新能力者≪カガヤマアカリ≫

 俺は今ここにある情報を、正しく並べ替える作業を続ける。カップに頑張って口をつけようとしている星に俺は視線を送り続けたが、向こうからは一切メッセージを送って来なかった。これは無視ではない。俺のこれから言わんとしていることが意図として伝わり、それを黙認したのだ。その証拠に俺の話をさえぎろうという者は子の部屋にはこれまで現れていないし、これからも現れなかった。


「加賀山星は虐待されている」


 この言葉に驚いたのはミソノだけだった。マザーは表情を一定に保ったままで、星は顔を強張らせたように見えた。


「虐待。つまり、加害者は両親だ。いや、実行犯は父親で黙認犯は母親だと区別することでそこに幾ばくかの猶予の差があるかもしれないが、まあ大して違いはないだろう。しかも星の場合の虐待は最上位に位置する性的虐待だ。本人の人格と尊厳を踏みにじる最低の行為を最も信頼できる、信頼するべき相手から受けた。俺にはそれがどれほどのモノなのか、どのような感情を引き起こすのかは分からない。だが人倫にもとる行為だということは理解できる。俺が彼女の秘密を知ったとき、俺は純粋に助けてあげたいと、そう思ったんだ。曲がりなりにも俺だって一人の人間だ。生前は夢見る大学生をやっていたが、死んだら人間を辞めたなんてわけでもない」


 死後の俺をマザーは助けるような口ぶりで言ったわけだが、俺の中では俺は死んだという解釈でいる。超能力者だと自称する人間も世の中にはいるわけだしな。


「そこで俺はマザーに相談した。なにせ依頼でも相談でもお願いごとでもないからな。力を持つものはその使い方に関しては慎重にならないといけない。でないと世界がおかしくなることは足りない俺の頭でも分かるし、独断専行は許されるものじゃないから」


 バックアップを得て、信頼して行動してきたはずだった。妨害などあるはずがなかった。だって他に知っている人物がいないのだから。夜の学校に忍び込んだ初めの作戦だけですべて事足りたのだから。


「俺は最初の妨害、深夜の教室で白と遭遇したときあれは偶然だと思った。俺たちの目的と向こうの目的が偶然一致して、たまたま遭遇してしまっただけなのだと。だが同じことが二度も起きた。これを偶然と呼ぶにはあまりにも俺以外のことが順調に進みすぎている。見事なまでに策略にはまった俺を助けたのは、俺が初めに助けたいと願った星だ。それも俺たちと同じような能力を使ってだ。この能力を与えることができるのはマザーしかいない。俺にだってできない。俺ができるのはその力を受け取る能力の継承だけだ」


 また熱くなってしまった。俺は一度飲み込んでから呼吸を再開させる。


「俺が依頼ごとを解決するために奔走していたように見えて、実は踊らされていただけだ。そのすべてを操っていたのはマザー以外他に考えられない」


 部屋はとても静かだった。混乱した表情をそのまま顔に出しているミソノの頭の中は騒がしそうだが、他の二人は俺が独白する前と何も変わっていない。時々飲み物を飲むだけだ。


 この静寂を破ったのは加賀山星だった。


「どうやって、私のことを知ったんですか」


「……え?」


 俺は思いもしなかった、だが当然といわれれば当然の質問に素っ頓狂な声を出してしまった。


「私の抱える問題をどうやって知ったんですか?」


 椅子の向きを変えずに体の向きを変えてこちらを見た星は不安そうであり、俺たちを助ける前にも一ストーリークリアしてきたようだった。マザーが関与していることはもはや疑いようのないことで、そのマザーにさえ俺がどのようなカラクリで彼女の真実を見破ったのかは言っていない。


「分かった。話そう。お互いに気分悪いままじゃ、俺の知りたいことは聞けそうにないしな」


 蚊帳の外で可愛そうな可愛い目をしているミソノの頭を撫でてやりながら、俺は椅子にそっと腰かけた。


「最初の依頼は友人に変な噂が流れているから何とかしてほしいというモノだった。俺たちはカードを受け取る条件でその依頼を受け、世界を変えて達成した。ここまではみんなが知っている通りだと思う。だけど俺は最初に依頼をされたとき、喫茶店で出会った時からずっと思っていたこと、引っかかっていたことがある。それが今回の引き金となった」


 いつの間にか入れなおされていた暖かい飲み物をすっと飲む。中身は紅茶で、種類はルフナか。


「加賀山星に出会ったとき俺は、通常通りに頭を回転させた。誰だろうか。以前にあったことがあるか。知り合いか。どこの学生か。依頼者であれば、この場合予想できそうな依頼内容は。容姿も含めて可能な限り情報を集めて、思索した。その中で唯一分からなかったことが、美しいと感じた正体だった」


「美しい?」


 ミソノが反応する。どうでもいいところで口を出しやがって、と俺は思いつつも愛の手を入れることができるほど落ち着いてきたことに安堵した。


「俺は星を目にしたとき美しいと思った。でも何が美しいのか分からなかった。容姿か、髪か、顔立ちか、それともオーラとか抽象的何かなのか。美しいと確かに思ったにもかかわらず、その正体が自分でもわからなかったんだ。その正体の片鱗を見たのが依頼解決時に俺たちがクラス全員を下着姿にした時だ」


 星は記憶が消えているはずなのでこの部分は覚えていないことになっている。だけれども一瞬たりとも疑問を見せなかった。話を促されたので、ルフナ茶で紛らわせた。


「下着姿の女子高生が目の前にいればそれこそ目移りしてもおかしくない状況で、俺はただの変態扱いされるところだったんだが、俺がそれでもこの状況を作ったのは依頼人が何を隠しているのかを確かめるためだった。俺たちが請け合う依頼の多くは自分に関わる世界のことなんだが、星は違ったんだ。その時点で何か隠している、裏があるって俺は警戒したんだ」


「友達のことだったら、自分の周りの世界のことにならない?」


 俺は首を振る。


「見てくれに騙されてはいけない。それは友人の周囲が変わるというだけで、星の世界は変わらないんだよ。周りの色が変わっても本人の色は変わらない。現に改ざんしたはずの記憶もまだあるようだしね」


 加賀山は肯定も否定もしなかった。分かるのは少し嬉しそうだってことぐらい。


「話を少し戻す。俺が彼女たちを下着姿にして、それで確認したかったのは色やブランドでも、肌でもない。反応だ。当時は友人の……えっと、美月さんだっけ? 彼女が本物のお嬢様という身分であることを理由にクラスメイトが身体的特徴を非難したことが問題だったけど、あの時一番動揺していたのは星。加賀山さんだった。強姦被害にあった女性の内、正常な気をその後保っていられるのはごくわずかで、十五パーセントもいないと言われている。人前で肌をさらすことに多分抵抗があったんだろう。もしくはそれ自体がセカンドレイプに近い状態になったのかもしれない。いずれにしても、その時の星からは平静を装うために必死だって姿が必死に伝わってきた。そこまで頑張り続けた要因は、たぶん相手が実の父親だから。お母さんもたぶん、どうしていいのか分かっていないんじゃないかな。何があっても自分の父親であることには変わりないって事実がより苦しめていた」


 俺の口の中はからっからだったが、一気に言い終えた。


 被害にあっている最中は絶対に話せない。話したらきっと溢れてしまう。彼女の場合は現在進行形で続いていた。助けを求めたくなるが、助けを求めればそれこそ助けを求める事態になってしまう。


 家庭が崩壊してしまう。


 自分自身が回復すれば、そうすればきっと少しは誰かに話せるかもしれない。話すだけで楽になれるかもしれない。知らない内にそっと解決するというのが理想だけど、サインを周囲に見せない私には無理な話。母の混乱による喪失は著しく、そんな母を見るのが辛く悲しい。彼女は大体このような胸の内であったことを認めた。それから言葉がなくなった部屋に、俺はもう一度緊張感を取り戻すように言った。




 マザー。改めて言うよ。


 なんでこんなことになっている。


 どうして加賀山星を助けるはずが黒の能力者になっているんだ! 


 俺の作戦はどうして白に、姉さんに妨害されたんだ!? 


 いったい何考えてるんだ!? 


 マザー! 


 あんたは神だっていうのか。俺たちは神の手駒だっていうのか! 


 おい!? 



 マザー!! 




 これに対してマザーは


「うるさい子だねえ」


 と、そう言った。

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