Exterior side and Back side

 俺は向かいの校舎にたどり着くと、荒れた息を整えることに務めながら少し考えた。これからどうするか。真正面から戦うのはさすがに自殺行為だ。ここはどうにかして逃げるしかない。離脱用の札は案の定機能しないし、学校の外は見た限りでは何もない台地が広がっているだけのようだった。地平線が見えそうだっていうんだから明らかにここは白の手中である。


「人を脅すのは好きじゃないんだけどな……」


 俺は玄関――つまり児童の靴入れ――から手にカードを備えながら入って行った。土足で入ることに違和感を覚えたが、そんなことを気にしている場合ではない。作戦は失敗したのだ。すぐに撤退するための退路を確保しなくてはいけない。俺は突き当りの廊下に誰もいないことを確認してから、小走りで交差している別の廊下を壁に身を隠しつつ覗いた。


 そこにいたのは武装した人間。白とみて間違いない。俺は陰からカードに回転を掛けて放った。音もなく回るカードは地面に平行に進んでいる。これは正面からではカードが迫っていることが分からないようにするため。これも能力だ。カードは無事に彼の胸に刺さり途端に崩れ落ちてしまう。俺は背後へ駆け寄って羽交い絞めにし、問い詰めた。

 

「一枚目。ダウト? オア、トゥルー?」


 今彼の目の前には二枚のカードが宙に浮いて見えているだろう。そして、眼下には胸に突き刺さったカードが視界に入る。


「このカードの数字が一であるかどうかを当てろ。一だと思ったらトゥルー。それ以外だと思ったらダウト」


 俺は首の締め付けで回答を要求する。彼は縋るようにダウトと言った。浮かびあがってきた数字はハートのエース。残念。もう一枚だ。


「ぐっ……」


「二枚目。ダウト? オア、トゥルー?」


 このやり取りを十四回繰り返した。大体平均値から言って、五枚前後で当てることができるはずなのだがこの男は感が鈍いらしく枚数を要した。死んでないか心配だ。


「……ダウト」


「正解」


 数字の二のところ出突き刺さったカードはクラブの八。彼のダウト宣言がようやく実った瞬間である。もちろん不正はないし、意図的にカードを操作しているわけではない。実を言うとこの能力の不完全なところはここにある。俺はカードを使用することで様々な能力を発揮するのだがこれを完全にコントロールすることができないのだ。山札から手札に加えるカードを選ぶことができないというのがその不完全さ。山札を変えることはできるが、カードは無限ではなく有限であるため考えなければいけない。また、カードを使い捨てにする能力もあれば再利用可能な能力もある。投げるのは基本的に捨て札で、例えば屋上から降りる時に使ったカードは山札に戻るカードである。俺が言いたいのは、本当にこの男の感が鈍くいせいでこの男が死ぬかもしれないってこと。いや、手加減してるんだから頼むよ。


 俺は彼の身を階段の横に連れ込み、その陰となる壁に押しやった。他の白の人間が通る度に声を殺し、頃合いを見計らって動けなくなった兵士から詰問を始めた。


「ここからでるにはどうすればいい」

「……っ!」


 俺は黙秘を続ける相手にゲームを続行する。新たに二枚ほどカードを突き刺し、合計十六枚。自慢の装甲もボロボロになってきている。俺としてはもうすぐデッキの黒いカード使いきっちまうから早く吐いてほしい。それとも下端には何も知らせない主義なのか?


 俺は相手を蹴飛ばす。傷口に振動を与えて少し開くように蹴飛ばす。するとさすがに辛くなってきたのか、それとも俺に殺さずに助ける意思があることを悟ったのか。顔を歪めて、息を途切れさせながら彼はこう言った。


「これは、嘘を見破って真実だけを表す世界だってきいた。ホントだ。お前たちが黒と呼ぶ力があるように、俺たちにも白と呼ぶ力がある」


「使えるのは通常兵器だけじゃなかったのか?」


 彼は息を必死に整えながら続ける。大丈夫。まだ死にやしない。


「銃を向けると分かるんだよ、それが真実か嘘か。でも嘘だって分かってもすぐにその真実が何かまでは分からない。そこからはお前たちと同じように調べるんだ。その中でも光さんの使うこの空間はすごい。マルバツで示すだけじゃない。真実の空間だ。嘘偽りのない空間にしてくれる。だからすぐに何が真実で嘘か分かる。お前らの黒も切り抜かれる」


 いや、違う。姉さんの能力はそんな大層な物じゃあない。姉さんの能力は錯視だ。対象者の脳を騙す。虹彩を通って像を結び脳へ送られる信号を騙す。目の前に見えるのは騙す彼女とその世界。俺はいつもその裏で任務を迅速に遂行していた。


 姉さんが表で


 俺が裏


 黒の表裏であった俺たちはマザーの自慢であり、黒の中心であった。


 彼の話を推測すれば姉さんは以前の力を完全に失っているわけではなさそうだが、完全にそのままというわけでもなさそうだ。つまり――


「つまり、これはドッペルゲンガーの正体を示した世界ってことなのか」


「ドッペルゲンガー?」


「いや、何でもない」


 俺は彼の前で一度だけ手を振った。同時に彼に突き刺さっていたすべてのカードが消えさった。彼は少し楽になったのか力が抜けて座り込んだ。


「痛みも傷もじきに治る。どうしても動けなければ仲間を呼べ」


 次の行き先は決まった。依頼者の、小清水大輝の教室だ。真実はそこにあり、この世界の全てがそこにあるのだから脱出する方法もきっとそこにある。

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