第05章 バイト始めました

 壱人はバイトをする事になった。きっかけはイッQの「画像素材を作るならタブレットが欲しい」という一言である。


「タブレットって何?」


「パソコンで絵を描く時に使うプラスチックの板と鉛筆みたいなやつ」


 そう言ってイッQはネットの商品画像を見せ、使い方も説明した後、一番安いので良いからと付け足した。

 その説明でどういうものなのかは理解したが、壱人としては「そういうものはちゃんとした絵を描く人が使う道具 」であり、「ゲームの画像ならそこまで必要無いのでは?」と言うのが本音だったので、イッQにはこう答えた。


「マウスで描けばいいんじゃない?」


 その台詞を発した途端、速攻でミッQ頭突きが入った。


「無茶言うな!」


 壱人は痛む腹を抑えながら、それでも意見は変えなかった。


「だってマウスで描いてる人もいっぱいいるよ?」


「俺はマウス職人でも、器用な人間でも無い、ただの凡人なんだよ!楽が出来るならしたいんだ!」


 イッQのいう事は分からないでもないが、断るには別な理由があった。


「無理だよ。今月も厳しいし」


 壱人は仕送りだけで生活しているので、あまり余裕は無い。ミッQグッズなどはこれまでにためた貯金から出していたが、既にかなり減っている。イッQもその事は知っているので無理強いは出来ないのだが、しばらく悩んだ後、とある提案をした。


「そうだ。お前、バイトしない?」


「嫌だ」


 即答である。ゲーム開発してるのにそんな暇ない、というのがその理由だった。しかし、ゲーム作りに負担にならない時間があるのをイッQは知っていた。


「土日の午前中だけだよ」


 その時間、壱人は朝のアニメ見た後、二度寝して午後まで起きてこないのだ。


「寝てる時間を有効活用して、さらに金が稼げるなんて一石二鳥だろ?」


「二度寝が楽しみなんだよ!明るい日差しの中、もう一度寝るのが良いんじゃないか!」


 壱人が反発するので、別の理由を追加する。


「バイトで体を動かしたら頭にも良いし、新しい視点からの発見だってあるぞ」や、


「プログラムの本だって1冊じゃ足りないし、資料用の本も必要だ」と。


 しかし、そんな事を言っても壱人は一向に聞こうとせず、その後もイッQの発言は却下され続け、だんだん何の話をしているのか分らなくなっていった。


「お前は金の威力が分かってない!多少のストレスなら金で解決できるんだぞ!」


「なんでも金に頼るなよ。もっと頭を使って工夫しようよ」


「頼ってるわけじゃない。欲しいもの買ったり、美味いもの食べたり、イベントに参加したり、何をするにも金が必要なだけだ」


「そ、そうかもしれないけど」


 それで壱人が少し動揺したのを見て、ダメ押しでイッQは奥の手を使う事にした。


「これは未来の事だから余り言ったら駄目なんだろうけど、これからミッQの映画やらイベントなんかで限定グッズが沢山出るんだよ。本当は欲しかったのに金が無くて買えなかった物がいっぱいあるんだ」


「う、いや、でも…」


「今のうちに溜めておけば、それらが買えるぞ」


 それでも壱人は後ろ向きだったのだが、イッQの「探すだけ探して、条件に合うものが無ければやらなくていい」という言葉に押し切られ、結局バイトを探すことになった。


 なんとかバイト探しまで漕ぎ着けたが、壱人のバイト探しは難儀するとイッQは思った。人見知りなので接客以外、さらに土日の午前中だけという条件ではかなり狭まってしまう。もしかしたらバイトは無しになるかもしれないと杞憂していたのだが意外とあっさり見つかった。


「バイト見つかったよ」


「早いな。どこにしたんだ?」


「デッカイ堂マート!」


「え?」


 それは駅とは反対方向の少し離れたスーパーだった。壱人は駅前のスーパーを使うので馴染みはないが、チェーン店なので色々な場所で見かける店である。


 よりにもよってそこか、とイッQは思った。なぜならそこはイッQの良く知る場所だったからだ。


「10年後のイッQさんのバイト先デスデスね」


 マイナマイナがこっそりイッQに囁く。


 それにしても、どうしてそこに決めたのか気になったのでイッQは質問した。


「大学とは反対だから大学の奴らとは会わなそうだし、スーパーだったらついでに買物も出来そうだから」


(俺が探した時とまったく同じ思考パターンだ。こういうのは変化しないんだな)


 それでもまだ疑問が残る。


「いやいや、でもお前、接客苦手だろ?なんでスーパーなんか…」


「接客じゃないよ。」


 壱人によれば、品出しといってトラックで運ばれてきた商品を倉庫に運んだり、倉庫の商品を店の棚に出す仕事だという。だから客とは基本的に話さないで良いらしい。


「職場は女の人が多いから、力仕事してくれると助かるんだって」


 そう喜々として話す壱人を見ながらイッQは心の中で呟いた。


(俺も最初はそう言われたよ。でも結局、人手が足りないからってレジやカウンターもやらされるんだよ)と。


「店長ってどんな人だった?」


「ひょろっとしてて優しいそうな人だったよ」


大生おおい店長だ。俺がバイトするのが3年後だから、この頃から店長だったのか)


 多少の不安は感じつつも、場所も仕事内容も店長も知ってるのでなんとかなるだろうとイッQは判断した。


「まあいいか。これも人生経験だ」


 それにしても、何をしてもやはり同じところに行きついてしまう様を見て、複雑な心境になる。


「未来は変えられないって事か…」


 そう呟くイッQにマイナマイナは冷静に返答した。


「未来を変えに来た訳では無いデスデスけどね」


 その後、心配していた壱人のバイトだが、色々な事があったものの本編と関係無いので省略。

 とにかくなんとかバイトは続き、初給料で、タブレットやマイナマイナへ献上するプリン、自分の為のミッQグッズを購入し、満足感を得られた。だから、バイトをしている時間はゲーム作りが出来ないけれど「これはこれで良いかな」と壱人は思ったのだが、その反面、ゲーム作りから少し遠ざかっているような気もした。

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