官に定年はないのだから仕方ないと言えるが、せめてボケる前に退職してもらいたいものだ。

「しかも爺様、自覚がないもんだからよ、ホント手におえなくて、ほとほと困り果ててたところなんだよ。どうしようもなくて、村長が後任を送ってくれるよう懇願したくらいだからなぁ」

「……それはそれは……」

「いやほんと、よく来てくれただよ。とりあえず、村長の家に案内するからよ」

 そう言って歩き出す村人の背中を追いながら、ラウルは深く溜め息をついた。

(なんか、エラいところに飛ばされちまったなぁ……)

 どうにも前途多難な風向きであった。

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