或る日に書いた文章
@qwertydotnet
2016/02/04
気がつくと、向かいのベンチの喫煙者は消えていた。彼は、彼がどこに消えたのか、あるいは帰ったのだろうかとわずかに思いを巡らせながら、頭の大半では自分の行方を考えていた。 自分のこの半年を振り返りながら明日を考えていた。
自分はあの人にとって、あるいは自分にとって、一体何者であるか考えていた。自分の担う役割について考えていた。
この半年、毎日そんなことを考えながら、明日を、明後日を考えながら、ともに生きることに必死だったような気がする。さっきの行きの電車の中でも、そんなことを考えていたような気がする。
しかし今はというと、自分1人、あるいは彼ら2人が今後どのような道を歩むのか、あるいはどのような明日を過ごすのか考えていた。
つい2時間前の自分は、2時間後にまったく違う意味を持つ思考をしている自分の姿を想像しえただろうか。 結局のところ未来というのは、誰にもわからない。自分のことですら、自分がその日の終わりに何をしてるのかすらわかりはしない。まして、明日、明後日、その先の未来など予測することができるだろうか。結局何も思い通りにいきやしないことに彼は気が付き始めていた。 それでも、それでもそうして思い通りには行かなかった過去を彼は愛していた。 自分の担う役割について考えていた彼は、その役割に終わりに来たことに気が付く。彼はその役割を永遠に続ける気でいたが、しかし自分の干渉できないところで、役割は終わりを迎えようとしていた。
“いつの日か私も君も終わってゆくから、残された日のすべて心を添えておこう”
たまたまそんな唄を聴きながら、彼は彼の役目の終わりを考えた。彼は彼自身心を添えることができたのだろうか。
彼は役目の終わりを受け入れ始めていた。以前の自分なら何が何でも否定しようとしただろう、あるいは受け入れることができずに発狂していただろう、そう思いながら、終わりを受け入れることのその難しさを、苦しさを、感じていた。それでも彼は受け入れようとしていた。この過去も愛せるのだろうか。そう考えながら。
————
冬の寒さは厳しくて、それでも彼は家路につかなければなからなかった。彼は1本のタバコを取り出そうとし、ふと、この帰路タバコを吸うことで自分にどれだけの意味をもたらすだろうかを考え、その手を止めた。
そして彼はメモ帳に向かった。今の頭を書き記すために。そうしてここまで書いたはいいが、ここから先が思いつかない。彼の力を持ってしても言語化に困難なのである。怒りがあった。憤りがあった。悲しみがあった。寂しさがあった。もどかしい気持ちがあった。後悔があった。そして諦念があった。そして覚悟があった。そしてわずかな期待があった。わずかな期待を断ち切る行為をしながらも。
彼はフラフラの足で帰路を辿る。
もうなんでもいい、とにかく眠らせてほしい。彼はそう思った。
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