第25話


 扉を潜り抜けた先にあった二つ目の部屋は、一つ目の部屋と瓜二つの構造をしていた。

 異なる点を挙げるとすれば、それは部屋を彩る色彩のみ。

 全体的に赤みを帯びていたはずの一つ目の部屋とは異なり、今回の部屋を彩るのは青色。うっすらと部屋全体を染め上げる色も、その四隅に置かれた水晶玉の色も、すべて綺麗な青だった。


「さっきの部屋は赤かったけど、今度は青……?何か意味でもあるのかな」


 独り言を呟きつつも、視線はやはり中央に座す大きな石碑に注がれる。

 何か文字が彫られているのは遠目にもわかるのだけれど、何せ先程のモンスターハウスのことがあるので、不用意に近付くこともできない。今度はどんなトラップが仕掛けられているのだろう。油断は禁物だ。


「さぁて、と。今度の手紙ラブレターの内容はどんな感じかしらぁ?」

「そんなもの、近付いてみないことにはわからないでしょう」

「……えっ!?二人とも行っちゃうの!?」


 クロノスとロイドが、入り口付近で立ち止まったままの私の横を悠々と通り過ぎていく。

 向かった先は二人とも同じらしく、石碑に刻まれた碑文を確認しに行くみたいだ。


「……ちょ、ちょっと待って!私も行く!置いてかないで!」


 離れていても良いことなんてないし、何よりロイドとの約束もある。

 私は置いて行かれないように、慌てて彼らの後を追った。


「どう?なんて書いてある?」


 一足先に石碑を眺めている二人の元に私が追いつくと、ロイドが振り返って「コトハ」と私の名を呼んだ。その声に誘われるまま、私はロイドの方に近付いていく。


「コトハ」

「……わっ!?」


 ロイドの傍まで辿り着くと、軽く腕を引かれた。私が困惑する暇も無く、そのまま彼に引き寄せられる形で隣に並び立つ。


「貴女はこちらへ」

「えっ、あ、うん。ご、ごめん?」


 なんとなく謝罪の言葉を口にしたが、はたして私が謝る必要などあっただろうか。

 いや、それよりもこの場合は「ありがとう」と言うべきだったのかもしれない。きっと私が碑文を見やすいように、ロイドは場所を空けてくれたのだろうから。

 ――何故か私の腕を掴んだまま離さないでいる、ロイドのその行動の意味までは理解できなかったけれども。


「“過ぎたる力は身を滅ぼす。これは警告である。それでも尚進む覚悟があるならば、汝の力をここに示せ”」


 ロイドが淡々と碑文を読み上げる。私は早くも嫌な予感がしてきていた。


「……ねえ、これさあ。きっとそういうこと、なんだよねえ?」

「そういうこと、なんじゃないかしら?でも大丈夫よ。アタシがアナタを守ってあげるから。ね?」


 独り言のような私の言葉にクロノスが返事をくれたが、言葉とは裏腹に彼の手にはいつの間にか杖が握られており、それが私の不安をさらに煽る。

 

(うん、答えてくれたのは嬉しいんだけどねっ!?武器出してる時点で全っ然説得力ないよね!?)


「……本当に大丈夫なのかなぁ……」


 ついつい本音に近い呟きがこぼれてしまう。


「大丈夫ですよ」

「えっ」


 言葉とともに掴まれていた腕を優しく引かれたかと思うと、とん、と身体が自分以外の何かに触れた。


(――!?)


 私の腕から肩に移動されたロイドの手。

 ロイドに肩を抱かれている――そう認識した瞬間、羞恥に身体が固まってしまったのは、仕方がないことだと思いたい。いったいどうしてこうなった。


「あ、あのっ!?ロイド!?」

「どうなさいました?」


 見上げた先にいたロイドは、私を見下ろして優しく微笑んでいたけれど――この状況では落ち着けるはずもなかった。頬に熱が集まってきたのを感じ、私は慌てて口を開く。


「こ、この状況はいったい」

「自分でもよくわからないのですが……コトハが少しでも安心できるように、と思ったら何故か身体が動いてしまいました。……不快に思われましたか?」

「そ、そういうことじゃないけど!……ええと。ロイドは嫌じゃないのかなーって」


 どうして安心させるために肩を抱く必要があるのか、なんて恥ずかしくて聞けそうもなかったので、別の質問を口にする。すると、ロイドは何故か笑みを深めると、私を抱える腕に少しだけ力を込めた。


(ちょ、ちょっとなにこの状況!?なんで私こんなことになってんの!?ロイドどっかおかしくなった!?クロノスこっち見てないからまだいいけどさ!)


 動揺から失礼なことを考え始めた私を知ってか知らずか、ロイドは周囲に聞こえないような囁くような声音で言葉を重ねる。


「……主人マスターである貴女を守るのは、騎士である私の務め。その役目を――私以外の誰かに渡したくない。今、唐突にそう思いました」

「へっ!?」

「ですが、貴女を安心させるためとはいえ不躾でしたね。驚かせてしまって申し訳ありません」

「い、いや、それはいいんだけども……」


 私としては若干不本意ながらも、ロイドは私を主人マスターと仰いでいる。そのせいか、彼は私に甘い。それは普段の態度からもわかっていたことなのだけれど、彼は何故今急にそんなことを思ったのだろう。


「――ロイド。何か、来るわよ」

「ええ、わかっています」


 ある意味場違いすぎるようなやりとりは、緊迫感をはらんだ空気に遮られそれ以上続くことはない。

 身体ごと私から離れクロノスの横に並んだロイドの手には、抜身の剣が握られている。

 何かが起こるのだと、私がそう確信した瞬間――見覚えのある怪しい光が部屋に溢れた。


* * * * * *


「……あらぁ?何かしらこれ」


 暗い光とともに現れたモンスターの群れを、二人が難なく倒し切った後。

 武器を仕舞ったクロノスが、何かを見つけた様子で自身の足元から何かを拾い上げる。

 安全のため、私は戦闘中石碑の周囲から一歩も動かなかったのだが、先程まで存在していたモンスターは光となって消えてしまったし、ロイドとクロノスも既に武器を持っていない。今は何よりクロノスが拾ったもののほうが気になるので、私は石碑から離れてクロノスの傍に寄って行った。


「何を拾ったの?」

「これなんだけど……さっきコトハちゃんが拾ったものと同じじゃない?」


 クロノスの手元を覗き込めば、そこには一つ目の部屋で拾った赤い鍵とは色違いの、美しい青色の鍵があった。


「そうだね、色違いなだけで同じ形のやつかも。これもモンスターが落としていったの?」

「ええ、違いないわ。うーん……さっきの赤い部屋では赤い鍵、そしてこの青い部屋では青い鍵でしょう?鍵自体はとっても綺麗なのだけれど……これは明らかに怪しいわよねェ」

「だよねー……何なんだろうね、これ」

「まあでも、これ自体は変なモノではなさそうよ。見た感じ悪影響を及ぼすようなモノではないと思うから、さっきの赤い鍵と一緒にアナタが持っていなさいな」

「う、うん。わかった」


 手渡された鍵を、私は大事に服の中にしまい込む。

 赤い鍵と青い鍵。色違いの二本の鍵は、何のためにここに存在しているのだろう。


(……それは進んでみればわかる、か)


 心の中でそう呟き、私は大きく開け放たれた次の扉を見つめたのだった。


* * * * * * 


 それからさらに遺跡の奥へ奥へと進んだ私達は、出くわした三つ目の扉の罠を突破し、続く三つ目の部屋もロイドとクロノスの尽力により容易にクリアすることができた。

 三つ目の部屋も、これまで通過してきた二つの部屋と同様に色を持っており、モンスターを全滅させた後に残されるもの――すなわち部屋が冠する色と同色の鍵の存在もすべて同じだった。

 三つ目の部屋が冠する色は、緑色。もちろん鍵の色も緑色なので、これで私達の元には三色の鍵が揃ったことになる。


「部屋の色を反映した鍵、かあ……本当、何なんだろうねこれ」


 誰に言うでもなく独りごちて、私は手元に揃った三本の鍵を眺める。

 ここまでくると、もうこの色違いの鍵に意味がないとは到底考えられなくなっていた。

 鍵があるということは、それらに対応する鍵穴があるということだ。トラップのような仕掛けで出現する敵が最後に落とすアイテムが、部屋の色を冠した綺麗な鍵。多分、いや十中八九、このメルカ遺跡を踏破するためには必要不可欠なものなのだろう。


「鍵の用途も気になるけれど、まずは進むことを考えましょ?ふふっ、ほら見て?最後の扉は、今までとは一味違うみたいよ?」


 クロノスのどこか楽しそうな声が耳に届き、意識が思考の淵から前方に移る。

 地図通りいけば、最後になるはずの部屋がこの先にある。部屋の入り口を閉ざす扉は今までと同じ石造りの扉のように思えるのだけれど、クロノスに言わせれば何かが違うらしい。


「うーん、違い?ぱっと見、私には同じように見えるんだけど……」


 違いを探そうと目を凝らす私の耳に、クロノスの小さく笑う声が聞こえてきた。


「ふふっ、わかりづらい?じゃあこうすれば、もっとわかりやすいかしら」


 そう言うと、クロノスは自然な動作で小さな炎を手の平の上に出現させる。

 何をするつもりなのか、と私が口を挟む間もなく、小さな炎は扉に向かって放られ、扉に当たる直前に音を立てて消滅した。


「消え、た……?えっ、なんで!?」

「――なるほど。これが貴方の言っていた“不思議な力”ですか」


 ロイドが納得したように頷き、クロノスがそれを肯定するかのように笑う。

 もしかして私だけわかっていないのか、と二人の顔を交互に見比べると、クロノスが人差し指を立てて答えを教えてくれた。


「アナタ達の仲間になったとき、アタシが話して聞かせたメルカ遺跡の話、覚えてる?」

「え、ええっと……?」

「途中までは冒険者なら問題なく進めるけれど、途中から魔法のような不思議な力に阻まれてしまう――って話よ」

「あ、ああ!そういえばそんな話もしてたね。えっ、じゃあもしかして今目の前でクロノスの魔法が消えたのは……」

「ふふっ、正解!あの扉にはね、その“不思議な力”が働いているみたいなの。物凄い密度の魔力が扉を覆っているから、間違いないと思うわ。正確なところはアタシにもわからないけれどね」


 アタシがかけた魔法じゃないしね、とクロノスは肩をすくめてみせる。

 今の一連の流れで、扉を覆う可視化できない不思議な力の存在は確認することができた。

 だけど、問題はここからだ。


「問題は、この不思議な力をどうやって突破するかだよね……」

「周囲には何も見当たりませんね。クロノス、魔法は無効化されると判断してもよいのでしょうか?」

「ええ、それでいいと思うわ」

「そうですか……では」


 ひとつ息を吐き、ロイドはゆっくりと扉に近付いていく。しかし、扉の直前で彼の足は止まってしまった。


「扉に近付くにはここまでが限界ですね。手を伸ばそうにも、何かに遮られて届きそうにない」


 言葉を終えると、ロイドは目の前の何もない空間に手を伸ばし、確かめるように“何か”に触れ始めた。

 私はその“何か”がどういうものなのか気になり、ロイドの立つ場所へと駆け寄っていく。


「その何か、ってどこにあるの?ロイドが触ってるあたり?」

「はい、そうなのですが……コトハ、貴女は止めたほうが」

「ロイドが触れてるんだもん、大丈夫だよ。私も解除方法くらいは一緒に見つけたいし」


 そう言うと、私はロイドの隣に並び躊躇なく見えない“何か”に触れてみる。


「……んん?」


 目には見えないのに、感触は確かにある。言葉ではうまく言い表せないけれど、壁と呼ぶには柔らかすぎるし、布や紙というよりはどこか硬質な、まるで正反対の性質を掛け合わせたような不思議な感触がする。


(表現しづらいなあ……なんだろこれ)


 触れるだけではなく、ノックするようにコンコンと軽く叩いてみても、何も変わらない。私は魔法や不思議な力については素人も素人だし、わからないのは当然だろうと思い直す。


「うーん……どうしよっかねえ……」


 考えることを放棄したくなったが、そっと隣を見ればロイドが普通の扉を開ける要領で目の前の“何か”を両手で押そうとしていたので、私もとりあえず彼に倣ってみる。


「ダメですね、びくともしません。次は剣で切ってみましょうか」

「それは止めといたほうがいいと思うわよぉ。んー、どうしましょうかねえ……」


 二人のやりとりが聞こえてくる。

 そんな中、私は駄目で元々だと思いつつ“何か”に両手をついてぐっと体重をかけた。


 ――そう、まるで扉を押し開けるように。


「……えっ!?」


 腕に体重をかけた瞬間。

 両手に触れていた不思議な感触の“何か”が、突然消失した。


「――コトハ!?」


 支えを失った私の身体は、そのまま前のめりに倒れていく。

 隣にいたロイドが私を支えようと手を伸ばしたのが見えたが――彼の手は、私には届かなかった。


 何せ私は――瞬きひとつの間にに一人呆然と立ち尽くしていたのだから。

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