第27話 フルートの修行

 フルートとアークが話し合った翌日。2人はワイルドスワンに乗って、黒の森へと飛んでいた。


「今日も奥へ行くぞ」

「うん!」


 アークがフルートに話し掛けると、彼女が元気よく頷いた。


「おっ? 昨日まで泣きべそをかいてたとは思えない元気な声だな」

「だって、アークが私に才能があるって言ってくれたから。私、頑張れる!」

「ははっイイね。女の子は元気な顔が一番だ。座席で見えねえけどな!」


 アークの冗談に後ろのフルートも笑っていた。




 森の奥に入ると、アークがゆっくりとワイルドスワンを低空飛行で旋回させて、空獣が釣れるのを待つ。

 フルートも後部座席を後ろに回転させて、空獣が現れるのを待ち構えていた。


「いつもより旋回の高度が高いね」

「ここら辺は空獣の売値が高いから、のんびりと待つさ。しばらくはランキングを無視して、フルートの経験値稼ぎだ。それに、無茶をするなってフランから小言を喰らったからな。荒稼ぎなんてしたらアイツにボコられる」

「フランは優しい人だよ」

「分かってねえな。フランは自覚のないフェミニストのレイシストで、おまけにサディストなんだよ。メスには優しいが、オス相手になると牙を剥くから、ウルドの男連中もロジーナ以外、アイツの前じゃ脅えたチワワみたいに、股間をキュッと縮ませてビビッてるじゃねえか」

「その言い方はちょっと、酷いかも……」


 森を覗きながら呟くフルートに、アークが操縦桿を握りながら会話を続ける。


「今日はオーガ辺りが出てくれると、お前の修行にもなって良いんだけどな。まあ、間違っても一昨日のサメは出てこないから安心しろよ」

「サメじゃなくてタイガーエアシャークだよ」

「名前がクッソ長げえんだよ。何で名前の頭にタイガーなんて付けたんだ? サメで十分だろ!」


 フルートの突っ込みに、アークが片手をブランブラン振って否定すると、空獣の名前を考えた奴を否定した。




「ん? 来たか?」


 アークがワイルドスワンの速度を上げて逆方向に舵を切る。

 同時にフルートがガトリング砲のグリップを握って、緊張しながら空獣が現れるのを待った。


 ワイルドスワンの急旋回と同時に、森の中からオーガが現れた。


「ほら、やっぱり俺の勘は当たるんだ!!」

「威嚇射撃する!」

「あいよ!」


 真っすぐ追い駆けて来るオーガに向かって、フルートが威嚇射撃。致命傷ではないが数発の弾丸を浴びたオーガが突進を鈍らせた。

 その間にアークが機体を180度宙返りからの180度のロール回転。インメルマンターンを決めた後、大きな360度宙返りを始める。

 フルートは後ろ向きでオーガに照準を合わせながら、アークの操縦に振り回されていた。


「そうだ。言い忘れてたけど、今日からどんな雑魚相手でも、俺は高機動を意識して操縦するからな」


 宙返り中、突然言い出したアークの宣言に、フルートが「え?」っと驚く。


「まあ、こいつも修行だ。頑張れよ」

「うう……分かった」


 涙目のフルートが面白かったのか、アークは笑っていた。




 アークがオークの追撃を振り切って、敵の背後に回り込もうとしていると気付いたフルートは、それならばと、宙返り中に機銃と座席を正面に回転させた。

 オーガはワイルドスワンを追い駆けるのを諦めて空中で停止すると、手を赤く光らせファイアーボールを放とうと待ち構える。

 ワイルドスワンが宙返りを終えてオーガを正面に捉えるのと同時に、オーガからファイアーボールが放たれた。


「フォワードスリップだ!」


 アークが叫びながらワイルドスワンを右に傾ける。

 突然、高度と速度が落ちた後、機体が斜め前向きに流れてファイアーボールを回避した。


 宙に浮くような感覚の中、フルートがオーガに向けて反撃の20mmガトリング砲を発射。

 放たれた弾丸がオーガの体に命中すると、血しぶきを上げてオーガが悲鳴を上げた。


 ワイルドスワンが高度を上げてオーガから逃げ始める。

 攻撃を喰らったオーガが追い駆けながら反撃に次々とファイアーボールを放つが、アークは後方を見る事なく次々とブレイクして躱し続けた。

 後方を確認せずに攻撃を回避するアークを、フルートが心の中で凄いと驚いた。




「やっぱり亜種と比べると弱いな。とどめを刺すぞ!」

「了解!」


 反撃が途切れたタイミングで、オーガの真上で速度を落として機体を反転させる。

 そして、オーガの上空から急降下攻撃を開始した。


 落下の速度を加えたワイルドスワンが、オーガに向かって急落下で迫る。

 速度で機体が振動する最中、フルートはグリップを強く握り照準を合わせるとトリガーを押した。

 弾丸が次々とオーガの頭部に命中。オーガは空中でのけ反ると、痙攣を繰り返して息絶えた。


「やった!」


 喜ぶフルートにアークが笑みを浮かべる。

 アークはオーガの死体を回収すると、次の獲物を探し始めた。


「フルート、今日はキレッキレだな」

「昨日、勉強したから……かな?」

「勉強して腕が上がるなら、死ぬほど勉強が嫌いな俺は下手くそのままじゃねえか。やっぱり、お前はセンスあるぜ」

「ありがとう!」

「それじゃ、もうチョイだけ稼ぐぞ!」

「うん!」


 その後、2人はオーガを2匹狩ってから、ルークヘブンへ帰還した。




 何時もよりも早い時間にウルド商会のドックへ戻ると、2人をフランシスカが出迎える。


「早かったな、もう上がりか?」

「どうやら、今日はオーガの縄張りの上を飛んだらしい。オーガを3匹狩ったから十分だろ」

「そりゃ凄い!」

「もっと褒めろ。だけど、森の奥は良いな。他の戦闘機はそんなに居ないし、空獣も強い奴がすぐに釣れるから効率が良い」

「そう言えるのはお前だけだ。ここで稼ぐ空獣狩りは、そんな奥地まで行かないよ」


 フランシスカはそう言うと、両肩を竦める。


「そいつ等は本当に推薦を貰って、ダヴェリールに行くつもりなのか?」

「さあな。多分、行くんじゃないのか? ここよりも稼げるし、一攫千金だって夢じゃないからな」

「一攫千金ねぇ……この森の奥で戦えない奴が行っても、自殺しに行くとしか思えないな」

「私もそう思う。だけど、行くと言う奴を止められないから仕方がない。それよりも、なんでフルートは落ち込んでいるんだ?」


 アークの横で具合が悪そうなフルートの様子に、フランシスカが首を傾げた。


「最初は調子が良かったんだけどな。途中から静かになったと思ったら、最後にゲロった」

「また無茶をしたのか?」


 アークの返答に、フランシスカがアークを睨む。


「そう牙をむくな、これも訓練だ。俺の後部座席に座るなら、アクロバットな飛行に慣れさせないと、いつまで経っても成長しねえ」


 それを聞いて、フランシスカも仕方がないといった様子で溜息を吐いた。


「機体に損傷はない。エネルギーと弾丸の補充をしといてくれ」

「分かった」


 アークの報告にフランシスカが頷く。


「それと言い忘れていたけど、フルート」

「何?」

「弾使いすぎ。今はまだ良いが、効率よく倒すことも心掛けろ」


 アークからの指摘に、昨日の本でもインタビュアーの質問に、ダイロットが「弾の無駄撃ちは戦場では命取りになる」と言っていたのを思い出した。


「次から気を付ける」

「オーケー。それじゃ、ギルドに行ってくる。確か今日はランキングの更新日だったよな。お前も来るか?」

「うん」


 アークに誘われてフルートが頷き、2人はギルドへ向かった。


「ゲロ袋の始末は誰がするんだ? 私はやだよ……」


 フランシスカは2人を見送ると、ゲロ袋の始末にロジーナを呼んだ。




 昼前にギルドへ入ると、受付に数人のパイロットが並んでいるだけで、まだ混んでいなかった。

 フルートが「ミリーさんのところにしよう」と言うので、2人はミリーの窓口の列に並ぶ。


(フルートは親切にしてもらった相手を信用する癖があるのか? 犬か猫の習性と同じじゃね?)


 前に並ぶフルートの後頭部を見下ろしながら、アークは首を傾げていた。


 アークがギルドの様子を観察すると、今日はランキングの更新日な事もあり、受付を済ませたパイロット達はランキング表が貼ってある壁まで行くと、自分の順位を確認して喜んだり、落ち込んだりしていた。


「アーク。順番が来たよ」


 フルートに袖を引っ張られて正面を見れば、ミリーがフルートに向かって手招きしていた。


「フルートにゃんにゃ。こんちにゃ」

「ミリーさんこんにちは」

「うにゃ? フルートにゃん元気になったにゃ。やっぱり美少女エルフの笑顔は癒されるにゃ」

「ありがとう」


 ミリーはフルートしか目に映らないのか、アークへの挨拶がなかった。


「獣人の性行動は知らねえが発情期か?」

「獣と一緒にするにゃー! 差別主義者にゃ!」


 そこで、アークが挨拶代わりの冗談を言うと、ミリーが両手を上げて「にゃー」と怒った。


「差別主義か……税金を奪うだけが取り柄の貴族のクソ野郎を見ると、侮蔑の感情が生まれるから否定はしない」

「……なんか差別主義も、そう悪くないような気がしてきたにゃ」

「そんな事より回収を頼む。それと、次のフライトは明後日の朝だ」

「了解にゃ」


 ミリーはアークとフルートのギルドカードを受け取ると、事務処理を始めた。


「あ、昨日のセリの売り上げ明細があるにゃ」


 ミリーが書類の中から用紙を1枚取り出して、カウンターに置いた。

 明細書をフルートと一緒に確認すると、2人の口座に385万ギニーが支払われていた。


「……凄い」


 フルートが呟くと、ミリーは目を細くして笑い掛けた。


「タイガーエアシャークがセリに出た時、バイヤーの全員が驚いていたらしいにゃ。それで、600万からのスタートだったのが、一気に上がって1020万でハンマープライスにゃ。1000万ギニー超えはここ数年なかったから、昨日はお祭りだったにゃ」


 ミリーが事務処理をしながら説明するが、フルートは金額の桁の違いに驚いて話が聞こえていなかった。


「ほい、処理完了にゃ。それと言い忘れてたけど、ランキングは金額で順位が決まるから、ペアだと2倍稼がないとダメにゃ。だからガンバルにゃ」

「おい! 何でペアにするときに、それを言わなかった」


 返却されたカードを受け取りながら、アークが文句を言う。


「にゃはは。ペアなんて申請されたの久しぶりだったから、言うの忘れてたにゃ。昔、ペアを利用して、複座に下手糞を乗せてダヴェリールに行った馬鹿が居たにゃ。それ以降、ペアはランキングのポイントを別ける事になったにゃ。だけど、アークとフルートにゃんだったら、あっという間にランキングトップに上がれる。そんな気がするにゃ。だから気にしちゃダメなのにゃ」


 ミリーの言い訳にアークの顔が歪んだ。


「……なあ。俺の中で、このギルドに対する信用が下がっていくんだけど。その辺どうよ」

「なら脱会するかにゃ? それで黒の森に入ったら密猟者で逮捕にゃ。弱者は素直に権力に従うにゃ」

「ぐぬぬ。そう来たか……なあ、ミリー。その決まりを考案した奴を紹介してくれないか?」

「何となく予想できるけど……何をするのかにゃ?」


 ミリーが口元をピクピクさせながら、アークに尋ねる。


「何、殺しはしない。ただ後部座席に乗せて、高度8000mから高度500mまで垂直落下するだけだ」

「このシステムを考えた人はもう老人にゃ。下手したら死ぬにゃ」

「アーク。やっぱり私、ペア……解消しようか?」


 ミリーとアークのやり取りに、フルートがしょんぼりとギルドカードをカウンターに置いた。

 同時に、場の空気が気まずくなった。


「「…………」」


 アークとミリーがフルートのギルドカードを見つめて無言になる。


「フルート。お前は真面目過ぎるんだよ。今のは半分冗談を含んだやりとりだ。コメディアンになれとは言わないが、少しだけユーモアのセンスを磨かねえと俺が辛れえ」


 アークが溜息を吐くと、フルートのギルドカードを彼女のおでこに乗せた。


「……ごめんなさい」


 フルートはギルドカードが落ちる前に手に取ると、胸ポケットにしまった。


「大丈夫にゃ。今のは確実にアークが悪いにゃ」

「お前も同罪だろ」

「こういうのは全部男が悪い事にするにゃ。フルートにゃんは今のままピュアな心を持つんだにゃ」

「……はい」

「ヒデエ話だ」


 ミリーの意味不明な励ましを理解しないまま、フルートが頷く。


「それじゃまたな」

「ミリーさん。さようなら」

「またなのにゃ」


 2人がカウンターから離れると、ミリーは彼等に向かって手を振っていた。




 アークとフルートがランキング表の前に立って、順位を確認する。

 上から順に下へ目を降ろして確認すると、アークとフルートの名前が40位にランクされていた。


「オーク2匹とサメ1匹で40位か……まあこんなもんかな」

「アークはもっと稼いでたのに、なんで同じ順位なの?」

「ん? 言わなかったか? そういえば言ってないな。先週の途中でペアの設定にしたら、まともに計算できないギルドの馬鹿が、面倒くさがってそれまでの俺の稼ぎをチャラにしやがった」

「そうなんだ。ごめんなさい」

「いや、俺に土下座する必要があるのは、ランキング計算を手抜きしたギルド職員の馬鹿で、お前じゃねえ。それに、その馬鹿は俺の後部座席に乗ってアクロバットによる公開処刑の予定だ。あまり人の事ばかり気にするな、将来ハゲるぞ」


 アークがフルートを見下ろして頭をグリグリ撫でると、フルートが嫌がった。


「ハゲないもん……それに私、年上……」

「人間の倍以上生きるエルフの22歳なんて、俺から見たらまだ思春期前の子供ガキと同じだって。それよりも『ルークバル』に行ってメシでも食おうぜ」


 アークがギルドの外へと足を向ける。

 年下扱いされて不満げなフルートが顔を顰めながら、彼の後を付いて行った。

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