第一幕 宗教闘争
オープニングフェイズ:———と人形師
1940年——————
ウィアードエイジと呼ばれるこの舞台。第二次世界大戦が勃発し、世界は熱狂の只中にあった。もちろん、今私が住んでいるイギリスとて例外ではない。各国にMI
もっとも、今現在、下宿先の地下工房で、メイソンという人形師と会話をしている私には孤立無援のことなのだが……
※1 MI6……英国情報局秘密情報部のこと。
私は座り心地がよくない古びたばねのソファに胡坐をかいて座る。肉がほとんどなく、やせ細りごつごつし骨ばんだ顔立ち、くしゃくしゃな髪の毛。そんな根暗メガネことメイソンは、こちらのことを全く見ずに話をする。「たまに、こっちを見て話せ」と思わないこともないが、直る気がしないのでいうつもりは無い。
薄暗い地下工房の壁一面に並べられた人形たちはどれも完成度が高い。小さな子供向けゴシック人形から、人間と見間違えるほどの動かない等身大人形まですべてが彼の手作りだ。
大量生産大量消費のこの世の中で、稼ぎを得ているのだから、
「なぁ、メイソン。ちょっと気になったんだけど、どうして私がモデルの人形はないの?」
私がそう聞くと、メイソンは少し気まずそうに、丸メガネの位置を調整し、こちらを見ずに答え始める。
「単なる僕のわがままさ。人形を作るときは魂を込める。だから、決して中途半端には作りたくない」
「—————? いや、どういう意味だ?」
「つまるところ僕の技術の問題。あとはインスピレーションが湧かないと作るものも作れないってことさ」
「要するに気分ってこと?」
「7割正しい。僕みたいな人間は、気分が乗らないと仕事ができない。だからこそ、疲れたときとかは存分に休むのさ。そうして、全てを最高の作品に仕上げていく」
「難しいんだ、人形作り……。今度、私にも教えてくれない?」
「きみにかい? まぁ、物覚えがいい蓮花なら、コツさえ覚えれば、表面上美しいものぐらいなら作れるようになるんじゃないかなぁ……」
「なにそれ……。遠まわしに貶された気がする」
「いや、そういうつもりじゃないんだけど……」
私が不貞腐れたような顔でメイソンをにらみ、メイソンがそれに対し申し訳なさそうにおずおずとしているときだった。石畳をゆっくりと降りてくる足音があった。十数秒後に地下工房へ顔を出したのは、10代前半の男の子だ。肩まで切りそろえられた天色のつやがある髪、丸く大きい同色の瞳。一歩間違えば女の子にも見えなくない華奢で小さなその体で運ばれてきたのは、二つのティーカップと共に、丁度いい時間がたった紅茶、そして出来立てのスコーンである。付属でつけられたジャムも、物資が不足しがちな最近では決して安くはない。
彼の名はウォルタット——————
いうなれば私の弟子である。ここに来る前に立ち寄った村で偶然見つけた生き残り……。もっとも、その村で生きていた村人たちを殺したのも私なのだが……。
アヘン中毒で手の施しようがなかった、と理由をつけるつもりもない。もちろん後悔もしていないのだが——————
その一件以来、生き抜くために、私の弟子となり、私から武術を習っているのが彼であり、私とメイソンが住んでいるこのハウエル家の酒場仕事の手伝いを、私たちの代わりにしているのも彼である。
運ばれてきた紅茶とスコーンは、英国のティータイムを告げてくれる。アールグレイの柑橘系の香りとスコーンの香ばしい匂いが、かび臭い地下工房の匂いを変えていく。それにつられ、仕事をしていたメイソンも手を止める。
「師匠、メイソンさん。上からの差し入れです」
ウォルタットが透き通るような声でそう告げる。現在、酒場は準備中なのだろう。その休憩の品をこちらに回してくれるとは何ともありがたいこと。
「ありがと、ウォルタット。飲み終わったものはこっちで返しておくから、あなたはお礼を言っておいて」
「あぁ、僕からもお願いするよ」
「わかりました。では——————」
ウォルタットが一礼したのち、踵を返してゆっくりと戻っていく。
紅茶を嗜んでいるこの空間だけは、戦争只中とは思えず、まるでここだけ切り離されたかのように思える。頭の回転は糖分で加速されたが、体温の上昇に伴い眠気も誘発される。
そんな魔物に誘われるように、私は固いソファに寝転がる。あぁ、起きたらウォルタットの稽古をしなければならない。メイソンは戦闘や魔術に対して全くと言い程素養がないが、彼—————ウォルタットは別である。
私と同じように、才能に満ち溢れている。訓練を積み続ければ、ナチスドイツの超人兵士と渡り合うことも可能になるだろう。未来ある若者に祝福あれ……ん?見た目で言えば私も20代半ばだし、変わらないのでは——————
そんな堂々巡りの思考をしていると、睡魔はやがて思考すらも停止させ、私をまどろみの中へ落としていくのであった。
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