第11話「真実の戦い」

 アラートが鳴り響く艦内に、緊迫感が満ちる。

 ムツミを追って走るユアンは、改めて思い知らされた。ハイスクールの修学旅行かと思うくらいに浮かれたこのふねは……間違いなく実戦のさなかにある戦闘艦、軍艦だった。

 行き交う女たちは皆、普段のゆるい軍規が嘘のように動きがいい。

 若いのに皆、相当な練度だ。

 そして、ユアンはムツミに連れられてブリッジに入り込んだ。

 そこには、全く想像していなかった光景が広がっていた。


「艦長、ブリッジ・イン。戦闘態勢へ移行」


 特務艦ヴァルハラの、双胴の艦体同士を繋ぐ中央構造物に艦橋はある。

 艦長のムツミはどうやら、戦闘指揮所CICを兼ねたここから指揮を執るようだ。ブリッジに人員は少なく、こちらを見もせずに各セクションとやり取りしているリンルを含め、十人に満たない。この規模の艦では少ないとも言えたし、これで十分な装備が整ってるとも思えた。

 そうこうしていると、中央の艦長席へとムツミは飛び乗る。


「ユアンさん、ゲスト席へどーぞ! では……副長、報告をお願いします!」


 ムツミの声は普段通り、明るく弾んで元気いっぱいだ。

 振り返るロンの他には、男性はいない。操舵士は背の高いバンダナの女性で、中性的な印象の美人だ。砲術長らしき女性は背が低く、まるで子供である。だが、全員が艦の心臓部にして頭脳であるこの場所で、完全な統率の元に動いていた。

 ロンは前面の大きなモニターに光学映像を映す。

 窓の外にも僅かに小さく、遠くに船舶が見えた。


「司令部より打診のあった船を捕捉しましたぞ、艦長。オキダリア船籍の70万トン級タンカー、テスカポリトカです。現在交信を試みてますが、応答がありません。距離は30kmキロ

「勧告を行いますっ! わたしのマイクに回線を」

「アイ・マム」


 艦長席の肘掛けからマイクを取り出し、ムツミは立ち上がった。

 モニターには今、巨大なタンカーが浮いている。まさに動く島、全長500mもの巨大船舶である。終戦から半月以上が経っており、ようやく世界の流通は安全を取り戻した。

 だが、それをにらむムツミの目は翡翠ひすいのような炎が燃えている。

 彼女はりんとした声を響かせた。


「こちらは特務艦ヴァルハラ、密命を帯びて作戦行動中です。テスカポリトカ、応答願います! 直ちに停船し、こちらの臨検りんけんに応じてください。応じぬ場合、敵対及び逃走の意思表示とみなして撃沈します。以上ですっ!」


 通りの良い声がよどみなく伝わり、教科書通りのような最後通牒さいごつうちょうが叩き付けられた。

 拒否も拒絶も許さない、はっきりとこちらの意思をムツミは明言した。

 だが、ユアンはゲスト席からムツミを見上げる。


「艦長……あの船は民間船のようだが? 密輸の疑いがあるのか? その、秘密結社フェンリルとかいう武器商人たちの」

「そうです! ……砲打撃戦用意ほうだげきせんようい、主砲一番から四番、砲弾装填してくださいっ」

「ま、待ってくれ艦長。それは――」


 だが、狼狽うろたえるユアンとは裏腹に、周囲からは「アイ・マム!」と声が響き渡る。

 先程の幼く見える砲術長が、活き活きとした顔で仕事をし始めた。砲塔からもひっきりなしに情報があがってきていて、慌ててユアンは椅子を蹴る。

 中央に位置するブリッジの右舷側へ走って窓に貼り付けば……砲塔が旋回していた。

 二連装の砲塔が二基、仰角ぎょうかくへと主砲を持ち上げている。

 振り返ってユアンは、ムツミに呼びかけた。


「撃つのか? 民間船を。あれにも人が乗っている!」


 だが、ムツミは前だけを見て、強い眼差しで敵を見据えていた。

 その凛々しい表情には今、普段の天真爛漫てんしんらんまんな印象はどこにもない。


「砲術長、よろしくお願いします」

「アイ・アイ・マム! 測距そっきょデータ確認、イルミネート・リンク……諸元入力しょげんにゅうりょく、一番から四番! ってぇー!」


 右舷側で主砲が火を吹いた。

 轟音と共に放たれた砲弾が、数秒の間をおいて遠くに水柱を屹立きつりつさせる。

 本当にあれが、平和になった世界を脅かす死の商人の船なのだろうか? 民間船にカモフラージュして兵器を運んでいる可能性はある。だが、それを確認もせずに沈めていいのだろうか?

 だが、ムツミの言葉は強く迷いがない。


「次弾装填、次は当ててください」

「アイ・マム! 至近弾、夾叉きょうさを確認! 次、直撃させますっ!」

「次弾発射と同時に最大戦速、よろしくです!」


 夾叉、つまり先程の砲撃で完璧に距離感を掴んだということだ。艦砲は基本的に、レーダーや衛星とのイルミネート・リンクが完璧でも……初弾が命中することはまれだ。故に、複数の砲で誤差範囲内の修正を行いつつ、徐々にその差異を狭めてゆくのだ。

 夾叉を取ったということは、次の砲撃は当たる。

 このクラスの砲が直撃すれば、タンカーなど造作もなく撃沈されるだろう。

 もしも大量の資源を積載していれば、大惨事になりかねない。

 だが、ユアンをようやく振り返って、ムツミは微笑む。

 それは、あまりに冴え冴えとした美しい笑みだった。


「ユアンさん、あれは……フェンリルの偽装貨物船ぎそうかもつせんです。中には、世界中の残党兵やテロリストにばら撒く予定の武器が満載されています」

「確証はあるのか?」

「エインヘリアル旅団の構成員は、わたしたちだけではありません。おかでも無数の仲間たちが諜報活動や情報収集に奔走してくれています。フェンリルに潜入した方からの、確実性が極めて高い情報ですので!」

「……しかし」

「もうすぐわかります。その目で確かめてください……わたしたちの戦いを」


 まるでムツミは別人だ。

 普段が太陽のような温かみのある少女なら、ここにいるのは凍れる夜の冷たい月……闇夜の影を照らして暴く、蒼月そうげつのように鋭く危うい光をたたえている。

 それがユアンには、恐ろしいほどに美しく見えた。

 そして、状況が動き出す。

 世界の影に潜む闇が、よどんだふちからあふれ出す。


「艦長、敵艦増速! 推定速度、40ノット! 離脱していきます!」

「なっ……あのクラスのデカブツが40ノットだって!? 駆逐艦くちくかん並じゃないか!」


 ユアンが驚きの声をあげる中でも、ムツミは不敵に笑う。

 そして……特異な姿でいびつに造り上げられた特務艦ヴァルハラが、真の力を解放しようとしていた。

 ムツミは右手をかざして瑞々みずみずしい声をとがらせる。


「ヴァルハラの動力をに切り替えてください! 同時に高機動加速形態へ移行、目標を殲滅せんめつします。ナリアさんたちの発艦準備を!」

「艦長、熱源多数! 目標より対艦ミサイル、数は8!」

「対空レーザーの使用を許可します。叩き落としてください!」

「アイ・マム! 主機をグレイプニールへ、対空レーザー回路接続。システム・オンライン」


 ガクン! と艦が震えた。

 同時に、ユアンは優れた三半規管とバランス感覚で察した。

 特務艦ヴァルハラは今……突然、

 パイロットの鋭敏な感覚が拾う足元の感触は、そうとしか説明できない。


「ムツミ艦長、これは……!」

「ユアンさん、座っててください。危ないですよ?」

「艦長は」

「わたしは大丈夫ですっ! だってわたし……艦長さんですから!」


 遠ざかるタンカーから、煙の尾を引く殺意が飛んでくる。

 そして、迫る対艦ミサイルの正面へとヴァルハラは加速を始めた。

 ブリッジ内を見れば、ロンも副艦長の座席に座って身を固くしている。リンルは相変わらず平坦な声で航空甲板を呼び出しているが、どこかその背中は強張こわばって見えた。

 座席に座るユアンも、身体で感じる程にはっきりしたGを拾う。

 戦闘機の音速飛行ほどではない、しかし……艦船にあるまじき加速だ。

 そして、その中でムツミはしっかり二本の脚で立っている。


「対空レーザー、撃ち方始め! アイ!」

「現在、速力90ノット……さらに加速中!」

「艦長、左舷厨房ちゅうぼうより苦情が入ってます。コック長、カンカンですね」

「加速で艦尾側へ向けて傾斜が発生! 格納庫で固定を忘れていた機体が――」


 まるで、飛ぶようにせる。

 ユアンを乗せたヴァルハラは、その巨大な見た目を裏切るように加速してゆく。

 同時に、空に光が走って爆発の花が連鎖した。


「対艦ミサイル迎撃成功!」

「すぐに冷却、送電をカットしてください! 第二波が来たら近接防御兵装CIWSで対処をお願いします。そして……全電源を超電磁弾頭射出砲レールガンへ!」

「アイ・マム! 全電源カット!」

「非常用電源へと切り替えます!」


 そして、ユアンは見た。

 無数の火器が不規則に並んだ右舷側からも、飛行甲板になってる左舷側からも……次々と明かりが消えてゆく。

 同時に、右舷の艦首がぼんやりと光り出した。

 改装空母と合体させられた旧式の老巧艦ロートルが、ビリビリと震えている。

 直ぐにユアンは察したし、それを裏付けるムツミの声が走った。


「まさか……超電磁弾頭射出砲っていうのは、右舷側がまるまる全部砲身の――」

「バレル開放、照準固定ヨシ! 艦長!」

「撃ってくださいっ!」


 刹那せつな、空を切り裂く苛烈な光がスパークした。

 遅れて響く音が鼓膜を揺るがした、次の瞬間には……遠くで逃げていたタンカーに火柱があがる。一撃で航行不能におちいったその船は、この距離からでも目視できる傾きで止まってしまった。

 同時に、ヴァルハラの絶え間ない加速が終わる。


「全電源回復、通常動力へ。乗員の救出および拘束を行います。陸戦隊の準備を」

「艦長っ! 目標に高熱源! これは――」


 タンカーは周囲にバチバチと火花を散らしながら……突然、自ら爆発して巨大なきのこ雲を突き立てた。爆風に海面が泡立ち、ヴァルハラが揺れる。

 だが、ムツミはしゃんと立って真っ直ぐ全てを見届けていた。

 敵はタンカーに偽装したフェンリルの艦で、尋常ならざるスピードで逃走を試みつつミサイルで攻撃してきた。それを無効化した上で大破させたら、自爆を選んだのだ。

 呆気あっけにとられるユアンは、気付けば自分をムツミが見詰めているのに気付く。


「ユアンさん。これがわたしたちエインヘリアル旅団の戦いです。まだ、誰もが知らない戦争……終わったと思われた戦争は続いているんです。それを平和の影で闇から闇へと葬り続ける……それがわたしたちの任務」


 改めてムツミは、ユアンに問うてきた。

 エインヘリアル旅団のパイロットとして戦うかを。

 それはもう、個人の復讐というレベルの戦いではない。この世界がようやく掴んだ仮初かりそめの平和を守ること。それが仮初だと気付かれることなく、本当の平和として守り抜くことだ。

 ユアンは驚きながらも、表情を引き締め強く頷く。

 その時ムツミは、いつもの明るくゆるい笑みを見せてくれるのだった。

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