第135話 ◆ミキ、本物の神様に会う(その1)

◆ミキ、本物の神様に会う(その1)


貴子は興奮していた。

何しろ宝くじの一等、2億円が当たったのだから。

今日から換金可能なので、銀行へ向けクルマをひたすら走らせていた。

アクセルを踏む足先にもついつい力が入る。


『まず、軽井沢に別荘を買って、クルマはボルボのステーションワゴンを買って・・・ 大きな犬も飼うわ。 そうね・・・ゴールデンリトリバーがいいかしら』

頭の中で、いろいろと妄想していると急に目の前に人影が飛び出して来たのが目に入った。

貴子は思いっきりブレーキを踏むと同時に、ハンドルを人影と反対の左側いっぱいに切る。

ドッカ~ン

大きな音と共にクルマの前部が塀に激突するが、その少し前にボコッと言う鈍い音とわずかな衝撃も感じたような気がした。

           ★

ミキは五月晴れの空に誘われ、近くの公園で開催されているツツジ祭りを見に行く途中だった。

いつもクルマを運転している時は、コンクリートの塀で四隅を囲われ見通しの悪い交差点のため気をつけているのだが、今日は歩きなので、ついうっかりと左右を確かめもせずに、そのまま交差点に数歩踏み出した途端、大きな急ブレーキの音が聞こえたような気がした。

そして腰に何か硬い物がぶつかったような感じがしたと同時に空も飛んだような気がした・・・

           ★

辺りは灰色の霧に包まれていた。

誰かが目の前にいてもわからないほどの濃い霧であった。

ミキは両手を前に出して、そろそろと歩いていた。

「いったいココはどこなのだろう・・・」

地面の上を歩いていると言うよりは、雲の上を歩いているように足元はふわふわしている。

一時間ぐらい歩いただろうか、いい加減疲れて来たので腰を下ろして休もうかと思った時、急に霧が晴れて前方に、光り輝く大きな扉が見えた。

           ★

貴子は、エアバッグが広がった運転席からやっとの思いで這い出ると辺りを見回した。

自分は怪我をしていなかったが、どうやら何かを撥ねてしまったようだ。

だが、辺りには、それらしい人影などは無かった。

「おかしいわね・・・」

クルマはフロントがつぶれてしまっていたが、どうせボルボを購入するつもりだったから廃車にすればいいだろう。

それにしても、ラジエターも壊れて蒸気がもうもうと出ているし、クーラント液もアスファルトに緑色の滲みを作っている・・・


ぎょっ

貴子は緑色の液体の直ぐ隣に、あざやかな朱色の丸い染みが幾つかあるのを見つける。

「こ、これは・・・血? も、もしかして・・・」

貴子の膝が急にガクガクと震えだす。


クルマの衝突音を聞きつけ、近隣の住人も何事かと集まり始めていた。

「ここは本当に事故が多いのよねぇ」

「先月もクルマ同士の事故があったしね」

「今日のは、自損事故みたいだな」

住人達は現場を遠まわしに囲んで、それぞれ話し込んでいる。


「あ、あの・・・ 私・・ もしかしたら人を撥ねてしまったようなんですけど」

貴子は周りに集まっている人達に向かって、力なく呟くように話しかけた。

「おいっ、人を撥ねたってよ」

「まぁ、大変。 救急車を呼ばなくちゃ」

「でも、どこに居るんだ?」

「そうね。 どこに居るんでしょう」

ざわつき始めた住人たちを見ながら、貴子はもう一度アスファルトに付いた朱色の点を見つめていた。

           ★

ミキは眩い光の中で、自分の体がその中に融けていくような感覚を味わっていた。

けだるいような感じ、それでいて周期的に物凄い快感が走る。

その扉からあふれ出る光を受けているだけで、そんな状態だった。

扉を開けて、中の光を全身に浴びたら、いったいどうなってしまうのだろう。

ぼ~っとした頭の中で、何も考えられないまま導かれるように扉に向かって自然に体がゆっくりと前へ進む。

そしてミキが近づくと誰もいないのに扉がゆっくりと開き始める。

光、ひかり、ヒカリ・・・

眩しいと言うよりは、辺り一面が真っ白になる。

そしてミキもその中に溶け込み消えていく。

「あっ・・・あぁ・・・」

           ★

事故があった交差点に隣接した大きな家の庭に、ミキの体は無惨にも転がっていた。

貴子がスピードを出していたため、大きく弾き飛ばされたミキの体は塀を飛び越え、その裏側に落下したため道路からは、ちょうど隠れた格好になって発見が遅れたのだ。

ミキは既に意識も無く、横たわったその体は、ピクリとも動かない。

撥ねられた後2~3分は自発呼吸もしていたようだが、今はもう心肺停止状態であった。

ミキの魂は体から離れ、千織と同じように霊体となって、どこかに漂っているのだろうか。


次回、「ミキ、本物の神様に会う(その2)」へ続く

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