第102話 ■だまされないぞっ!
■だまされないぞっ!
「あっ・・・っと。 ち、ちびっちゃたかも~ アハッ、ハハハ・・・」
まるでスローモーションのように、それでも少しずつバスルームのドアが近づいてくる。
ああっ、あと1m・・・そう思ったとき。
ミキとドアの間に、ぼわ~っと人影が浮かび上がった。
「・・・・・」
人はあまり恐怖が大きいと悲鳴がでないものだと、ミキはこの時初めて知った。
太腿から膝の裏側に向けて,生暖かいものが流れていく。
ミキの下半身からは、もはや力が抜け、その場にへなへなと崩れ落ちるようにしゃがみ込む。
・・
・
そして、両足をハの字型にしてお尻を浴室のタイルにぺったりつけた状態のまま、目の焦点も合わずに、ドアの方をしばらくの間、ぼぉ~っと見ていた。
「・・ね・・・・・おねえ・・・お姉さんってばっ!」
どのくらい呆けていたのだろう。
ふと、ミキは頭の上から自分を呼んでいる声に気がついた。
「あっ・・・千織・・」
「ふふふっ・・」
「あ、あなた、林太郎くんに会って成仏したんじゃ・・・」
「確かに、もう一人の千織は、成仏したと思う・・・」
「も、もう一人って?」
「林太郎くんだって・・・そう思った時に成仏したんだと思う・・ でも、彼に抱きついた時に、この人は人間じゃないって、もう一人のあたしは気がついたわ。 だって霊って、人や壁なんかを通り抜けれるでしょ。 あの時、彼の体は確かに機械で出来ていたもの」
「あぅ~ そ、そっか~」
「その時ね・・・ 成仏してもいいって思っていた自分と騙されたっていう、もう一人の自分が葛藤したんだと思う」
「それで・・・」
「そう、騙された。 ちくしょうーって思ってこの世に残ったのが、あ・た・し!」
ひぃーーーー
「ゆ、ゆるしてください。 わたしたちは、ただ千織ちゃんに成仏して欲しくって・・・」
「水車・・ねっ」
千織が、ぼそっと呟く。
ひっ
ミキの体がびくんと振るえる。
今度はちびるだけではすまなかった。
恐怖のあまりミキは、またしても失禁してしまう。
「あ~ぁ、おねえさん。 もう一度シャワー浴びなきゃね。 そのかっこう。 オシッコまみれじゃない」
あ゛ーん あん、あん あ゛ーーーっーーー
ミキは、堰を切ったように、突然大きな声をあげて泣き始める。
恥ずかしいのと悔しいのと悲しいのが、ごちゃ混ぜになって自分でもなんだかよくわからなくなっていた。
もう、プチ人格崩壊って感じだった。
「な、なんで泣いてるのよ? ねぇ、早くシャワー浴びなよっ。 ほらっ」
幼児の様に泣くミキに、かえって千織の方が焦っている。
え~ん
知らないうちに、どっちが大人なんだかが、分からない状態になっている。
「ほら、泣かないで。 ねっ?」
えぐっ えっ、 えっ
千織がミキの頭を撫でようとした、その時、 バスルームのドアが大きな音とともに開いた。
「千織っ! やっぱり・・・」
バスルームに勢い込んで飛び込んで来たのは、陽子だった。
「千織ちゃんの気配を感じたので、急いできたの! あなた、確かに成仏したはずなのに・・・ あり得ないわ・・・ いったいどうして・・?」
「あたしだって、成仏したかった・・・ ううん、 もう一人のあたしは、確かに成仏できたわ。 だから、今は幸せよ!」
「そっ、 そういう事なの?! 霊体が二つに分離するなんて有り得ないわ・・」
陽子は、まだ信じられないっといった顔で、ただ千織の顔を見つめている。
「そっちのお姉さん。 シャワーを浴びたら相談したいことがあるんだけどなぁ・・」
まだ、しゃくりあげていた、ミキが千織の方を、うつろな目で見上げる。
「わ、わ゛たし・・に、 な・・何を・?」
「もう、お屋敷は壊されてしまったわ。 あたしには分かるの。 だから、もう帰るところが無い・・ まっ、そんな話しってところね。 じゃっ、待ってるわ」
そう言うと千織は、陽子の背中を押して、バスルームから出て行った。
ミキは、バスタブの淵に掴まり、のろのろ立ち上がると、シャワーを浴びなおした。
・・・
・・
・
ミキがシャワーを浴びて、リビングに戻ってくると、鋭ニ、陽子、清水さん、林太郎、そして千織が神妙な顔で、一言も話さずにソファに座っていた。
ミキは、皆の前を通り、しずしずと千織の前の席に腰をかけた。
「さっきも少し話したけれど、あのお屋敷は、もう壊れて跡形もなくなってしまったわ。 だから、あたしは帰るところが無くなってしまった。あれほど壊さないでってお願いしたのに」
ミキが座ったのと同時に千織が話し始める。
「そ、それは僕らの力では、どうしようも無かったんだ。 本当に力不足で申し訳ないと思っているよ」
鋭ニが呻くような声で、力なく言った。
「ま、また・・拷問するの?」
ミキが引き攣った顔で千織に質問する。
「まさか。 もう一人のあたしは、満足して成仏したの。 その時、わたしの中のこの世の未練は、断ち切れたわ。 だから、そのことは、もうどうでもいい事なの」
「じゃぁ、相談って・・」
「あたしは、この世でもう少し人間として生きてみたいの」
「なっ、そんなことは無理よ。 だってあなたは霊体じゃない!」
さっきまで俯いたままだった陽子が、大きな声をあげる。
「そっかな。 みんな、あたしよりお姉さんやお兄さんなのに頭が悪いのね」
「確かに、あたしは頭悪いよ! だけど他のみんなは、有名な大学を出てるし、頭は超イイんだからね!」
ミキは、いろいろなことに直ぐ反応し熱くなるタイプだ。
「そうかしら。 あたしは、女の子の体が欲しいだけよ。 つまり、林太郎くんみたいな、入れ物があれば・・・」
あっ!
みんなが、ほぼ一斉に気がつく!
「そっか。 ロボットに千織が憑依するのか」
鋭ニが代表したように、思った事を口に出す。
「ちがうわ。 ロボットの体に魂が宿るのよ」
陽子の目が光を強くする。
「でも・・女の子のロボットって言ったて・・・」
「そうですよ。 ロボットと同期して動くのは無理なんじゃないですか?」
メカに弱そうな清水さんが、意外なところを突いてくる。
「兄貴なら、なんとかしてくれそうな気がするけど・・ この間無理を聞いてもらったばっかりだからなぁ・・・」
「!! そ、そうだ!! 未来ミクちゃんは?」
「未来さんが、どう関係するんだよ?」
「ううん。 今の未来ちゃんじゃなくってサ! ほらっ、前の・・・」
「あっ!!」
そうなのだ! 新しい未来へ生まれ変わった際、元々の未来は機能を停止して保管されているのだった。
「やれやれ、またニューヨークまで行くことになりそうだな!」
次回 「秀一の提案」へ続く
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