第14話
ランプの光が照らし出すのは、驚愕に目を見開くばかりの私と、そんな私を見下ろす派手な格好をした男の人の姿。
羽が数枚縫い付けられた大きな赤い帽子が印象的で、服装も同じ赤を基調にしているようだった。背中まで流れる長い髪は深い紫色で、ところどころ外側にはねている。顔立ちも悪くなく、どこからどう見ても美形に分類されるであろう青年は、綺麗な金色の瞳に驚愕の色を乗せたまま、真っ直ぐに私を見つめていた。
(こんなところに、人?)
いや、私自身も人には違いないのだが、こちらは状況的に仕方ないと思いたい。
でもまさか、こんなところで私以外の人間に出くわすとは思わなかった。
しかも相手はロイドに負けずとも劣らない、美形な青年である。
そう、どこからどう見ても彼は男性なのだ。どう見ても、そうとしか思えないはずなのだ。
――そのはず、なのに。
「結界が破られた気配がしたから来てみれば……いたのはかわいい女の子。アナタは何故ここに?」
(なんで口調がオカマ!?)
声は耳に心地良い低音だというのに、なんてアンバランスなんだ。
口調に突っ込みたいところだけれど、状況が状況なので自重しておく。
「ええと。何と言いますか、さっきまでモンスターに追われててですね。逃げてるうちにここに辿り着いたといいますか……」
「あらま!それは災難だったわね?でもおかしいわね、この辺りには結界があってモンスターはおろか人間すら立ち入ることができないはずなんだけど……あ、立てる?」
青年は不思議そうに首を傾げた後、私に向かって片手を差し出してきた。
私は彼の好意に甘えて、その手を取って立ち上がった。
「あ、ありがとうございます」
「良いのよこれくらい。それよりアナタ、ここに来るとき何かおかしなことは無かったかしら?」
「おかしなこと?」
モンスターに追われていたということもおかしなことには違いないが、彼が聞きたいのはきっとそこじゃない。先程結界がどうとか言っていた気がするし、そのあたりなのかもしれない。
「特別、変なことは無かったように思いますけど……?」
「本当に?本当に何も無かった?変な感覚とか、ぶつかった感じとか」
念を押すように何度も聞かれ、私は仕方なしにもう一度考えを巡らせてみる。
夜の森を一心不乱に駆け抜けてここまで来たわけだけれど、ぶっちゃけ道中のことはあまり覚えていないに等しい。でもいくら考えても壁のようなものは無かったし、どこかにぶつかったような感じも無かったはずだ。
そう思い、先程と同じ答えを返そうと口を開きかけたとき。
(――――あ)
思い出した。心当たりなら、あった。
そういえば走っている最中、風船みたいなものを突き破ったような、不思議な場所を通り抜けた感覚があったような気がする。全然気にしてなかったけど、もしかして、あれは――
「……どうしたの?何か、気になることでもあった?」
黙り込んだまま動かない私に思うところがあったのか、青年が優しく問いかけてくる。
隠しても仕方ないことなので、私は思い当たることを話してみることにした。
「あの、今思い出したんですけど」
「ん?」
「走ってるとき、なんか膜みたいなものを突き破ったような不思議な感覚があったんですよね。無我夢中だったから、それが何だったのかとか、どこでだったのかとかまでは覚えてないですけど」
そう言った瞬間、青年は呆気にとられたような表情のまま固まってしまった。
(え?え?なんで!?私なんかおかしいこと言った!?)
動揺し視線を彷徨わせる私の耳に、青年の感情を抑えたような声が届く。
「……突き破った?アナタ、今突き破ったって言った?」
「え?あ、はい。よくわかんないですけど、走ってるうちにぶち破っちゃったみたいです」
素直に事実を述べた、その途端。
――唐突に、青年が肩を震わせて笑い始めた。
「くくっ、ふ、あははははは!」
「……!?」
どうしよう、この人いきなりおかしくなった。
うっかり口に出そうものなら確実に怒られそうなことを本気で思い始めた私に構わず、青年は笑いながらランプを持たない方の手で自分の顔を覆い隠した。
「ふふっ、ああ、なんてこと!あはは、おかしいったらないわ!ぶち破った、ですって!?よりにもよってこのアタシの結界を!」
「……あの!私あなたに何かしてしまったんでしょうか!?」
初対面の人に理由もわからず面と向かって笑われ続けるのも癪なので、青年の言葉に被せるように少しだけ声を張ってみせる。すると、彼はようやく笑いを収め、顔を覆う手をどかしてくれた。
「ごめんなさい、失礼したわね」
「いえ……」
「……ねえ、ちょっと質問していいかしら?」
先程までとは違う、静かな声音。
見れば、彼は私をひたと見据えていて、その真剣そのものな表情に思わずたじろいでしまう。
(大笑いされるのもやだけど、これもなんか居心地悪いわ……)
そんなことを思いながらも、私は先を促すためこくりと頷いた。
青年はふっと小さく笑みを零すと、私の頭をまるで安心させるようにぽんぽんと軽く叩く。
「ありがと。でもそんなに硬くならなくたっていいのよ?……そうね、ちょっと確認したいだけなのよ」
「確認って?」
「ええ。アナタ、武器も持っていないし、どう見ても普通の子にしか見えないけれど……どうしてモンスターなんかに追われていたの?しかもこんな真夜中に、森の奥深くまで来るだなんて、ただ事じゃないわよね?」
「あ、それはですね――」
私は青年に事の次第を掻い摘んで説明することにした。
仲間と共にティレシスでモンスター討伐の依頼を受けたこと、その依頼を遂行中に自分に危険が迫り、仲間に逃げるように言われ、モンスターに追われながらここまで逃げてきたこと――――拙い説明だったけれど、青年は時折相槌を打ちながら根気良く私の話を聞いてくれた。
「ふうん……じゃあ、ここに来たのは本当に偶然、ってわけね」
話をすべて聞き終えると、青年は顎に手を当てて考え込むような素振りを見せた。が、ため息とともに「まあいいわ」と手を降ろし、そのまま自身の腰に当てる。
何がまあいいのかはわからないが、彼の中で何かしらに折り合いがついたのだろう。深くは突っ込まない。
「それよりも、いいのかしら?」
「はい?」
「アナタのお仲間。さっきの話からすると、
「…………あ」
言われて、はたと気付く。
何も考えないまま逃げてきたはいいものの、そういえば肝心のロイドに行き先を告げていなかった。
(うっわ、やっべー……)
いやまあ、行き先なんて告げる暇も無かったんだけどね。そんな気持ちの余裕も無かったし。
だけど、それが今、問題となって私に襲い掛かってくる。
ロイドは強いから、
しかも私は横道に逸れまくって、道なき道を進んで今に至る。来た道なんて覚えているはずもないし、出口さえわからない。
「私、迷子確定じゃん……!」
私は思わず頭を抱えた。
もう少し考えて逃げれば良かった、と後悔しても後の祭りである。どうしてもっと頭を働かせなかったんだと、過去の自分を罵ってやりたい。そんなことをしても、現状は変わらないんだけど。気持ち的に。
(いやいや、まずはこれからどうするかだよ……うん、歩いて戻るしかないよね。でもここ森じゃん?知らない場所じゃん?あれ、これどうにもならなくね?ヤバくない?私)
目の前に青年が立っていることも半ば忘れ、うだうだと考え事をし始める私だったが、すぐ近くで噴き出すような音が聞こえたため、我に返る。
見れば、くつくつと喉の奥で楽しそうに笑っている青年の姿があった。
「ふ、くくく……あー、もうっ、一人で百面相しちゃって!見てて飽きないわ、アナタ!」
「ちょ、ちょっと笑わないでくださいよ!こっちはどうやって帰ろうかって、めっちゃ真剣に考えてたんですから!」
「アラ、考える必要なんてないじゃない」
「なっ、そんなこと――」
思わず言い返そうとした私の言葉を遮るように、青年はさらに続けた。
「アタシが街まで送ってってあげるわよ」
「……え?」
私は言い返そうとした台詞も忘れ、まじまじと青年の顔を見つめた。
街まで送る――彼は今、そう言わなかっただろうか。
驚きに軽く目を見張る私に、青年はにっこりと微笑んでみせる。
「迷子のお嬢さん。ねえ、アナタのお名前は?」
「コトハです。コトハ・ミヤヅキって言います」
「コトハちゃん、ね。アタシはクロノス・シェクライド。クロノスで良いわ」
オカマ口調なのにがっつり男の名前だ、とまたしても失礼なことを考えてしまったのは、当然本人には内緒である。
「えっと、じゃあクロノスさん。本当に私を街まで送ってくれるんですか?」
確認の意味も込めて聞いてみれば、青年――クロノスは大きく頷いた。
「もちろんよ。女の子を一人で帰らせるわけにはいかないでしょ?アタシもそろそろ引き上げるつもりだったし、ちょうど良いと思ったんだけど……どうかしら?それとも、アタシがエスコート役じゃご不満?」
「いやいやいや、全っ然オッケーです!大歓迎です!本当に助かります!」
「そ?なら良かった。じゃあ、早速行きましょうか」
クロノスは笑みを深め、善は急げとばかりに私に自分の後についてくるよう促した。
私は素直にそれに従い歩き出しながら、彼の背中を目で追った。
何故クロノスはここにいるのだろうとか、先程彼が口にした結界とはなんだったのかとか、心の中に疑問が浮かんでは口に出せないまま消えていく。でも、彼は危害を加えるどころか、私を街まで案内してくれるというのだから、そんなに怪しい人ではないと思っている。
私の勘なんてあてにならないけれど、少なくとも警戒はしなくてよさそうだ。
そんな風に一人で納得しつつ、クロノスの背について進むことしばし。
二人の間に会話らしい会話は無かったが、私はクロノスを追いかけることに必死で、そこまで気にする余裕も無かった。クロノスは私と違って森歩きに慣れているのか、足場の悪い道でもすいすい進んでいく。これが経験の差というやつなのだろうか。
「もう少し歩けば平坦な道に出るから、そこまでがんばって、コトハちゃん」
クロノスは時折、こうやって遅れがちな私を気にして声をかけてくれたり、私が追い付くまで待っていてくれたりする。申し訳ないと思いつつも、私にはそれがとてもありがたかった。
「クロノスさん、私も一つ聞いていいですか?」
「なあに?」
私はクロノスの傍まで駆け寄り、ランプの光に照らされた彼の顔を見上げる。
「クロノスさんは、どうしてここにいたんですか?」
「…………さあね、どうしてだと思う?」
たっぷりの沈黙の後、逆に問い返され、私は何も言えなくなってしまう。
理由なんて、初対面の私に教える義務も無い。本来は私が知る必要も無いことである。
はぐらかされて終わりそうな気配を察し、私は話を打ち切ることにした。
「いえ、ちょっと気になっただけなので忘れてください」
「そう?それなら良いんだけど……そうね、ねえ、コトハちゃん」
「はい?」
返事をしつつクロノスを見やれば、細められた金色の双眸と視線がかち合った。
「アタシ、アナタが気に入っちゃったのよね」
「……は?」
「だから、アナタの知りたいことは追々教えてあげる。でも、今は――」
言いながら、クロノスは片手を緩慢な動作で持ち上げる。
何をしているのだろうと、私が思う暇も無く。
「邪魔者を、片付けなくっちゃね」
持ち上げられたクロノスの片手が瞬間的に光を帯びたかと思うと、そこから間を置かずに大きな炎の塊が、私の背後に向かって放たれた。
「えええええ!?」
何が何だかわからず、急いで背後を振り向くと、そこには燃え盛る炎に身を焼かれ、苦悶の声を上げる一頭の
「え、な、なんで!?さっきまでいなかったのに、なんでモンスター!?」
「はいはい、後で説明してあげるから今はこっちへおいで。危ないよ」
混乱する私を、クロノスが優しく引き寄せる。
一瞬彼の口調がオカマでは無かったような気がしたけれど、それを気にする間もなく、クロノスはうろたえたままの私にランプを持たせ、庇うように前に進み出た。
ランプを抱える私の目に、彼の片手が再度光を放ったのが見えた。
「このアタシに戦いを挑んだ、自分の愚かさを呪うがいいわ。消えなさい」
クロノスの手の平から迸った大きな炎の渦が、モンスターを包み込む。
そうして
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