仇夢に生きる

夏鴉

第零話 ある一隊長の口上

 さて。

 まずは良くぞ此処を選んでくれた、と言うべきだろうな。その点を、私は第一に高く評価したい。

 もう知っていると思うが……そう、周知の事実だ。分かっているだろうが、あえてもう一度、立ち返って話をしよう。

 現在、我々は危うい立場にある。理由は分かるか。……そう、連中の活性化、進化、と言い換えても良いだろう。それが大きな影となったためだ。

 連中とは何か。他でもない、禍者まがものだ。

 数百年に渡ってこの、大きな戦もない、穏やかな島国、葦宮あしみやを侵し続ける悪しき存在。それが禍者だ。奴らは今も尚、正体不詳だ。影のように黒く、姿は我々の知る様々な動物に良く似ていて、しかし決定的に異なっている。狼のようなものもいれば、兎のようなものもいる。大きさも、姿も統一性を持たぬ不定形の化物共。連中が何を目的としているかは知らない。しかし、連中は人を襲う。人のみを襲う。家屋、家畜、作物。他のあらゆるものを見ず、ただ人間にのみ牙を剥く。内乱なき、豊穣神句々実くくざねの加護篤きこの葦宮において、唯一と言っても良い、直接的な脅威。それが禍者だ。

 我々は、それを排除するために、此処に、この祓衆はらいしゅうにいる。

 罪もなき、力を持たぬ民草を、得体の知れぬ化物共から護る。それこそが、我々の存在意義だ。

 幸いにして禍者には碌な知能がない。人を襲うことしか出来ない、本能のみの存在だ。故に我々は長きに渡って、連中と均衡し続けてきた。

 しかし。そう、しかしながら、現在、その勢力図には異変が生じている。何故か。

 ――禍者の進化だ。

 何があったか、連中は変化をしている。

 人の姿を真似るようになった。

 多少ながら知能を持ち、武器を用いるようになった。

 元より、数ばかりは多かった。故にその変化は、我等の戦いに大きな影響を及ぼした。

 ……かつてよりも、我々は死と隣り合わせに戦っている。多くの同胞が地に伏し、また戦線から退いていった。我々の新たな同胞となろうという者は、みるみるその数を減らしていった。当然の帰結さ。仕方のないことだ。しかしその為に、我々が危ういのは、事実なのだ。

 そんな中に、君たちはやって来てくれた。

 僥倖だ。この上もない、な。だから、まず、私は君たちに感謝をしたい。

 そしてその上で、もう一度、告げねばならない。

 君たちが今から踏み入れようとしているのは、死地だ。

 何時命の潰えるかも分からぬ、明日の命の保証も出来ぬ所だ。

 それでも良い。覚悟は出来ている。そう言える者のみが、我々は欲しい。

 今ならばまだ、引き返せる。それは愚かではない。我々は、決してそれを嗤わない。だからどうか、恐ろしいなら、逃げたいのなら、遠慮なく申し出てくれ。

 ……そうか。

 実働部隊は四つ。

 個々の戦闘能力でもって禍者を屠る青龍隊。

 集団での戦闘で禍者を殲滅する朱雀隊。

 葦宮に放たれ監視と伝達を担う白虎隊。

 あらゆる情報を統括し運用する玄武隊。

 能力によって、君たちはこれから振り分けられる。そこが、終の住み処だ。我々が、責任を持って選定し、育成すると保証しよう。

 それでは改めてようこそ、祓衆へ。

 我々は、大いに歓迎しよう。

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