第7話 総理大臣は100円で倒せる(Giant Killing)

 紫村が放り投げた煙草はテーブルの上の灰皿へと落ちた。

 しかしまだ、その火は消えていない。


「まあ、そう焦るなシムラ」

 立ち上がった紫村を見ても、マルヴォは座ったままだった。まだ何か言い足りないことがあるようだ。

「たしかに、実際に現場へ行かないと見えない部分もあるだろう。しかし、準備を固めておくに越したことはない。現場では、本当に何が起こるかわからない」


「何が言いたいんだ? 回りくどいのは嫌いだぜ」

 マルヴォから目を逸らす紫村。

 視線は既に玄関のほうを向いている。


「わかったよ。手短に済ませてやる」

 そう言うとマルヴォは、いきなりゴキブリのようなスタイルでテーブルの下へと潜り込んだ。オンボロ板の床に這いつくばり、慣れない手つきで床をベリベリと剥がし始めている。


(……何だ?)









 五分後。







 床下に現れた謎のくぼみから、マルヴォが四角い箱を取り出した。

(やっと出せた……)



「で、何それ?」

 呆れたアイコが煙を吐いた。

 マルヴォが作業を始めてから既に三本目だ。


「いいか、見て驚くなよ?」

 マルヴォは嬉しそうな表情で箱を開け、中身をガチャガチャひっくり返した。


「不測の事態にも対応できるよう、武器を用意した! 受け取ってくれ!」


 箱の中にあったは、三丁の‶拳銃〟だった。



「おい、本物か? それ」

 紫村が訊いた。

 眉をひそめてはいるものの、物騒なたぐいはそこまで嫌いではない。


「いちおう偽物と言っておこう。オレが昔働いていたミリタリーショップで譲り受けたモデルガンを改造したものだ。中身にちょっとした細工を施してある。殺傷能力は、あるかないかの瀬戸際だ」


「……曖昧な武器だな」


 首を傾げる紫村。

 マルヴォの秘蔵のお宝は、ただの玩具エアガンだった。


「まあ……中身はともかく、外見みためだけでも充分な役割を持つはずだ。備えあれば憂いなし、持っておいて損はない。ほらよ」

 紫村の前へエアガンを滑らせるマルヴォ。


「…………」


 紫村は考え込みながら、また煙草を咥え出した。



「ほら、アイコも持っておけ」


 アイコにもエアガンを差し出すマルヴォ。

 しかし……



「いらない」


 アイコ、即答する。

 拳銃なんかいりません。



WHYワアーイ?」

 思わず母国語を口走るマルヴォ。動揺するとたまに出る。


「あたしは女であることを武器にしているの。そんなまがいものいらないわ」

 灰皿で火を潰すアイコ。

「仮に本物だとしても、拳銃なんてからパス」


Ohオー Myマイ Goodnessグッネス......」

 マルヴォ、落ち込む。

 拳銃がダサいだって? そんなのアンビリーバブルだ! 

 なんせ拳銃は、男の憧れ。オレもガキの頃はよく森でサバイバルごっこをして遊んだものだ。ギャングやマフィアに憧れ始めたあの頃だ。気になるあの子を追いかけ回していた頃だ。結局あの子のハートを撃ち抜けないままオレは大人になっちまったが、未だにガンを握っている。今ならもっと簡単に引き金が引けるはずなのに、オレはあの頃のまま、目の前の女一人も口説けていない。最近の日本でも『ミリタリー女子』という新興勢力が出てきているというのに、ことアイコに関してはまったく縁がないようだ。やはり女の子には理解されないさがなのか。オレはずっと引き金を引けないまま、このまま腐っていくのだろうか。この溢れんばかりの男の気持ちロマンを、オレは一体誰に伝えれば良いのだろう――――マンマンマンマンマンマン男だ、男ボーイ!――――男の子なら、きっとわかってくれるはず!


「シムラ……、シムラ……」

 紫村にすり寄るマルヴォ。

 アイコに弾かれ、自らの過去を堂々巡りした影響か、膝を付いて涙ぐんでいる。

「シムラ……お前は男だ。オレの拳銃、受け取ってくれるよな……?」

 

「いや、銃なんかいらねぇ」


 紫村、即答する。

 咥えた煙草を元へと戻す。

 

AHHHHHHHHHHHHアッーーーーーーーーー!!!!)


 再びのショックで狂い始めるマルヴォ。

 しかし……


「拳銃なんて、柄じゃねぇよ」


 紫村は、テーブルの上に置いてあったライターを手に取ってこう言った。



「俺は100円ライターで十分だ。総理大臣なんて、100円で倒せるさ」



 挑発的な笑みを浮かべる紫村。紫村は、‶男の子〟の成れの果てだった。

 ヤニまみれの歯をちらりと見せ、二人の前を静かに横切る。

 それを目にしたマルヴォとアイコも、重たい腰を、ようやく上げた。


(そうだ、オレたちは…………)

(そうよ、あたしたちは――――)


 スモーカー。


 街の面汚し? 人間の底辺? 否、喫煙者。


 社会にはじかれ、居場所を失い、それでも煙を、求め続ける――――


「俺の名前は紫村京平! ヘビースモーカーだ!」


 煙草を愛する者の為! 社会に歯向かう虎の顔!


「オレも、引き金を引くぜ!」

 拳銃エアガンをポケットにぶち込むマルヴォ。


「あたしも、悪魔になります!」

 消臭剤ファフニールを振り撒くアイコ。


 マルヴォとアイコも、ためらうことなく背中シムラに続く――――




 かくして、は落ちた。

 夜が訪れ、都内が闇に包まれる。



 生粋のヘビースモーカー、紫村京平。


 白人のチェーンスモーカー、マルヴォ=ロッシ。


 魅惑の女性スモーカー、水上アイコ。



 三人の愛煙家スモーカーによる小さな革命レヴォが、今密かに幕を開けようとしていた。




《Episode1 "Can't Stop Things We" Closed.》

(第一章‶やめられない者達〟終幕)

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