第92話 ■千織の望み(後編)

■千織の望み(後編)


「聞きたいことですって?」

千織は、ゆっくりと陽子の方へ向き直り、真っ直ぐに陽子の目を見つめた。

その目は、吸い込まれるような寂しさに満ちていた。


なんて悲しそうな波動を出しているんだろう。

陽子は、千織の目を見つめ返しながら、その一部を心の中で感じ取っていた。

「そう、あなたに聞きたい事があるの」

陽子は再びゆっくりと千織に語りかける。


「ふ~ん。 わたしは別にお姉さんに話す事なんか何もないけど!」

「そうかしら? わたしには千織ちゃんが大好きだった男の子の話をしたいと心の中では思っているように感じられるのだけど・・・」

陽子がそう言うと千織はしばらくの間、俯うつむいていたが、やがて、意を決したように背筋をピンと伸ばして、語り始めた。


「わたしはね。 まだ成仏するわけにはいかないんだ」

「そうなの? まだこの世でやらなければならない事があるのね?」

「まっ、そんなところね」

「もしよかったら、詳しく聞かせてもらえないかな?」

「わたしが死んじゃったとき。 えっと、これはわたしが住んでいた家で、かくれんぼをして遊んでいた時なんだけど、そのとき鬼になった男の子のことが、わたし大好きで・・・」

「そう、とても好きな男の子だったのね」

「うん。 それで、その子をびっくりさせようと隠れる場所を一生懸命に、探してて。 でも隠れる場所が見つからなくって焦ってた」

「それで事故にあったの?」

「そうよ。あんなところさえ通らなければ・・・」

「その男の子は、あなたが事故にあったことは知っているの?」

「たぶん、知っていると思うけど。 どうして死んだかは知らされていないと思うわ」

「あなたは霊になってから、その子とは会っていないのね」

「だから・・だから会いたいの」

「千織ちゃんは、その想いだけでこの世に留まり続けているのね」

「でも、そこのお姉さんたちの所為で、わたしの住んでいるお屋敷が壊されちゃいそうなの。 そうしたら、わたしは、もうこの世にはいられなくなってしまうわ」

「えっ、ええーーーっ! それって、あたし達の所為なの?」

ミキは、思わず鋭ニと顔を見合わせてしまった。


「そうよ! わたしが家を壊さないようにお願いしているのに、ちっとも聴いてくれないんだから」

「だって、それは・・・」

ミキは、そんなことを自分に言われたって困るという顔をしている。

「林太郎くんとは結婚の約束をしていたのに・・・」

「け、けっこん? だって、あなたが死んだのって、確か3つの時じゃ?」

「そうよ。 それのどこが悪いの? 林太郎くんは5歳、千織は3歳。 夫婦の年の差は2歳。 理想的じゃないの」

「ねぇ、ねぇ。 千織がいくら3つで死んだってサ。 いま林太郎くんって、いったい何歳なんだろうね?」

ミキは、鋭ニの腕を右肘でつついて、小声でヒソヒソと確認する。

「う~ん。 もうしかしたら、林太郎くんも生きていないんじゃないかな」

鋭ニも千織に聞こえないように小声でミキの疑問に答える。


「ところで千織ちゃん。 林太郎くんに、いままで会えなかった理由は何なのかしら?」

陽子は、ミキ達のヒソヒソ話しを遮ると、確信に迫る質問を千織に投げかけた。

「そ、それは、千織は林太郎くんに、あの日初めて会たから、どこに住んでいるとか知らないので、あそこでじっと待つしかなかったのよ」


「あの日初めて会ったですって!」

ミキは、驚いて大きな声をあげる。

「しっ。 ミキさんお静かに。 千織ちゃんは、当時3歳ですから何もおかしくはありませんよ」

陽子は、話しの腰を折らないよう、ミキをそれとなく注意する。

「そ、そうでした。 あたしも鋭ニさんには、ひと目惚れでした」

ミキの一言に、鋭ニは耳まで真っ赤にしている。


「それじゃ、千織ちゃん。 もしもう一度、林太郎くんと会えたら、成仏できるわね?」

「うん。 約束するよ。 千織、林太郎くんに会えるの?」

「そうね。 そこのお兄さんとお姉さんが林太郎くんに会わせてくれるはずよ!」

陽子は、横目でミキと鋭ニを見つめながら、自信満々の笑みを浮かべ答えたのであった。

「ほえっ?」

↑ミキは間の抜けた顔をしながら、自分の顔を指差したのだった。



次回、「林太郎に会えるかな?」へ続く

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