母の日にて

花本真一

第1話 母の日にて

「ただいま」

「お帰り、お父さん」

 仕事帰りの私を迎えたのは七歳の息子だった。

 しかし、今日は妻の姿が見えなかった。

「お母さんは?」

「友達とお出かけ。だから、ご飯は先に作ってあるよ」

 友達か。最近頻繁に出かけているとは聞いていたけど、誰なんだろうか。

「お父さん?」

「ああ、ごめん。ちょっと着替えてくるから、その後ご飯にしょうな」

 その後、私達は夕食を取り、テレビを見ていた。

「お父さん、お父さん」

「どうしたんだ」

 息子はスケッチブック片手に私の方へと来た。

「何だい、これは?」

「今日は、母の日なんでしょ。だから、お母さんの絵をいっぱい書いたの」

「すごいじゃないか」

「そこでお母さんに見せる前に是非見てもらいたいの」

「どうしてだい」

「何か変な所があったら、教えて欲しいの」

 可愛らしい事を言う子だ。どんな絵であれ、息子が書いてくれた事実だけでも嬉しいから、そんなに気を遣うことないのに。

「分かった。ちゃんと見るからな」

 息子の頭を撫でつつ、スケッチブックを開いた。


「良く書けているよ」

「本当? 嬉しいな」

 妻の笑顔の絵から始まり、料理や洗濯などの日常の事細かなシーンが書かれている。

 凄い観察眼だ。将来、何らかの大物になるのかもしれない。

 すると、ページの片隅に日付が書かれていた。

「この日付は?」

「絵を書いた日を指してるよ」

「マメだね」

 こうして、息子が日々成長していく姿はやっぱり嬉しいものがある。

 十ページ目くらいに手を掛けた時、私の知らない女性が妻と一緒に居た。

「この人は?」

「お母さんが陶芸教室で知り合ったお姉さん」

「ふーん」

 そう言えば陶芸教室に通っていたな。こんな知り合いがいたのか。

 その後もページをめくっていった。すると奇妙なことにその女性らしき絵がめっちゃ出てきたのだ。

 一緒に料理をしたり、公園に行ったり、買い物に行ったり、その他諸々である。

 おかしい。友人と言う枠を超えていないか?

 すると息子が私の手に触れてきた。

「お父さん、キスって女の人同士でもするものなの?」

「え」

 私は慌てて次のページをめくった。すると、そこには抱き合ってキスをしている妻と友人の姿があった。

 おい、嘘だろ。まさか、本当に。

「ねぇねぇ、お父さん」

「……うん、どうだろう。する人もいるんじゃないかな」

「変なの。ねぇ、お父さん」

「何だい」

 ああ、何だろう。聞く前から嫌な予感がする。

「女の人でもプロレスってやるんだね」

「……はい?」

「でもね、変なんだ。マットではなくお布団の上でやっていたの」

 嘘だ、まさか、そんな。

 信じたい気持ちと疑う気持ち。それらの拮抗の果てに私はページをめくった。

 結果は二人が愛し合う姿が赤裸々に描かれていた。

 何が何だか分からない。一体いつから二人はこんな関係を続けていたのだ?

 そうだ日付をチェックしてみよう。

 例の女性の絵が出てきたのは三月二十日。母の日から逆算して、一か月半以上ある。

 そんな前から二人の関係は続いていたのか。

 うん? ちょっと待て。いくら観察力があったとしてもここまで正確に描けるものだろうか。もしかしたら、多少の脚色なり虚構が混ざっているのではないだろうか。

 そんな一類の望みを込めて、私は聞いた。

「なぁ。この絵どうやって描いたんだ?」

 頼む。どうか私に救いをもたらしてくれ。

「うん。お母さんが送ってきたの」

「送ってきた?」

「うん。スマホから直接写真を送ってきて、好きなように書いて良いよ、って」

 頭が真っ白になった。一体なにがどうなっているのだ。

 私が何か彼女に対して不義理な事をした覚えはない。

 では、どうして。どうしてなんだ。

 そんな私の気持ちを察することなく、息子は言った。

「お父さん、最近お母さんがよく言っているんだけど、同性婚って何?」


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