Black Of Shadow
***
時計の針は音を立てずに刻み続けていた。それはスーツを身にまとった少年の腕時計であっても、控室と称された無機質な白い部屋に掛けられた時計であってもそこに差異はなかった。スーツの少年は二列に四つの机がそれぞれ並べられた計八つの机の内一番前の左側の三つある椅子の中で左側の椅子を選択し、腰かけていた。いや、この場合彼は自らの意志でその席を選んだわけではない。面接に気合を入れすぎたあまりに四十分も早く到着し、新しいペットボトルの水を購入しと二度のトイレの後に入室したが故であった。
早すぎたのだ。
少年の緊張は誰が見ても明らかなもので、それすら微笑ましく思えてしまうのは俺たちがこれから挑むことと比べてしまっているからだ。
少年の面接会場にいるのはザキとスタードとマの三姉妹。本命である小学校には俺とミソノと十六夜。それとエンが配置されている。上川には技巧的な能力者を置くことで世界の変遷を滞りなく行うことを目標としている。一方のドッペルゲンガーが出ると噂の小学校の方には白との交戦を予期して交戦可能なメンバーを配置した。できることなら平和的解決を目指したいのだが、それは目論見止まりになりそうだった。机上の空論で終わりそうだった。捕らぬ狸の皮算用となりそうだと俺が覚悟せざるを得なかったのは、すでに現場への潜入を果たしているミソノからの連絡によるものだった。
「コード・ミソノ。白は付近の廊下に二名、室内に三名。今現在校内には確認できるだけでも十名以上いると思われます」
「シャドウ、受理した。続行を命じる」
「了解」
「……これは、ひと悶着起こりそうだなあ」
上川の方が
俺は屋上でうつ伏せになり、双眼鏡でミソノが潜入している教室を覗き込んだ。色々と仕掛けが満載のこの双眼鏡を使用すれば、ある程度の距離の状況を把握することができる優れもの。作成者はスタード。あいつは何でもできるな。
「コード、シャドウ。
「ミソノ。問題ありません。着席しておとなしく本でも読んでいます」
とか言いながら双眼鏡の向こうでミソノは思いっきりピースサインを向けてきた。遊びでも、記念写真でもないんだけど。あの
「十六夜。異常なし」
「コード・オブ・スタンド。スタンバイ」
「アウトサイド、同じく」
「タマ。オッケーだよ」
「イマ、大丈夫でーす」
「ネマもー」
そして、最後に助っ人が答えた。
「こちら、エン。あの、一ついいですか? アウトサイドさんというのは、どなたなのですか?」
「……おい。それぐらい事前に確認しておいてくれ」
「すみません」
「――ザキです」
分かりました、と答えたエンの一言はなぜか多くの者の頬を緩ませた。こちらの悪い緊張はほどけたように思えた、その時だった。
「ああ、私はまだ報告していませんでしたね。コードネイム・エン。白の傭兵一名と交戦。敵を完全に沈黙させ捕縛中。戦闘の様子を誰かに目撃された様子は確認できず。指示を」
――なんてこったい。もう交戦しているのかよ。できるだけ事を起こさないように、慎重に行動するようにって、今朝確認したはずなんだけどなあ……。戦いをできるだけ避けるようにって。くそう。思いっきり緊張してきちゃったじゃねえか。
「指示を」
どうする。最悪のケースは白の連中がこの事態に気が付き、即増援を送ってくることだ。いや、メンバーが一人消息を絶っているのだから、気が付くのは時間の問題か。なぜ起きたのかを追求するのはこの場合賢明とは言えない。今やる事は一つだ。
「
俺は通信を切った。思ったよりも白の動きが早い。こちらの情報が洩れているのか? いや、それはザキが否定してくれた。だとすると、エンという彼が意外にも有名人なのかもしれない。アカと呼ばれている組織の中核にいる人物で、白の指名手配なのかもしれない。理由を考えれば、一番怪しいのは外部の人間であるエンであるということになる。俺は一枚の白紙のカードを取り出し、そこに
エンの言動には注意しておけ
と書いた。これはミソノの持っている連絡用カードにメッセージを送ることができるカード。向こうからは送ることはできず、受け取るだけの一方通行のカード。信頼がなければ使えないカード。俺はこのカードを手の中でサラサラと消し、双眼鏡でミソノが確認したことを確認した。それから、一度だけ目を離した。目の前に見えたのは小学校の校舎と誰もいない校庭。校庭はコの字の校舎のせいで影を浴びていた。空に雲は少なく、青と呼びにくい薄い青色だった。
「……姉さんは何がしたいんだ」
俺は再び監視任務に取り掛かる。
***
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