高嶺の花
藍雨
高嶺の花
––––––––知ってる?
「高嶺の花」って、褒め言葉なんかじゃないの。
○
「果歩、購買行こう!!」
お昼休み、千穂に呼ばれて席を立つ。
「何食べよっかなー」
「メロンパンがいいな」
「え、昨日も食べてたじゃーん」
千穂とは、高校生になってから出会って、友達になった。
明るくて元気で、親しみやすい千穂は、入学式の日から、クラスの中心にいた。
でも、同中出身の人がクラスにいないという共通点があって、仲良くなった。
「あ、高嶺の花」
「え?」
千穂が、人だかりの中で、不自然に隙間のある空間を指さす。
「今日もお綺麗ですねぇ」
清田美華、「高嶺の花」と呼ばれる、学校一綺麗な女子。
背が高く、モデル体型で、小顔で、髪が綺麗で、とにかく、美点を挙げだしたらキリがない。
……実は幼馴染みだけど、すっかり近寄りがたくなってしまった彼女と、私はもうほとんど会話をしなくなっていた。
男子のわざとらしく張った声と、女子のひそひそ声が、廊下中に響き渡る。
今日も注目の的。
美華は、いつも羨望、嫉妬、様々な声、視線に囲まれている。
女子には冷たく突き放されるから、いつも一人だ。
私は、中学で久しぶりに同じクラスになった時に声をかけたことがある。
幼馴染みだし、それほど抵抗もなかったけど、美華のほうは、すっかり変わってしまっていた。
『私に話しかけないで』
––––––––変わったのは周囲も同じ。小学生の頃は、誰とでも仲良くなれるクラスの人気者だった。
とにかく、また同じようなことを言われるのが怖くて、私はもう話しかけなくなっていた。
「おーい、果歩?」
ハッとなる。
「ち、千穂」
「なに、ボーっとして。びっくりするじゃん」
「ごめんごめん、行こう」
人の合間をくぐり抜けて、私たちはどうにか歩き出した。
私はメロンパン、千穂はおにぎりを買い、教室で食べる。
「私さー、正直清田さんが羨ましい」
「え、なんで?」
「だって、毎日毎日綺麗、綺麗、って言われて。スタイルもいいし、美人だし」
「でも、高嶺の花って言われて、女子には嫌われてるよ」
「いや、それはたぶん、清田さんの性格の問題だよ。自分で孤立していってるような気がするし……」
「うーん……」
「私がもし清田さんだったら、もっと自信を持っていろんなことするね」
したり顔でそう言って、おにぎりにパクつく。
確かに、もったいないような気もする。
––––––––あんなことがなければ。
「おっ、ちょっと見てよ!!」
突然、窓際で声が上がる。
「ん、なんだろ」
千穂が立ち上がる。気になるので、私も席を立った。
「あれ、蔵田先輩じゃん!?」
「女子は……高嶺の花?告るのか!?」
え、蔵田先輩って、学校一のイケメンって言われてる人だよね……?
実際に見たことがあるのは一回ぐらいしかないけど、すごくかっこよかったのは覚えている。
「えぇー、蔵田先輩見損なったー!!」
なぜか泣き崩れる女子がたくさんいて、男子は、ただ窓の外を呆然と眺めている。
「高嶺の花、ついに彼氏持ちかぁ」
千穂がとなりで呟いた。
……美華、断るかもな。
普通は、あんなにかっこいい人からの告白は断ったりしないだろう。
でも、美華は……。
「たぶん、付き合わないよ」
千穂にしか聞こえないぐらいの声で、言う。
「え、なんでなんで」
「……中学の時、同じようなことがあった。すっごいイケメンって騒がれてる人がいて、その人から告られたことがあるの」
「え、そりゃあんなに綺麗なら、昔からモテただろうね」
「うん、告白なんて毎日されてたかも」
「ん、でさ、なんでそれが蔵田先輩の告白を断る理由になるの」
「その時は、美華はオッケーして付き合ったんだけどさ。実はそのイケメン、性格がすごく悪くて、自分がただ目立ちたいって理由だけで美華に告白したの」
「わぁひどい。でも、蔵田先輩もそうだとは限らないんじゃない?」
と、その時また声が上がった。
「おいっ、高嶺の花が一人でどっか行っちゃうぞ!?」
「えっ、蔵田先輩フラれたのかな!?」
クラスメートが騒ぎ出す。私は、構わずに続けた。
「蔵田先輩の性格が良くても悪くても、たぶん関係ないんだよね……。だって、美華はそのイケメンと付き合ったことで、面食いとか言われて、そこから孤立が始まったから……」
「そうなの!?」
「うん……」
美華は、そのことがトラウマになっているんだと思う。
急に、心配になってきた。
「千穂、私ちょっと行ってくる」
「どこに!?」
「美華のところ!!」
私は、美華の元へ走り出した。
一階に降りて、校舎裏に回る。
美華の後ろ姿が見えて、私は追いかけた。
「美華!!」
美華の肩がビクッとなる。
「か、果歩……!?」
泣いていた。
「美華、待って!!」
走り出そうとする美華に、ギリギリで追いついて、手を掴む。
「ちょっと、なんでこんなところに」
「さっきの、教室から見てて、それで……」
「あぁ、心配してるの?そんな必要ないから、離して」
「ダメだよ、泣いてるじゃん」
「うるさい、離して」
思わず離しそうになるのをグッとこらえる。
うるさい、という言葉が刺さる。
でも……。
「美華、無理しないで」
「無理なんてしてない」
「してる。分かるよ」
「分かる!?なにが!?何も分かってないでしょ!?」
「分かるよ!!」
「……はぁ。私の何が分かるっていうの?」
口調がゆっくりになった代わりに、冷たくなる響き。
思わず手を離してしまった。
すると、鼻で笑われた。
「美華……」
「ねぇ、分かるって言ったよね?本当に?私が向けられてる視線とか言葉とか、そういうの全部から受ける苦しみとか、分かるんだよね?」
「…………」
「なんで黙るの?分かるって言ったのは果歩だよ、分かるんでしょ?高嶺の花、とか言われて誰にも近づいてもらえなくなった私のこと」
「美華……」
何も言えなくなる。
簡単に、分かる、なんて言ってしまったことを後悔した。
「分からないんでしょ。分かるわけない……」
「ごめん……」
「あのね、果歩」
ボロボロと溢れる涙に構わず、美華は突然こう言った。
「高嶺の花って、褒め言葉なんかじゃないの」
「え……?」
「綺麗綺麗ってもてはやされるけど、それは褒めてるんじゃない。こんなにも違うんだ、って壁を作られてるだけなんだよ……?」
「そんな……」
「高嶺の花って、たくさん綺麗って言ってもらえる代わりに、一つだけの、本当の好き、は向けてもらえないの。だから、あんな風に近づいてくる男子しかいない」
「く、蔵田先輩も……!?」
「どうせ誰にも構ってもらえないんだから、俺の知名度を上げて欲しいなんて言われた」
「ひどい……」
「人間不信だよ。今こうして話しながら、本当は果歩のことも信じられてない」
「あっ……。だから、話しかけないでって言ったの?」
「あ……。それは、違う」
「じゃあ、なんで!?」
「私といると、女子に嫌われるから。分かるでしょ、こんなこと」
「そんなこと……」
「あるの。果歩は、ちゃんと友達できたんでしょ。なら、その子を大切にするべき。私はもう、高嶺の花でいることに慣れちゃったからいいの」
––––––––よくない。
よくないよ。
でも、嫌われる、と言われると、それが怖くなる。
なんの考えもなしにここに来て、美華のこと分かったようなことを言って、結局美華を傷付けるようなことを言わせている。
「それは、違うんじゃないかなー?」
突然、別な誰かの声がした。
「まったく、果歩、探したよー」
「千穂……!?」
「えっと、高嶺の花さん?」
「清田だけど」
「知ってるよ、でもあなたには高嶺の花って呼び名がぴったり。だって、誰にも近寄ろうとしないから」
「え?」
私も美華も目を見張った。
「清田さんは、今こうして果歩を突き放しながら、果歩を守れたと思ってる。違う?」
「守れたとか、そういうのじゃない」
「でも、傷付けずにすんだかな?ぐらいには思ってるでしょ。でも、それは間違ってる」
割り込む隙もない。私はだだ展開を見守ることしかできない。
「高嶺の花は、誰も近づけないことで、自分が傷つく代わりに誰も傷つかなければいいって思ってる。自分には、刺が多すぎるから。でもさ、それは高嶺の花の独りよがりじゃん?突き放されたことで傷ついてるんじゃないかとか、考えないの?」
「でも、私といない方が安全なのは確かだよ」
「へぇ。分かってないのは高嶺の花だ。安全かどうかは、こっちが決めるって言ってんの」
「自分の所為で誰かに傷ついて欲しくないって思うのが悪いことだっていうの?」
「あー、そんな考え方もあるか。堂々巡りだねぇ」
「美華、千穂も、なに、どうしたの」
ぷっ、二人が突然吹き出す。
「え!?」
「なんかアホらしくなってくる。自分でも、何言ってるか分からなくなってきた」
千穂が、笑いながらそう言った。
「果歩の所為だ」
美華も、笑いながらそんな風に言う。
「でも、高嶺の花って言われるつらさを分かったふりされたくないっていうのは、本当だから。よろしくね」
「や、私は分かりたくないんで、遠慮する」
「わ、私も、高嶺の花とか言われたことないから分かんないし!!」
「……分かんなくていいよ。でも、たまに話聞いてくれると嬉しい」
「……あー、美人だわ」
「美人だね」
「え、ちょっと、さっそくそんなこと言わないでよ」
「あーあー嫌になるなー。こんな美人と友達になろうとしてるとか」
「私なんて幼馴染みだし」
「えっ、えっ?」
「まぁ、まだ一学期だし。まだなんとかなるって!!」
「そうだね、高嶺の花を、庶民に戻そう」
「庶民だよ!?」
「いや、イケメンに利用されそうになるぐらいには普通じゃないから」
「しかも二回目」
「ちょっと、それ以上言わないで……」
「えー、どうしよっかなぁー」
「えぇー!?」
千穂が来てくれてことで、すっかり空気が変わった。
「千穂、ありがとう」
「ん?よくわからないけど、もっと感謝しなさい」
「そんなこと言われると嫌になっちゃうね」
美華と笑い合う。
こんなの、何年ぶりだろう。
本当に良かった。
千穂と美華が仲良くなっているようで、それも嬉しい。
高嶺の花が、変化し始めた瞬間だった。
fin.
高嶺の花 藍雨 @haru_unknown
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