第23話「無敵の笑顔で」
ただし、自分へ向けられている訳ではない。
艦内の食堂へ顔を出したラーズグリーズ小隊は、あっという間にクルーたちに囲まれてしまった。
やはり、ユアン以外の全員に迫って取り囲む。
「ナリアお姉様! さっき、ニュースの中継で見てました!
「ラステルもやればできるじゃんかよー! 最高の演技だったってさ!」
「イーニィちゃんもお疲れ様。ほんとにもー、ハラハラしたんだから。ここの協商軍は全部、フェンリルに掌握されてると見て間違いないんだからね? でも、無事でよかった」
ぽつねんと取り残されたユアンは、華やかな女子たちの黄色い声に溜息を
自分にできるベストを尽くした。
仲間たちは自分に呼応し、協力してくれた。
この市民感情が過敏な時期、敵地でのアクロバット飛行……それがなにをもたらすかは知っている。朝の空気を騒音で切り裂いたし、市民団体にも付け込む
そのことに先ずは満足し、自己満足で終わらせないための戦いが始まる。
そんなことを考えていると、ユアンの元に一人の女性がやってくる。
意外にも、唯一ユアンをねぎらってくれたのはオペレーターのリンルだった。
「お疲れ様です、ユアン中尉」
「あ、ああ……その、どうも」
「なにか? そんなにおかしいですか、私が中尉に話しかけては」
「いや、ただ、こう……いつも話しかけると迷惑そうにしていたから」
「当然です」
どうやら周囲に聞かれたくない話があるようだ。
「……ユアン中尉、ばらしたら……わかってますね?」
「な、なにをだ……あ、ああ! あの、月刊ボーイズ・エデンとかいう――」
「声が大きいです。静かに!」
グッとリンルが顔を近付けてくる。彼女は一度周囲を見渡してから、さらに声を絞って尖らせる。まるで
どうやら彼女は、男同士の同性愛が好きらしい。
そのことに対してユアンから言うことはないし、思うところもない。
ただ、女だらけの
主にユアンのせいで。
「このことは内密に願います。いいですね?」
「か、顔が近いんだが……リンル軍曹」
「ムツミ艦長ほどではありません。どうなんですか、中尉」
「因みに、ばらしたら、どうなるんだ……?」
「中尉の部屋の鍵を、最新鋭の電子ロックにします」
「やめてくれ! 部屋に入れなくなってしまう! ……機械は苦手なんだよ」
「指紋認証型のセキュリティレベルが高い鍵にします。音声認証も搭載で、触れずに
「わ、わかった! わかったから。誰にも言わない、約束する」
ようやく満足したのか、リンルは大きく頷くとユアンから離れた。いつもの怜悧な澄まし顔で、そのまま
だが、一度だけ立ち止まった彼女は、肩越しに振り返って小さく笑った。
「それと、ユアン中尉。素敵でした」
「そ、そうか……ありがとう」
「動画をアップしておいたので、あとで見てみてください。御自身の飛んでいるところを外から見るというのも、なにか得られるものがあるでしょうから」
「ああ、そうさせてもらう。……
「当然です」
「どうすれば……すまん、機械は本当に駄目なんだよ」
ユアンが取り出した携帯端末を見て、リンルは戻ってきてくれた。そして、まるで魔法のように指を光学表示の立体映像へと走らせる。御丁寧にドローンを飛ばしていたらしく、ユアンたちラーズグリーズ小隊の演技が絶好のアングルで録画されていた。
リンルは必要最低限の操作で動画を再生すると、そのまま行ってしまう。
ユアンは改めて、自分の手の中に今日の作戦を見下ろした。
こうして見ると、完璧に思えていた内容にも粗が目立つ。一晩で練り上げたプランに、実際に飛ぶことのなかった打ち合わせ。リハーサルすらしていないのだから、これはこれで奇跡的と言えるだろう。だが、まだまだということは、自分たちにも伸びしろがあって、これからやるべきことが存在するということだ。
「ふむ……やはりラステルが少しずれてるが、俺も人のことは言えないな。はは、客観的に見ると色々と酷い。……そうだよな。俺は……人を殺す技しか鍛えてこなかったからな」
不思議と
ただ、仲間とこうして飛ぶ日がまた訪れたことに、穏やかな感謝の気持ちが湧き上がる。そして、また平和な空を楽しく飛びたい……見上げる全ての人々を笑顔にしたい。そんな身の程知らずな気持ちが沸き起こる。
英雄の帰還でかしましい食堂が、副長のロンの言葉で静かになったのはそんな時だった。
「さて、皆さん。そろそろ艦長の出番ですぞ? ……昨日の今日でよくもまあ、笑って人前に出れるものです。さあ、一緒に見守り応援しましょう」
それで誰もが、食堂にある大きなテレビ画面へと振り返った。壁一面が巨大なモニターになっており、今は朝のニュース番組が一段落したところだ。今日も政治や経済の話題が終わって、最近だと戦中を振り返るコーナーがあったりする。
だが、今日はレポーターの前に一人の美少女が立っていた。
周囲の皆は知っていたようだが、ユアンは驚きに目を見開いた。
「ムツミ艦長!? 怪我はもういいのか、それに……これはライブ映像だな、場所は……すぐそこ、ヴァルハラが
騒がしくなるクルーたちを掻き分けるようにして、ユアンは人混みの最前列に
ナリアやラステル、イーニィといったラーズグリーズ小隊の仲間たちも驚いている。
どうやら、ユアンたちが出撃したあとでムツミはメディアの前に出ることを決めたらしい。彼女の背後には、巨大なヴァルハラの艦体と市民団体のプラカードが見えた。
『はい、では現場からの中継です! 本日、突然のサプライズ飛行で市民たちを魅了したパイロットたちは、この軍艦に所属する飛行隊とのことです。そしてなんと! 艦長はこんなかわいい女の子なんですねー』
『メルドリン市民の皆さん、おはようございます! わたしは
『あの、艦長さん……顔、近いです。もっとカメラから離れて』
『あっ、すみません! えと、こんな感じでいいですか?』
アップで画面を占拠した笑顔は、少し下がって
とても軍艦の艦長、大佐殿には見えない。そればかりか、昨夜まで生死の境を
そして、フラッシュが無数にたかれる中で喋り出した。
『改めて自己紹介いたします! わたしたちは、戦後の治安維持と平和活動のために、協約軍と協商軍から選抜されたメンバーで構成された独立部隊です。その目的は、今朝も見ていただいた通り、戦後世界の混乱収束のために活動しています』
嘘は言っていない。
ただ、言ってはならない真実を伏せている。
そのことを
だが、レポーターは当然のように突っ込んだ質問をしてきた。
『突然のアクロバット飛行、市民にとっては危険ではなかったのでしょうか? また、朝からジェットの轟音で騒音被害を
『はい! 予告なきアクロバットに関しては、気分を害された方や不利益を被った方に謝罪いたします。ごめんなさいっ!』
ムツミはあっさりと頭を深々と下げた。
しかし、
『現在、ヴァルハラは補給のためにメルドリン市に寄港していますが、市民の皆様から温かな歓迎と厳しい
『先日の協商軍基地でのテロが、こちらのヴァルハラに所属する兵士によって引き起こされたという情報がありますが』
『それについては、現在調査中です。ただ、テロリスト等、平和の敵となるあらゆる存在へと、わたしたちは
『はあ……しかし、ネットでも好意的な意見が目立つものの、一定数の批判は集まっています。それについては?』
『健全な反応ですし、軍隊が
腕組み満足気に頷いていたロンが、パンパンと手を叩いた。同時に、女たちは誰もが慌ただしく走って食堂を出てゆく。船出の時が来たのだ……だが、ヴァルハラの出港を
そのことに関しては、ユアンはムツミの笑顔の向こうに結果を知る。
シュプレヒコールを叫んでいた者たちは皆、静かに
『では、ムツミ艦長。最後にメルドリン市の市民全てに一言お願いできますか?』
『はいっ! メルドリン市の皆様、お世話になりました。これよりヴァルハラは次の寄港地を目指して出港します。でも、忘れないでください……この街の平和は、わたしたちが全力で守ります。いつか守られてることすら忘れられるようになるまで……わたしたちは戦い続けます。悪に目を光らせ、ただ存在して抑止力になるのも、わたしたちの戦いです! それでは、本日はありがとうございましたっ!』
ムツミは再び大きく頭を下げてから、無敵のスマイルでカメラに手を振る。ホッとしたのか、ユアンも気付けば手に汗を握っているのに気付けた。だが、ムツミは満面の笑みでタラップを
こうしてヴァルハラは
艦内に戻ってカメラの目から逃れると……再びムツミは倒れて医務室に運び込まれたのだった。
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