第108話 ■野良ロボット(後編)

■野良ロボット(後編)


キキキーーッ

シルバーメタリックのレガシーGTが、渋谷の”とあるビル”の前で急停車する。

ハザードを点滅させたまま、運転席と助手席から、ほぼ同時にミキと清水さんが飛び出してくる。

「こっちだ! 清水さん!」

「はい。 ミキさま。 気をつけてください! 敵は銃を持っているかも知れません」

「えっ? 銃?」

さっきまで勇ましかったミキの足がピタリと止まる。

それには理由わけがあった。 そう、高嶋教授の記憶が甦ったのだ。

エミが撃たれたあの事件、あの場面が頭の中に鮮明に浮かぶ。


「ミキさま。 どうなさったのですか?」

「銃って・・・ ピストルの事だよね」

「そうです。 もしもの事があるといけないのでミキさまは、わたしの後からついて来てください」

「ちょ、ちょっと待って。 やっぱり警察を呼ぼう」

「ダメですよ警察は。 事件が起きてもないのに来てくれませんよ」

「そ、そんな~」

「さっ、参りますよ」

「あぅ~」

「どうしたんですか?」

「ち、ちびったかも・・・」

「まぁ、またですか?」

「確かに股ですけど・・」

「こんな時に冗談なんか言ってないで、覚悟を決めてください!」

「わかった。 やるときはやる! こう見えても元は男だい!」

「何をごちゃごちゃ言ってるんですか? さぁ、行きますよ!」

こうして二人は薄暗い階段を音を立てないように下りていったのであった。

***

**

一方、ミキたちに遅れること5分。

真っ赤なBMWも未来ミクの誘導で渋谷の、とある雑居ビルに到着した。

「こっちです」

ここからは霊視のできる陽子が誘導する。


「それにしても、ミキのレガシーが見当たらないなぁ?」

「どこかで、道を間違ったんじゃないのか」

「確かに、ミキはそそっかしいからなぁ」

「このビルの地下2階ですね」

陽子が二つ並んだひょろ長いビルの一方を指差した。


「こ、このビルは・・・」

「なんだ、鋭二。 このビルに来た事があるのか?」

「あ、い、いや。 その・・・ なんて言ったらいいのか・・・」

「さぁ、急ぎましょう。 千織ちゃんが服を脱いでいるのが見えます」

陽子が霊視し緊迫した状況を逐次、みんなに知らせる。

「やっ、それは大変だ」

秀一の顔が険しくなる。


みんなで、階段を一気に駆け下りる。 否、一人を別にして。

地下2階の階段突き当たりに木製のどっしりしたドアがあった。

明らかに防音用のドアである。

「あっ、確かに中に千織ちゃんが居ます」

「よし、突入するぞっ!」

「ちょっ、ちょっと待った」

「なんだ、鋭二。 怖気づいたか?」

「いや。 違うよ。 ここは、俺がたまに接待で使う店なんだ」

「なんだって? それじゃ、なんでここに千織が居るんだ?」

「さぁ、それは俺にもわからないよ」

「ここは、クラブか何かなのか?」

「あ゛~~ もぉ。 ここはコスプレ専門のキャバクラだよ」

鋭二は、破れかぶれ状態である。

「なんだって?」

「そんなに変な店じゃないって! ほらっ」

鋭二が重たいドアを押し開けると、中からアニソンが大音量で流れてくる。

「おおっ、見事な防音だな・・」

秀一は科学者なので、そっちのスイッチは直ぐに入るのだ。

「そうだろっ! このドアは俺が寄贈したんだ。 ドアの中にうちで開発した特殊な新素材を使っているんだよ」

陽子は二人の後ろで呆れたような顔で立っている。

コホンッ

「お二人とも、ここにいったい何をしに来たのですか?」

陽子に言われて二人とも、はっと我に返る。

「そ、そういえば、そうだった。 千織は?」

千織のことを思い出した二人は、店の中に入っていく。


「いらっしゃいませ」

黒服の男が丁寧に出迎える。

「おや、大沢さま。 本日はご予約いただいておりましたか?」

「あっ、いや。 ちょっとそこまで来たついでなんだ。 混んでいたら、またにするよ」

「いいえ、大沢さまはVIP待遇ですから。 どうぞVIPルームは空いておりますよ。 それに今日入店したばかりのカワイイ娘がいますから。 そちらの3名様もご一緒でしょうか?」

「あ、あぁ。 い、一緒です」

鋭二は、この先に起こる事が大体読めていた。

でももう、ここまで来てしまったのだから仕方がない。

ジタバタしても、余計みっともないだけである。


黒服に案内されVIPルームの豪華なソファに腰を下ろして直ぐにコスプレ衣装の女の子が2人やってきた。


「ち、千織ちゃん。 あ・・あなた、ここで何をしているの?!」

陽子がそのうちの一人の娘を見て驚き、思わず大きな声を上げた。 

「霊媒師のお姉さんこそ、こんなところで何してるの?」

千織は悪びれずに、にっこり笑いながら喋りかけてくる。


「あっ、も、もしかして、千織ちゃんのしたかった事って!」

「そうよ。 千織は、一度このメイドさんの服を着てみたかったの。 だって、霊体のままじゃ本物の服を着るのは無理だもの」

「でも、いったいどうして?」

「千織の家には、メイドさんが沢山いたのよ。 わたしにも一人とっても優しい、さゆりさんっていうお姉さんが、ついて世話をしてくれていたの」

「なるほど、そのお姉さんがメイド服を着ていたんだね」

鋭二は、話しが自分の話題にならないように必死だ。

「そうなの。 わたしも同じ洋服が着たいって言ったのに絶対ダメだって着させてくれなかた。それに、少しして、さゆりさんも居なくなっちゃって・・・」

「でっ、千織ちゃんの願いは、これで叶ったってわけだね」

「えっ? なんの事?」

「なんの事って。 ほらっ、千織ちゃんの、したかった事さっ」

「やだなぁ・・千織のしたかった事は、他にもまだまだ沢山あるよ~」

「た・・たくさんある・・のか・・・」

鋭二は、そう言うとへなへなとソファに腰を落としたのであった。


次回 「まっ、間違えましたぁ」へ続く

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