<終章>


【不明】


 夜の街。

 雑用を済ませた後、人を探しながら歩く。足を棒にして結局見つけたのはいつもの店。

「おう、夜に顔を見せるとは珍しいな」

「ちょっとね」

 マスターに軽く挨拶して店の隅に。一人用の小さいテーブルで、酒をチビチビやってるアーヴィンがいた。

「ここ、いいか?」

「そんな事に許可を求める知り合いはいないぞ」

 確かに、と近くから椅子を持ってきて座る。

「あ、ソーヤ。注文何にするニャ?」

「果糖水と豆煮」

「はーい」

 注文を受けたテュテュが尻尾をフリフリと去って行く。短いスカートから見える尻をガン見する。

「すまなかったな。式に顔を見せないで」

 アーヴィンの詫びに、僕は腰に下げたロングソードに触れる。無骨な装飾に、中々良い鋼材が使われた刃。僕には少し重いが、これくらい振るえないと、この先冒険者はやれない。

「不思議なんだが。宴が終わって起きたら、腰にこれが下がっていた。物が無くなるならわかるが、増えるってどういう事だ?」

「さあな」

「それで調べたら、中央大陸の風習らしいな。新婚の夫妻の隙を突いて物を贈るってのは」

 ラナにはレイピアが贈られていた。

「そんな風習もあったかな。すまんな、忘れた」

 とぼけるアーヴィン。これ以上、この事を追及するのは野暮なので止める。

「それでアーヴィン。ダンジョンの方はどうよ?」

「中々、新しいリーダーというのが見つからなくてな。中級の冒険者が名乗り出てくれたのだが、詐欺だった。結果的に金銭は増えたからよかったが、時間の無駄だった」

 僕も噂で、元中級の冒険者が身ぐるみ剥がされボコボコにされた話を聞いた。噂というか良くある話だが。

「それで、何とか似たような境遇の奴をリーダーにして見たのだが、シュナがそいつに女と間違われ喧嘩になり、相手を再生点が切れるまで殴りつけた。治療費をかなり盗られた」

 若気の至りである。

「アーヴィン、シュナを叱ったか?」

「いや、自分に子供を叱るとかは。注意して反抗されたらどうすれば良いのだ? 自分、喧嘩の手加減とかはできないぞ。それに相手も勘違いした失礼な奴だった」

 駄目だそりゃ。シュナはしっかり駄目といえば従うと思うのだが。アーヴィンに懐いていたのだし。

「仕方ないので自分がリーダーをやってダンジョンに挑戦したのだが………迷った。実に迷った。七層と八層の間で丸二日迷った。シュナは叫ぶし、ベルは泣くし、ゼノビアは壁に向かってブツブツ語るし、水食糧が尽きてパーティ内で嫌な緊張感が走るし。親父さんが助けにこなかったら、自分達の冒険はあそこで終わっていたかもしれない」

 まあ、親父さんに頼んだのは僕なんだが。

 冒険者がダンジョンに潜って二日、三日も出てこないのは当たり前だ。しかし、アーヴィンの買い込んだ食料の量が、どう見ても一日分。それで二日も出てこないのだから僕は焦った。彼らの戦闘能力は中級者クラスだ。しかし冒険者としてのサバイバルな心得が圧倒的に足りていない。それに退く事も覚えていない。

 これは最初の戦いを、逃げず勝利に導いてしまった僕のせいだ。完全に悪い癖になっている。戦えば食料も水も倍以上の速度で消費するのだ。止めに、アーヴィンは方向音痴だ。地図が全く読めていない。他のメンバーもしかり。

 何でこんな事も彼らはわからないのか? とも思ったが。

 僕が知っているだけだ、とマキナにいわれた。何故知っているのかというと、現代のゲームの知識がダンジョンに潜る基礎的な勉強になっていた。

 良い冒険者は、それを感覚的に気付く。わからない奴は、わかる奴をパーティに加えれば良いだけの話。そうやって補い合うのがパーティというモノ。

「今は、今後の不安を酒で流している所だ」

 人それを、逃避という。

「ソーヤ、そっちはどうなんだ?」

「仲間が一人増えた。ダンジョンの探索はまだ五層だ」

「それは、まさかエルフか?」

「エルフだ」

 エアは、治った。奇跡なんて言葉は使わない。全部マキナ達の力あっての事だ。弾丸を摘出して血中の鉛を排出。傷んだ組織を切除して、洗浄して、二日もかからず容体は安定した。

 三日目に体力的にも完全に回復。傷の問題は解決したが、麻酔や現代の薬が彼女の体にどういう影響を与えるか不明なので、後遺症を慎重に観察している。だがエアは、勝手に駆け回ってマキナを困らせていた。

 完全に治ったといって問題ないと思う。

「エルフって奴は、どうにも合わない。自分が必要な者を片っ端から奪って行く」

 僕の注文が来た。

 味に期待はしていないが、口に運びアーヴィンの昔話に付き合う。

「前にいった大叔父な。彼には大恩がある。不貞で生まれ捨てられた自分を、底から引き揚げて騎士として育ててくれた。それが無かったら、エリュシオンの貧民街で盗みと殺人の末、ドブの汚泥に沈み腐れていた。騎士でいた時間は短かったが、かけがえのない栄光だった。これが、本当の自分の生きる道なのだと。………それが、あんな事だ。んで、次は君だ」

 イケメンの隠された過去が明らかになる。その憂いに満ちた表情に、二つ隣の席の女性が熱い視線を向けていた。女性がどのタイミングで男に惚れるのかちょっとわかった。

「エルフとは心底合わない」

「まあ、そんな事もあるよ」

 運であれ縁であれ歴史であれ、合わない人種はある。人類が皆分かり合えるとか、お花畑のような思考も持っていない。

「無駄話が過ぎたな、そろそろ本題に入れよ」

 アーヴィンの察しの良さ。

 素晴らしい才能だと思う。

「僕から提案がある」

 カンテラに偽装したイゾラ・ポットをテーブルに置く。

「イゾラ、挨拶を。小さい声でな」

『こんにちは、異界の騎士様。ソーヤ隊員の相棒で、イゾラという者です』

「変わった、物を持っているな。ダンジョンの秘宝か?」

 喋るカンテラには、流石にこの世界の人間でも驚く。

「こいつとは異邦から一緒に来た。はっきりいって凄いぞ。地図も読めるし、進行方向を案内してくれる。ダンジョンで迷って出られなくなることはまずない。簡易的だが、敵の接近も探知できる。それと、二階層くらいの距離なら、僕の眼鏡を通して会話もできる。これは、他の冒険者からしたら卑怯な代物だろう。これを、アーヴィンに貸したい」

「どういう事だ?」

 アーヴィンは慎重な人間だ。美味しい餌があってもすぐには飛びつかない。

「条件がある。僕のパーティは僕を含め、全員が後衛だ。モンスターに不意を突かれたら一発で瓦解して全滅する。だから盾が必要だ」

「お前の条件は飲めない。自分は、どうあってもエルフとだけは組めないし、名声を得たとしてもそれがエルフと一緒では、エリュシオンの法王共に免罪を得られなくなる。今、彼の国は左大陸の黒エルフという輩と戦争状態だ。それは、新しい獣の王ともいわれている。自分の個人的な感情を捨てたとしても、無理な話だ」

 アーヴィンも焦っていたのだろう。早口でそうまくしたてる。

「落ち着いてくれ。パーティは組まない。パーティ間の同盟も組まない。僕のパーティとアーヴィンのパーティは別々に行動する」

「ん? つまり? わからん」

 確かにちょっと面倒な説明だ。

「順序通りに説明する。まず、アーヴィンがダンジョンに潜る。僕らも後に続いて“偶然”ダンジョンに潜る。パーティ間の距離は付かず離れずだ。無関係のパーティと接触する場合は、僕らは消えるので安心してくれ。

 エアとイゾラの探知能力で戦闘は極力避ける。避けられない戦闘は君らに任せる。後方から、流れ矢と流れ魔法が飛んでくるが気にしないでくれ。素材は、そっちが全採りしてくれ。僕は別の手段で稼ぐ方法を考えている」

 僕の状況とアーヴィンの状況を鑑みた提案だ。

 双方に益があるはず。

「だが、エルフがな。そう上手く誤魔化せるものか」

「アーヴィン。何となくバレていると思うが、僕は身の衝動に任せてこの国の王子に弓を引いた。それを詭弁と謀略で誤魔化して美談に歪曲した。悪行ミスラニカの名は伊達ではない。誓っていおう。アーヴィン・フォズ・ガシムの逸話、名声、栄誉に、エルフは絶対に登場させない。どうだ?」

 これで駄目なら、明日から紙装甲パーティで探索だ。

「なるほど………………わかった。自分から条件が一つある」

「何でもいってくれ」

「素材は等分だ。君は、懇意にしている商会が二つもあるだろ。そこに一旦預けてから金額を分けよう」

「了解だ」

 アーヴィンが差し出した手を強く握る。

「シュナ達にも説明しないとな」

「いや、実はアーヴィンが最後だ。他のメンバーにはさっき説明して了解を得ている」

 手間をかけさせてはアレと考え、先回りして話しておいた。快く了承してもらった。

 アーヴィンが爽やかな笑顔を浮かべる。

「なあそれ、自分が反対したら孤立するよな? 他のメンバーは無能なリーダーを捨てるよな?」

「いやそんな、事になるのか。あ、なるな。………いっ、痛っ、アーヴィン手! 手が! 手が痛い! 骨鳴ってる! 鳴ってるから! ぎゃぁぁあぁあああ!」




【31st day】


 朝、ワクワクと冒険の準備をする。

 こういう日の朝食はマキナに任せた。

 回復したエアが食べる事、食べる事。『開腹してお腹が空いたのですね』とイゾラがブラックジョークを放つ。最近、こいつの英国製疑惑が僕の中に生まれていた。

 まあ、ラナも食べるので作り甲斐がある。

 それとダンジョン用の携帯食も自分で作る事にした。商会で販売しているダンジョン食が絶句する代物だったからだ。小麦粉とバターの塊を食料とは呼ばない。あれは素材だ! 不味い食事でダンジョンに潜れるか!

 さておき。

 この世界に来てから三十一日が経過した。到達階層は、未だに五層だ。

 義妹の回復の経過を見守っていたら、これだけ時間が過ぎていた。慎重過ぎだとエア本人にいわれたが、心配なのだからしょうがない。これから無理をするのだし。

 そして今日は、初の合同パーティでの探索になる。ある意味、本格的なダンジョンへの挑戦だ。しかし、無茶は絶対しない事にしている。

 七層まで降りて、最短距離を地図に記し帰る予定である。念の為に水食糧は多め。

 軽く摘まめる物として、チョチョの羽を揚げて細かくした物を甘辛く煮詰め、乾燥させ、炒った木の実と乾燥した小魚を混ぜる。これらに乾燥ハーブと乾燥ニンニクの粉末と塩を混ぜた物を振りかけシェイク。何か、酒のつまみ見たいになった。

 ダンジョン内で、チャパティを焼けるようにと全粒粉。燻製の豚肉に魚、チーズと、自家製ポテトチップス。マキナが作ってくれた大望のマヨネーズを二瓶。こちらでは非常に高価な蜂蜜を一瓶。塩一瓶。玉ねぎにニンニク。オリーブオイル。作成した調味料各種。本当に非常用の鬼のように固いパンを人数分。ダンジョン内に水源はあるらしいが、ミネラルを加えた水も人数分。調理と治療用の強めの酒、更に、

『ソーヤさん、もう大丈夫です。七人分としても四日分になります。無駄です』

「食い物に無駄なんてないんだよ!」

『すみません。マキナが全体的に悪かったので、落ち着いてください。あなたは、食べ物の事になると人が変わります』

 衝撃的な事実を伝えられる。

「ま、マジか?」

『マジです』

「ごめん、気を付ける」

『はい』

 渋々、キャベツは諦める。お好み焼きっぽくチャパティを作りたかったのだが、またの機会に。

 貴重な調味料は僕が預かり、残りは等分して四人分をザヴァ商会に預け、アーヴィンに渡す予定だ。

「後は、問題ないな」

『はい、朝食は出来上がっています。今日はお味噌汁と、奮発しておにぎりです。それに卵焼きとウィンナー沢山!』

 受験生の夜食か! お前、もっと色々作れるはずなのに何故にそのラインナップ。

「それじゃ嫁と義妹と起こすか」

 彼女らを起こすのが一日で一番楽しいです。ちょっとした犯罪行為が正当化される瞬間なので。彼女らのあられもない姿を直視しても、僕は捕縛されないのだ。

『その前に、ソーヤさん。相談があります』

「ん?」

 まあ、相棒の頼みだ。

 多少無茶な話でも聞くが。

『実は、回顧録を書いているのです。こういう冒険業は危険が付き物で、ソーヤさんもいつ命を落とすかわかりません。だから、しっかり記録を残しておきたいのです』

「良い事じゃないか」

 たとえ僕が無為に死んだとしても、記録を残しそれを誰かに伝える事ができたなら、価値が生まれる。この世界に来た事に、アホらしくも足掻いた日々に。

『それで回顧録のタイトルを、異世界の記録ファイル001としようとしたらイゾラに反対されまして。もっと人が興味を持つタイトルにしないと、発見されても閲覧してもらえないと』

「なるほど?」

 誰に発見されるのか疑問だ。

 そも、次発隊が来るのか?

『ここからが問題なのですが、イゾラの提案して来たタイトルが「ミスラニカ・ウィッチ・プロジェクト」とか「クローバーフィールド2」とか「RECエルフ編」とかの、悉くバッドエンドのモキュメンタリーばかりを提案してきて困っています。著作権的な意味でも』

「そ、そうか」

 ちょっと見たい。

『リソースがもったいないので。ソーヤさん、バシッとタイトルを決めてください。マキナ達はどんなセンスのない。ひどいタイトルでも諦めて従います』

 ハナから僕のセンスは信用してないのね。

 まあ、そうだな。さして僕も考え込むつもりはない。これから大変な冒険が待ち受けているので、変な事に頭を悩ますのも無駄だ。

 適当に、それでもわかりやすく。直球に。

 味噌汁の味を確かめながら、ぽつりという。


異邦人にほんじん、ダンジョンに潜る」



<終>

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