第51話 ◆ひとつになりたい

◆ひとつになりたい


ミキがエミの事を大切に想う気持ち。 その気持ちがエミの心に大きな影響を与えつつあることを、この時点でみんなは知る由はなかった。


あの日。 自分の事が大切で杉山のことが許せないと、猛烈に怒ったミキを思い出す度に、エミは胸が締め付けられるように苦しくなる。

この感情・・・切なさにも似た・・・もっとどうしようもなく、じっとしているのが苦しくてたまらない気持ち。

ベッドの上で、頭をかかえて、ただ震えることしかできない。 こころが痛い。

「お姉ちゃんと・・・ひとつになりたい」 エミの口から、自然にこぼれたこの言葉。

・・・

・・

次の日、仕事先のTV局の楽屋で、エミは今の正直な気持ちをミキに打ち明けた。

「だって。 だって、お姉ちゃんとひとつになりたい! この気持ち、どうしようもないの!」

「エミ・・・ 何を言ってるの? わたし、意味がわからないわ」

「だから・・・エミは、お姉ちゃんそのものなの! わたしは・・・わたしはその体の一部だったんだよ! だから、元に戻りたいの・・・」

「だって、それはどう考えたって無理じゃない」

「わかってる。 そんなのわかってる。 だからこんなに苦しいんじゃない!」

「エミ・・・」

ミキは思わず、エミを強く抱きしめる。


「エミ・・・ 帰ったらお父さん達に相談してみようか・・・」

「うん」

その日の夜。 早速、山口両博士に、二人して相談に来ている。


「ねぇ。 二人をひとつにする方法なんてあるのお父さん?」

「う~ん。 いくら科学が発達したとは言え、二人の人間を一人にするのは無理だねぇ」

「でもエミは、なんでミキなんかとひとつになりたいの?」

智子お母さんは、ミキが傷つくような一言をしれっと言う。


「ちょっと。 ミキなんかって、ひどくない?」

「ごめん。 お母さんつい」

「つい? むぅ~」

ミキは、更にちくりと刺されたような気がした。


「わたしは・・・お姉ちゃんの細胞のひとつから生まれたから、もとの体に戻りたいって、頭の中にいつもそんな気持ちがあるの。 それが日に日に強くなって・・・」

「そうなの・・・こころが苦しいのね。 かわいそうに」

智子ママは、エミの頭を優しくなでてあげる。


「一人にするのは無理だけど、エミの気持ちをもう少し整理して、こころの負担を軽くすることはできると思うよ」

「ほんと? お父さん」

「ああ。 ほんとさ」

「で、いったいどうするの?」

「うん。 お父さんの知り合いで、高辻君と言う心療内科のドクターがいるんだけど」

「心療内科?」

「そう。こころの病気を診てくれる先生ってところかな。 ちょっと変わったドクターだけどね」

「カウンセリングとか?」

ミキは、およそ自分とは無縁なものなのに、どうやら心療内科の事を知っているようだ。


「そう。 他にも、いろいろな治療方法があるみたいだけどね」

「それじゃ、エミ。 早いうちに一度診てもらおうよ」

ミキは直ぐに反応する。 こういう場合の行動・決定の早さ(そそっかしいところも)はミキの長所なのだ。

「うん。 わかった。 そうする」

エミは、素直な性格。 ミキのクローンでもニューロンやシナプスの状態は、かなり違うようだ。

・・・

・・

そして次の週、山口博士に手配してもらった、個人経営だが途轍もなくデカイ病院に二人はやってきた・・・

「ひゃ~。 すっごく大きな病院だね~」

「ほんと。 エミが入院してた大学病院みたいだよ」

「これ、ほんとに個人経営なの?」

「受付は、いいから直接ここに行きなさいって、お父さんが」

「どれどれ? ふ~ん。 この地図だと、一番端っこのあの建物じゃない?」

「え~ あれなの???」

”目が点”状態のエミの視線の先には、きのこの形をした大きな建物が建っていた。


「そういえば、ここの建物ってさ、なんかみんな変わってるよね」

「うん。 診療内科専門だからなのかな~」

「まっ、とにかく行ってみよっ!」

近くで見ると、巨大きのこの建物は、とっても不思議な感じがするものだった。


「あっ、やっぱりここだぁ。 特別診療棟って書いてある」

「なんか、怖いよ。 お姉ちゃん」

「大丈夫だよ! わたしがついてるって」

「う・・」

「ほらっ、元気出して!」

「う、うん」


建物の中に入ると、大きなスクリーンとボタンが並んだ受付用の機械が置いてある。

「わたし、機械は苦手なんだ。 エミ頼むよ」

エミは、メカやPCなんかは比較的得意な方だが、ミキはNG。 元男の子なのに・・


ピッ ポッ ピッ ピッ パッ

受付機の画面を見ながら、いろいろ情報を入力していく。

「あの~。 山口と申しますが。 高辻先生はいらっしゃいますか?」

「どうぞ、正面のエレベーターで5階まで上ってください」

受付機から、女性の声で案内が流れる。


「5階だって。 お姉ちゃん」

「OK! レッツゴー」

ミキは、なんだか、はりきっている・・


「ポ~ン。 5階・・デス」←エレベーターの電子音声

エレベータのドアが開くと、そこに白衣を着た背の高い男の先生が立っていた。

「山口エミさんですね?」

そう言いながら当然のように、ミキの前にゆっくり歩いてきた。

「わたしは、大沢ミキです。 エミはこっちです」

ミキは初っ端からエミと間違われ、ちょっとムカつく。 ハタから見たら絶対にどっちがエミかわからないのに。


「ハハハ。 これは失礼しました。 いやー、ほんとにそっくりですねー」

「あのぉー、失礼ですが、高辻先生ですか?」

「はい。 高辻 智明デス。 よろしく」

「よ・・よろしくお願いします」

エミはぺこりとお辞儀をする。


「それじゃ、こちらにどうぞ」

「はい」

「あっと。 ミキさんは、こちらの部屋で待っててくださいね」

「エミ・・」

「大丈夫だよ。 お姉ちゃん」

「では、こちらに」

「はい」

エミは、高辻ドクターと一緒に診療室に入って行く。


「う~ん。 心配だなぁ・・・」

ミキは、自分の事のように、そわそわしている。

「エミがひとつになりたいって、こんな気持ちなのかなぁ・・」

「キャー」

しばらくすると、診療室からエミの大きな悲鳴が聞こえてきた。 大変だ!

「なっ! エミ」

ミキは、ダッシュで診療室のドアまで駆けて行き、すごいスピードでドアを開けた。

「エミー!! 大丈夫?」

「キャー。 ハハハ。 ヒィー おかしいー。 お腹が痛いよー アハハ」

「こ・・これはいったい何?」


「あっ、こまるなー。 カウンセリング中なのにー」

「お・・・お姉ちゃん。 高辻先生っておもしろーい」

エミは、お腹を抱え涙を流して”ひぃひぃ”言っている。

「何? 何? なんなのぉー」

「さぁ、エミちゃん。 それじゃ今日の治療はおしまいにしよう」

「えーーっ もう終わりなんですか。 先生、それで次の診察はいつですか?」

「山口智子教授からの診察依頼だと、来週の火曜日になってるけど」

「えっ、お母さんが私のスケジュールを?・・・えっと、次は火曜日ですね。 わかりました」

エミはピンク色の手帳を出して、しっかりスケジュールを書き込む。


「それじゃ、またね。 エミちゃん♪」

高辻先生、カッコイイです。 おいしそうです。 素敵です。

エミは、なんだかぼーっとしている。

「あー。 おもいっきり笑ったら、すっきりしちゃったぁー」

「エミ・・・もう大丈夫なの?」

「うん。 エミはエミでよかった。 お姉ちゃんとひとつじゃ、高辻先生のこと・・・キャッ 恥ずかしいー」

「えっ? エミ あんた。 ひょっとして・・・」

やれやれ、惚れっぽいところは、やっぱりミキのクローンである。


次回、「闇討ち」へ続く

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