第122話 ■千織、海に沈む その9

■千織、海に沈む その9


ぷはっ

陽子は一旦、海面に浮上するとレギュレータを口から外し、大きく深呼吸をした。

ボートの上では、ミキがうつらうつらと舟を漕いでいる。←居眠りをしていることッス。

「すみませ~ん。 ミキさ~ん」

陽子はボートの縁に手をかけ、船上のミキを大声で呼ぶ。

ハッ

どわわ・・

居眠りをしていたミキは、不意に呼ばれたので、声の主を探してキョロキョロと大慌てである。


「こっちですよ!」

その声にミキも陽子の姿をボートの隅に捕らえる。

「あれっ? 千織はどうしたんですか?」

「それが、重たくて連れてこれなかったんです」

「あっ、そうか。 千織はロボット(機械)だからですね?」

「そうなんです。 仕方が無いのでロープを掛けて引き上げようと思うんですけど、そのボートにロープは、ありますか?」

「ロープですか・・・」

そう言われてミキは、狭いボートの上を一回り探してみる。

「陽子さん。 ダメです。 このボートには、ロープはないみたいですよ」

「そうですか・・・ 困りましたね・・・ 千織ちゃんには申し訳ないのですけど・・」

「こ、このまま沈めておくんですか?」

ミキは、まさかの展開に動揺を隠せない。


「いいえ。 絶対に連れて帰りますよ。 ちょっと手荒ですけど、このボートのアンカーを使います」

「アンカーって・・ 碇で引き上げるんですか?」

「そうです。 わたしが潜って千織ちゃんをアンカーに引っ掛けますから、そこのレバーでアンカーを巻き上げてください。 でもあと5メートルほどボートを右に寄せてもらえると助かるんですけど」

「ど、どうやって寄せるんですか? あたしクルマなら運転できるけど船は無理ですよ~」

「そこにある、救命用の浮き輪をわたしに投げてください。 わたしが手を振ったら、ボートのハンドルを少しだけ右に切って、大きく旋回してきてください。

旋回するとき、浮き輪を目標にハンドルを微調整すれば、たぶん寄せられると思います」


「えーーーっ、 い、嫌な予感がしますぅ・・」

「ミキさん。 もう時間がありません。 もう直ぐ1時間経ってしまいます」

「わ、わかりました・・ やってみます」

ミキはエンジンのスタータボタンを押す。

ボボボボボッ

「それじゃ、行きます!」

ブォーーーッ

ボートのエンジンはスロットレバーで行うのだが、慣れていないので加減が難しい。

いきおい最初は全開に近い状態で、ボートは大きな波飛沫を上げて猛ダッシュする。

「はわわ~」

「ミキさ~ん。 落ち着いてぇーーー!」

遠くから陽子が叫んでいる。

「うわっ、うわっ。 はりゃ~~」

スロットルとハンドルだけの操作なのに、辺りを見渡す余裕も無い。

「ミキさん、危な~い。 きゃーーー」

陽子の悲鳴で、ミキがボートの前方に目を向けると、目の前に紅白の浮き輪と陽子の姿が飛び込んでくる。

「だ、ダメェーーー!」

ドガッ

嫌な音がしてボートは、陽子が居た場所を駆け抜けた。

「わーーーっ。 陽子さ~ん」

ミキは、大声で叫びながらも、相変わらずボートを制御できていない。

ボートは、大きな円を描いて同じ場所を旋回し続ける。

ボートからは、真っ二つになった浮き輪が海に浮かんでいるのが見えたが陽子の姿は、そこには無かった。


次回、「千織、海に沈む その10」へ続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る