第96話 生命の魔石

「いくつか質問がある」


 ビクトリアの話が終わると、アークが挙手をした。


「何だ?」

「先ほどの話だと魔族は人間に似ていると聞いたんだが、俺が今まで倒してきた空獣に、熊のぬいぐるみや、虫、カエル、トカゲなんてのも居てね。その……魔族ってヤツは色彩に富んだダサい格好を常にしていたのか?」

「いや、魔族にそのような風習はない。魔獣、いや、今は空獣か……空獣は大きく分けて2種類存在している。1つは魔族から魔獣に変化して核攻撃から逃れた生き残りだ。例を挙げると、ゴブリン、オーク、オーガー、サイクロプスなど、二足歩行の空獣が該当する」

「そいつらは、全滅させたんだろ?」

「確かに全滅と言ったが、実際には、世界に散らばった魔獣を全滅させるのは不可能だ。核攻撃の後、生き残った魔獣は人類を恐れて遥か遠くの地へと逃げて行った。その状況からマザーAIは、魔獣を脅威ではないと判断して攻撃を停止した」


 アークの質問にビクトリアが答えた。


「なるほどな。それで、もう1種類は?」

「うむ。究極魔法が発動して以降、人が死ぬと同時に消滅するはずのシードは、消えずに空気中で漂うようになった。そのシードに抗体がない獣、昆虫、植物が体内に蓄積して許容範囲を超えると、空獣へと変化していった。お前が例に出した空獣がそれに該当する」

「……って事は人間も空獣になる可能性があるって事か?」

「いや、人類は既に体内でシードを持っている。自ずと抗体も持っているため、空獣になる事はない」

「今のを聞いてチョット安心したぜ。付き合ってる女がいきなりゴブリンにでもなったら、愛せる自信がねえからな。それで、もう1つ質問だ。ババアAIが笑いながら人類と一緒に炎で焼き殺した魔獣は、空を飛んでいたのか?」

「ババアAIではない、マザーAIだ。魔族から姿を変えた魔獣は全て地上で行動していた」


 アークが小刻みに頭を揺らして頷く。


「オーケー。だったら、何で今の空獣は空を飛んでいる?」

「人口が増えて、空獣の体内の魔石が拡大した」

「……まったく分からん。初めて風俗に来た童貞が安心できるトークで説明を頼む」

「残念だが、お前の言う会話方法がデータにない。今までと同じになる」

「……仕方がねえな、それで良いぜ」

「分かった」


 今の会話を聞いたフルートは、アークの冗談を軽く跳ね返すビクトリアを凄い人と感心していた。


「空獣の体内にある魔石は、シードが変化した結晶体で……」

「……チョット待てーーい!! いきなりとんでもねえ発言が出たぞ!!」


 ビクトリアが説明し始めた途端、アークが大声を出して話を止める。

 フルートも声を出さなかったが、アークと同じように驚いていた。


「ん? 魔石の事か?」

「そうだ。魔石ってのはシードなのか?」

「今言った通りだ。だから空獣はシードを含んだマナが多く含まれる場所を好んで生息する。それ故に、奴らはマナの濃い場所に住み、シードを求めて人間を襲う。知らなかったのか?」

「残念だが、空獣のダチは居なくてね。俺は友好を結びたくて会うと直ぐに熱い弾丸を浴びせるんだが、どうやらそれが気に入らないらしい」

「今のは冗談か?」


 ビクトリアからの質問にアークが顔を顰める。


「ああ、冗談だ。真面目に答えられると本当にやり辛れえな」

「なら言わなければいい」

「あ、それは無理」


 アークが答える横で、フルートがはぁーーと深い溜息を吐いていた。




「平和が戻って人類の人口が増加すると、空気中のシードの濃度も比例して濃くなり、空獣の体内にある魔石は多くのシードを取り込み拡大していった。そして、空獣が出現してから調査した結果、魔石は拡大して一定の大きさ以上になると、反重力体の性質を持ち始める事が分かった」

「反重力? エロバイクに乗る前にそんな事を言ってたな」

「エロバイクではない、エアロバイクだ。今のも冗談か?」

「いや、素で間違えた」


 ビクトリアの問いかけにアークが答えると、彼女は眉間にシワを寄せる。


「反重力を説明すると……」

「待った!!」


 再びアークが話を遮る。

 彼の横で静かに話を聞いていたフルートは、何度も中断させるアークに全くイラつかず、真面目に対応するビクトリアを、感心を通り越して尊敬し始めていた。


「何だ?」

「長く説明されても、理解できねえ自信がある。5文字以内で説明してくれ」

「分かった。…………宙に浮く」

「オーケー理解した。つまり、魔石が体内にある生物は、体が軽くなって空を飛ぶってことだな。んーー……魔石が大きければ大きいほどその効果は大きくなって、巨大な生物も浮くって感じか? それと、突然空獣が空を飛んで人を襲い始めたのは、人類が増えて空気中のシードが多くなったことが主な原因か……」


 アークの考えを聞いて、ビクトリアが驚き目を大きく広げた。


「……それで正解だ」


 ビクトリアは答えた後、フルートに視線を向けて、彼女に説明を求める。


「ある人が言ってましたが、アークは処理能力がイカれているだけで、別に頭が悪い訳じゃないんです。それと、勘が凄くて少しの言葉を聞いただけで全てを把握出来ます」


 フルートがそう答えると、ビクトリアは「なるほど」と頷いた。




「さて、妖怪昔話も飽きてきたから、そろそろファナティックスの情報を教えてくれ」

「その前に1つ確認したい」

「何だ?」

「ここへ来る前にフルートから入手した情報だと、お前達の目的は1人の病人を回復させる事で、戦争を終わらせるのが目的で間違いないか?」

「おお!! ……そう言えばそうだったな。すっかり忘れてた」


 ビクトリアの質問にアークが合いの手を打つ。彼の横ではフルートが「何で大事な事を忘れるのか」と頭を抱えていた。


「それなら方法が3つある」

「そうなのか? 教えてくれ」

「1つ目は、病人をここまで連れてくれば、医療施設で治療出来る」

「却下だ。次」

「2つ目は、ファナティックスを倒す事だが、今のお前達では不可能だ」

「不可能? ファナティックスはそんなに強いのか?」

「いや、そう言う問題ではない。あの空獣が生息しているのは、高度3万8千メートル上空の成層圏だ。ワイルドスワンだとそこまで高く飛べない」

「はぁ!?」

「だけど、1度だけ地上に降りて来たのを、人類が倒した記録があるって……」


 驚くアークの横でフルートが質問すると、ビクトリアが顔を顰めた。


「今から120年前。成層圏を周回している観測衛星とファナティックスが衝突事故を起こした。あれは地上に降りたのではなく、墜落したが正しい」

「何だそのマヌケなアホは……それで、最後の3つ目は?」

「患者の病名が何か分からないが、体内に眠るシードを呼び覚まして、どんな病でも確実に治せる薬がある」

「金になりそうな話だな。詳しく頼む」

「金になるかは分からない。空獣の魔石の1つに、生命の魔石というのが存在する。その魔石と、その魔石を持っている巨獣の心臓、それと血液があれば、ここの施設で死者すら生き返らせる事が可能なエリクサーという薬を作成することが可能だ。だけど、シャガンと一緒に来たドワーフに使ったのが最後の1つで、今は材料すら手元にないから、自力で取りに行くしかない」


 話を聞いたアークが顔を顰める。


「あんなデブに使うぐらいなら、そのまま死なせた方が人類の為だったな。それで、その生命の魔石を持つ巨獣ってのは、どのぐらい嫌な奴なんだ?」

「私が知る限り3匹居る。1匹目はお前達が倒したアルセム。2匹目はファナティックス。最後の3匹目は、ここから北に数キロ離れた場所で生息している全長100m以上の赤いドラゴンだ。そいつを私はR・レッド・E・エンペラー・Dドラゴンと呼んでいる」

「……そいつは嫌になるぐらい強そうな名前だな!!」

「アイツの餌は、お前達が谷で遭遇したジャイアントセントピ-ドだ。こう言えばR・E・Dの強さが分かるか?」


 ビクトリアの返答を聞いた途端、アークとフルートは同時に頭を抱えた。


「どうやら伝わったらしい」


 その2人の様子に、ビクトリアは表情を変えず頷いていた。




 ビクトリアとの話し合いが終わった後、殺風景な部屋にずっと居た2人は塔の外に出て、新鮮な外の空気を吸って気分を変えていた。


「さて、どうするかな……」


 アークが草の生えた地面に寝転ぶと、夕焼けに染まった空を見上げた。


「1番楽なのは、王様をここまで連れて来る事だけど……無理だよね」


 フルートはアークの横に座ると、夕日で赤く染まった湖を眺めていた。


「無理だな。この場所を話したところで誰も信じねえよ。しかも、面倒くせえ事に病人が王様だぞ。連れて行こうとしたって、テロリストと勘違いされて牢屋にぶち込まれるか、頭がおかしいと言われて病院にぶち込まれるかのどっちかだろ」

「……だよね」


 アークの話にフルートが溜息を吐く。


「それに、もっと楽な方法があるぜ」

「何?」


 フルートが驚いてアークの顔を見る。


「ファナティックスは居なかったんだ。それに神の詩って奴も聞いた。俺達は目的を達成したんだ。後はビクトリアが言ってた、親父が帰ったという別ルートのトンネルを抜けて帰れば良いんじゃね?」


 アークの言うトンネルは、元々は地上から宇宙へ資源を輸送するために作られた軌道シャトルで、山脈をくり抜いてエデンの森からスヴァルトアルフへ通じていた。

 ちなみに、このシャトルは普段使われておらず、スヴァルトアルフからの侵入は出来ない。


「……だけど、戦争が長引けば、ルークヘブンの皆が危ないよ」

「だったら、どうやって倒すんだよ。L・E・Dだっけ?」

「R・E・D」


 アークがドラゴンの名前を言うと、フルートが訂正する。


「まあ、どっちでも良いよ。俺達だけでドラゴンなんて倒せねえって。しかも、あのでっけえムカデが御馳走とか、どれだけ大きいんだ……」

「ビクトリアさんが協力してくれれば……」

「さっき、断られただろ」


 R・E・Dの話を聞いた後、2人はビクトリアに協力を頼んだが、彼女はエデンの森に被害がない限り協力出来ないと言って断っていた。


「やっぱり、もう1度ビクトリアさんに頼んでくる」


 フルートが立ち上がって服に付いた土を払うと、塔の方へと歩いて行った。

 アークはフルートに付き添わずこの場に残って、再び夕暮れの空を見上げる。

 ちなみに、夕暮れと言っても、緯度の関係で夜中の8時だった。


「……被害がない限り……か……」


 アークが呟く。

 彼の頭の中では、1つの案が浮かんでいた。

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