Sidestory:沙織episode6
このままにしておくわけにはいかない。
昨日のあれはやりすぎた。基にしっかり謝らなければ。そう思って基のクラスに行ったものの、基の姿はなかった。
下駄箱に靴はあるので帰ったわけではないだろう。そう思い昇降口で待っていると、基がやってきた。
「あ……基」
目をそらしてはいけない。そう、頭ではわかっているのに基の顔を見るのが怖くてそらしてしまう。
「沙織」
自分の名前を呼ばれただけなのに、こんなにも苦しいなんて。でも、言わなければ、言葉にして思いを。
「昨日はごめん。謝りたくって」
謝りたくって待っていた。けど、許してもらえるなんて思っていない。私のせいで二人の仲はさらに悪化したことだろうし、基の努力を無駄にしてしまったことは事実だった。
「僕こそ、立ち聞きなんてして悪かった」
基は優しいな。こんな我儘な行動ばかりしている私に。
「ううん。……私、昨日言いすぎちゃって。茜ちゃんにも謝った方がいいよね」
聞くことじゃないのはわかっている。でも、心のどこかで思っているんだ。私は悪くない。本当のことをいっただけだって。でも、いくら本当のことでも、言ってはいけないことがあるはずだ。
「茜も沙織に謝りたいって言ってたから、今度家に顔を出したらいいんじゃないかな」
「そっか。うん、わかった。ありがとう」
あれ。いま、茜もって言ったよね。どういうこと、もしかして。
「基、何かあった?」
「え?」
ちょっと遠まわしすぎる質問だったかな。
「茜ちゃんと仲直りしたとか?」
私の中で期待が膨らんでいくのがわかる。私の行動が失敗以外を生んだのではないかと思うと聞かずにはいられなかった。
「……うん。やっとお兄ちゃんになれた気がする」
気恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにそういった基を見て、私はただ胸をなでおろした。
「そっか。よかったね、基」
本当に、よかった。
「うん」
「それに何より、何か吹っ切れたようでうれしいよ」
「……うん」
私が茜ちゃんの気持ちを引き出したおかげで解決した、なんて、傲慢をいうつもりはない。
けど、理由も過程もどうでもよかった。基が今、すっきりした顔をしていることが何よりうれしい。
「ありがとう。沙織」
「え、なに? どうしたの、基」
唐突に出た基の言葉の意味は解らない。感謝されるようなことをした覚えはないんだけど。
「いいや」
でも、なんとなくわかる気がする。感謝の気持ちを言いたいときはあるんだ。それが、なかなか言葉にできないだけで。
「それじゃあ、私は部活行くね」
「あ、うん。がんばって」
「うんっ!」
がんばって。基にそういわれたことも相まって久々に部活に集中することができた。
大会を控えた今、あまり体をなまらせるわけにはいかない。
「あの、先輩」
そんな日の部活終わり、奈央が話しかけてきた。最近休みがちだったし、その理由が気になっているのだろう。コーチにも家の都合だとごまかさなきゃならなかったことを思い出し、少しばかり気分が下がる。
「何、奈央」
「私……。桐原先輩に告白、しました」
「……え?」
耳を疑った。基に告白するって確かに聞いていたけど……。なんで告白したの、なんてばかなことを聞きそうになった。そんなの決まっている。好きだから。
「報告、しておいたほうがいいかな……と」
少し恥ずかしそうに言う奈央を見ていると、なぜか胸が締まるように苦しかった。
「それで、基はなんて?」
「まだ、答えはもらっていないです」
少し残念そうにした奈央を見て、私はなぜかほっとした。胸のつっかえた感覚も薄らいでいく。
「そっか」
「あの、すいません。失礼します!」
「あ、うん。お疲れさま」
なんで謝られたのかわからない。でも、基はどう思っているんだろう。奈央みたいな可愛い子に告白されたんだからうれしいんだろうとは思うんだけど。
……基は咲良さんのことが好きなのかと思っていた。
でも、これでよかったのかもしれない。咲良さんは基の前から……
***
「ねえ、沙織さん」
「な、何でしょう?」
まだ二度しか話したことのない相手の前で理由も言わずに泣きわめいていたのかと思うと、途端に恥ずかしくなってきた。
「沙織さんは、基くんのことが好き?」
「へっ⁉ あ、えと」
いきなり何を言い出すのかと思えば。
「幼馴染ですし……友人としては好きですけど」
「けど、何?」
「え、いえ、別に」
面白そうに私の様子をうかがいながらも、咲良さんの表情はどこか寂しそうだった。
「いずれ、自分の気持ちに気づいたときに手遅れにならないで」
「いえ、だからそんなんじゃ……」
慌てて否定しようとした私に、咲良さんは
「私、もうすぐここからいなくなるんだよ」
真剣な言葉でそういわれると、どう返していいのかわからなくなる。
「引っ越し、ですか?」
「ううん」
「もしかして、親せきの家に来てるとか?」
「違う」
「じゃあ、なんで?」
なんで。その思いは別のところにあった。なんで私に言うのか。なんで今言うのか。
嫌な予感がした。基のことを好きかと私に聞いた理由を考えて、でも、答えにはたどり着きたくなかった。単にからかっただけだ。そう思っても、咲良さんのさみしさを隠そうとした笑顔を思い出してしまう。
「桜がもうすぐ散ってしまうから。私も、この場所もなくなる」
「……意味、分かんないですよ」
心構えをしたのに。病気だとか言われるのかとおもったのに。
でも、いなくなるのは本当なのだろうか。咲良さんは桜が散るころに何か理由が
あってこの場所を離れる。だから、私や基は咲良さんのこともこの場所のこともそのうち忘れてしまうと、そう、言いたいのかもしれない。二度と来なくなれば、確かにその可能性はある。でも、なんでそんなことをわざわざ私に話すのだろう。
「私の存在も、この場所も。この先、基くんの足かせになってしまうかもしれない」
「そんな……」
そんなことない。そう、言い切ることはできなかった。私にしてみれば、この場所は基がふさぎ込んでいたことの象徴ともいえる場所なのだから。
「桜が散れば、基くんは忘れてしまう。この場所も、私のことも。そうしたら、私にできることはないから。……基くんを支えられるのはきっと、あなた。沙織さんだと思うから」
そんなことない。間違いばかりで、失敗ばかりで……私こそ、基の足かせにしかなっていないと思う。それに、
「忘れないと思います」
「え?」
「何があっても基はこの場所も咲良さんのことも忘れません」
基は忘れたりしない。
咲良さんの言葉は基にとって、とても大きなものなんだと思う。そのくらい、このあいだの様子を見ていればわかる。それに、私自身、咲良さんのおかげで気づけたことも多いんだ。
この場所も咲良さんも基にとっては大切なものだから。
私にとって、ここがどんな場所であったとしても、そんなことは関係ない。
基は自分の大切な人を、大切な場所を忘れてしまうほど冷たい人間ではないのだから。
「無理だよ、忘れちゃう。ううん。忘れるべきなんだよ」
「……なんで、そんなこと」
そこまで言うのはなぜなのだろうか。咲良さんは基に対していつも真剣だった。少なくとも私にはそう見えた。なのに、なんでそんなことを言うのかわからなかった。
でも、咲良さんは
「もう、時間はないから。咲いた花は必ず散る。最後の時は必ず来る。私はさくら、だから」
その言葉にどんな意味があったのかはわからない。でも、決して冗談を言っているようには聞こえなかった。
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