Last Turn, Final Turn

だから俺はその絶対的観念がおかしいと異議を唱える。

 森を抜けたら、そこは学校だった。地面はしゃりしゃりと砂埃が立ちやすそうなほど音が出て、ここから先は隠れたりするような小細工は通用しない場所。グラウンドであることを示していた。



 以前俺がドッペルゲンガー解決に奔走し、姉さんと再会した時と比べたら、比べるまでもないぐらい今のグラウンドは広かった。広すぎた。



 一面真っ白とはいかないが、白の世界はそれこそ姉さんらしい。人間の目から入ってくる情報を色だけで錯視させるのだから恐ろしい。どうせならカードで視界をつぶしてもお勝ったかなと思ったが、それだと勝負を試しないことにすぐ思い当たり首を振った。



 まっすぐ歩き続けていると人が立っていた。静かに吹く風が下で砂を少し巻き上げ、その人物の髪を揺らしていた。五メートルぐらい離れたところで立ち止まり、声を掛ける。



「やあ、姉さん。久しぶり。ちゃんと会いに来たよ。マザーとも話をきちんとしてきた」


「拓人、久しぶりね。じゃあ、私がどうして抜け出したのかもわかったのね?」



「いや。裏切って白の意志に従うことにした動機となる理由は分かったけど、それがなぜ姉さんをそう行動させたのかなんて分からないよ。今でもさっぱりわからない。だから俺は姉さんの好き勝手にはさせない。俺の好き勝手を貫きとおす」


「ずいぶんと、わがままな子になっちゃったわね。どこで教育を間違えたのかしら。まあ、いいわ。確かにその年だともう親離れしてもおかしくない年齢だものね。いいわ、どれだけ成長したか見てあげる」



 俺は初っ端から黒の上塗り札を使用した。それは弓のカードで、発動と同時に俺の後ろにバックドアが次々と無数に開き、そのすべてから弓が飛び出して姉さんを襲った。姉さんは少し驚いたような声をわざと出したから、「あらあら」とかいいながら細長い立方体に切り抜いた空間を手に持って弾き飛ばし始めた。俺は弓の放つ方角を姉さんの周囲三百度ぐらいへと展開。攻撃した。これには空間の一部を円形に硬直化させて盾を作ることで、移動しながら回避した。俺は弓と共にエンから貰った魔法カードを次々に放出。姉さんの近くで俺の赤のカード以上の爆炎を放った。



 煙を煙たそうにしながらも、空間の歪で風を吹かせて何事もなかったかのように俺を見据えた。



「いきなり何てことするのよ。これから時間稼ぎするつもりなんだから。持たないわよ、体」

「そんなことはさせないっ」



 今度は剣のカード。騎乗騎士も二体召喚して俺は姉さんとの間を詰める。姉さんも刀を創造し、俺の刃を受けた。



「いいこと教えてあげる。あなたが守ろうしてる、あの子。もう駄目よ?」

「何を言っている。俺がここで姉さんを止めれば、それでこれ以上妨害されることはなくなる。真実は暴かれない。星を救うことができる」



「本当にそう思う?」



 俺は剣を振るう。姉さんはそれをいい感じに受け流しつつ左右の騎乗騎士を消滅させた。



「私はもうメスを入れてしまった。完全に整形することは叶わなかったけど、その事実は消えてなくならない。もう遅いのよ、拓人。一度はみ出た好機を逃さないのが好奇心。それを話題にするのが世間様なんだから」



「そんなことはないっ。黒の能力をもってすれば偽物の世界などいくらでも作れる。理想の世界を創ることができる。そすれば彼女の過程が壊れて、家族の誰かが不幸にならなくちゃいけない未来を変えることができる」



 一撃。それで姉さんは俺の剣をはるか後ろまで飛ばした。



「あなたは間違えたのよ。理想だけじゃ、解決なんてできない。必ずそこに敵がいるなんてそんなこともない。あなたが見るべきはちょっかいを掛けてくる悪党ではなく現実の方よ。現実を見なさい。世界を見なさい。世の中っていうのは少人数で動いているわけじゃない。神の指図一つで決まるものでもない。多くの人々がいて、多くの世界が一つになるから結果として世界が動くの。一部のインクの色が少し薄くなっても濃くなっても全体にはさしたる影響などないわ。全世界から救い、守るなんてことは不可能だということを早く覚えなさい」



「……それじゃあ、誰も救われない」



「そう。だから私は白を選んだ。真実を突き付けられた人間はたいてい不幸になる。幸せにはならない。嘘と建前で渡るべき世の中では、真実は隠すのが当然なのよ。それが世の中。それが世界」



「姉さんだって、その一部に過ぎないはずだ。どれだけ姉さんが足掻いても変わらないんじゃないのか」



「そうね。私一人だと無理。だから私は神の代役になるつもりなの。真実を知った人は悔いて、過去を振り返ってその後の人生を見つめなおすでしょう? そしたら少しは人間性がまともになるかもしれない。そうでない人はただ破滅するだけ。白の神なら多くの真実を暴くことができる。言うならば人類を淘汰するってことね」



 わからない。俺にはわからない。姉さんが何を言っているのか分からない。世界をよくするために人類を淘汰する? じゃあ、そこで烙印を押された人はどうなる。破滅するだけか。人生に、運命に、世界に絶望するだけか?



 それじゃあ、誰も救われない。ただ本人に自らの裁量ではどうしようもないことを突き付け、それを自己責任でどうにかしろと現実を見せただけに過ぎない。真実を知る事だけが良いとは限らない。逃げることが悪いだなんて、誰が決めたのだ。どうしてそれを強要せねばならない。受け入れて自らが変わらなければいけないのだ。乗り越える必要があるのだ。世の中は自分を受け入れて優しさを向けてくれることはないのに、なぜ自分が世の中に優しくしなければいけないのか。黒も、白も、現世の人々もその根幹は、思考の根元は似たようなことを初めに思い描いていたのではないか。



 どれだけ禅問答を繰り返しても答えが出ることは一切ない。



 彼女の家庭のことが世間に流されれば、彼女の家庭は否が応でも人々の多様な価値観に晒される。多くの考えと嗜好の嵐に巻き込まれる。父親は一般的にという理論と理屈とモラルで断罪され、加賀山星は必要のない保護と無意味な救済と、自殺へと導く同情が世界各地から寄せられる。母親にいたっては、何もしていないことに批判されたり、仕方がないと擁護されたり。人はその人の性格だろうと、判断するものだから。その人がどのような状況であろうとその状況になったのはその人の性格と人格に寄るものだと、決めつけて見がちなのである。



 だから俺はその絶対的観念がおかしいと異議を唱える。



「これがすべてだってことはないよ、姉さん。だからまともな人間だけが人間だってこともないんだよ。救いを求めたくなることもあるし、報われたいときもある。いやむしろそういう気持ちの時の方が多いんじゃないか? そう思ってしまう人間はダメな奴なのか。認めて欲しいと願うのは世界にとって許されないことなのか。何でもかんでも知りたい、真実を知りたいなんてのはエゴだ。その結果の、その先まで見れていない人間の方がよっぽどまともじゃない!!」



 俺は魔法カードを手に出現させる。今気が付いたが、左目がややぼやけ始めている。さすがに視力を奪われると戦えなくなる。もうだし惜しみはしない。




「姉さんにとって世界ってのはそんなに大事か」




 答えない。




「姉さんにとって、誰か一人の人生を狂わすことは心も痛まず、気にも留めないっていうのか!?」




 答えない。




 彼女を救うことはできた。誰にも迷惑を掛けず、ひっそりと彼女は平穏と普通を手にしたかっただけ。加賀山星は多くを望んだわけじゃない。なのに、なんでそんな理由で最悪の状態に晒されなければならないのだ、どうして、本当にどうして――。




「なんでこんなことをしたんだ、姉さん!!!!」


 しかし、俺が無作為に放った魔法札マジックカードは姉さんの世界に阻まれた。



「何のことかしら? 私が黒を裏切って白に寝返ったことかしら?」



「違うっ!!!! どれだけ惨むごいことしてきたかっていう、その自覚もないのか!? くそっ!!」



 俺はエンに分けてもらった魔法を無駄に使う。むやみやたらに使う。八つ当たりする。こんな感情的戦法の先に勝利はないと知っていながら俺は駄々をこね続ける。炎属性の魔法は姉さんに届く前に宙ではじけていた。上がりそこなった失敗作の花火のように乱れ咲いていた。



「カードドロー! これで決めてやる。朱雀零式魔法陣札エクストラカード発動。朱雀の魔法カード残り全てを円状に並べることで俺は俺を中心として魔法陣を描き、こいつを召喚する。――来い! 双炎赤虎フレムベル南方朱雀フェニックス!!」




 ***

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