雨が上がったそのあとも。

嘉田 まりこ

→20:00

「毎日会うのってこんなに大変なんだ……」


 湯船に浸かり、水面間際で短くなったり長くなったりする指先をボーッと眺めていた。


 想いが通じたのに前より会えないなんて……


『菊地さん!今日はどうですか?』

『ごめん……今日も遅くなりそうなんだ』


 残業で毎日のように遅くなる彼。

 平日は我慢していたけど、今日は土曜日だから思い切った。


『駅で待ってちゃだめですか?!』

『危ないからダメだよ』


 蛇口から落ちた水滴が雨粒のようにピチャンと音を鳴らす。


「……菊地さんに会いたいなぁ」


 私からだけじゃなく彼だって、ちゃんとメールや電話をくれる。けれど、彼はメールにハートマークなんて付けるタイプじゃないし、会話の最中に甘い言葉を言うこともない。



 ――好きだ――



 彼からのあの言葉を疑ったりしていない。

 でも……私の好きより量が少ないんじゃないだろうか。


 私が浴槽で、彼の気持ちがお湯だとしたら――肩まで暖まれるほどにお湯はたまるのだろうか。


 私の彼への気持ちは、開きっぱなしの蛇口と同じ。浴槽から溢れても止めることなんて出来ないくらいだと自信を持って言えるのに。


『その代わり、明日どこか出掛けよっか。帰ったらまた連絡するから』


 日曜の約束は取り付けたけど……それでも。


 まだ足りない。

 声だけじゃ足りない。

 全然、足りない。


 目を見て、笑う顔を見て、彼の空気を感じたい。



「……ダメだって言われたけど」



 駅員さんだっているし、構内のベンチで待つくらい何ともないよね。


 一旦思い立ってしまうと、湯船でダラダラしていた時間が悔やまれた。


『電話、10時過ぎると思うから眠かったら寝てていいからね』


 家について少し休んでから私に電話するとしたら、彼が駅に着くのは9時から9時半かなぁ。


 お化粧し直して……それから、ちょっと寄りたいところもある。


「よし!!」


 私の気持ちはすでに駅前へと一直線だった。

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